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幕間 2『扉』
『扉』(4)
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人生には色々な扉がある。
それを開くと新しい場所や世界に行けて、今までと違う人生が始まる扉。
けれどそれは、開いて見ないとわからない。
時に扉のようには見えないものもある。
「……」
『竜は街に居る』第一部の画像編集を続けながら、貢はぼんやりと意識を遊ばせる。
よく人生を変えた〇〇とかってあるよね?
あの瞬間が自分を変えた、とか、あの出会いが始まりだったとか。
正直な所、貢には興味がなかった。
「…こっちのこの場面は繰り返しになるし、ちょっと舜のインパクトが強すぎるかな」
幾つの場面を流しながら、感覚で精査して削ぎ落とす。基準は陸斗中心、それは第二部への繋ぎでもあるけれど、とにかくこの風柳舜と言う男は良くも悪くも目立ち過ぎる。
ただでさえカザルの印象は鮮やかだ。風のように一瞬で耳目を攫い、その行き先に視線を運ぶ。鬱屈して身動きできぬ日常を、全く違う角度から切り解いてしまうくせに、構築はしない。攫われた瞬間に観客の中に残るのは不安感だ。
この先どこへ行くのか。
この後何が起こるのか。
カザルに熱狂して投げ出してしまえれば楽だが、それが出来ない大人の感覚が没入に二の足を踏ませる。
このまま踏み込んで大丈夫か?
その点、カークの存在は絵空事だ。ライヤーとの絡み方も周囲の人間関係も、隙間から覗く地獄絵図のような安定感、言わば、『竜は街に居る』が創作物であって、単なる『物語』に過ぎないと遠くから眺められる程度の距離感がある。刺激的で扇情的で面白い、決して自分には降りかかってこないだろう幻覚の世界。
これは物語ですよ、と安心してくれなくては、誰も見てくれなくなる。
どんなに素晴らしい感動であろうと、どんなに恐ろしい災厄であろうと、我が身に降りかかった 衝撃を受け止められるのは限られた器だけ、人は極めて平凡だ。
だから、誰もが奇跡の扉を見つけることは望んでいても、滅多にそれを開けることは望まないし、開けられると知らされても、見なかったふりをして通り過ぎる。
けれど、その扉が、常時開放されていたら?
「……陸斗さん…」
止めた画像で、振り返ったスーツ姿の陸斗の姿をそっとなぞる。
貢の人生で、閉じられていた扉など、何一つ無かった。
望むものは全て手に入り、無理をすることも努力をすることも不要だった。
高望みをしなかったとも言えるかも知れない、世界一のスターになりたいとか、国を動かせるほどの富を支配したいとか。
けれど、物覚えのある時から、望むものを全て満たされてきたのだから、それらに至るほどの情熱も不満も抱かなかったと言うのが正しい。
どこに行こうとしても、何を選んでも、全て叶うし、正解となる。
広々とした平坦な世界をずっと眺め続けていれば、夢も希望も抱かなくなる。
唯一閉じられていた扉が、幼い頃の記憶だった。
けれどそこへ至る為の扉は他と同様開放されていたから見分けが付かず、道を記してくれたのが世界を諦め閉じられていた一つの人格、輝夜陸斗、だった。
たぶん、貢は初めて、『閉じた扉』に出くわした。
「………」
コマ送りでカークを動かす。歩き出し、振り返り、背中を向け、もう一度、振り返る。
同じ『振り返る』動きを、全く同じようにトレースしながら、視線だけ、目の表情だけが変わる。体の動きを全く変えないで、中身に籠る感情だけを変化させている。
繊細で、けれども気づかれにくく、高度な技術。
カークと似ている、本当に。
本来、そんなこところで消費されるべきではないのに、垂れ流しされる才能。
これほどの役者が、これほどの技術が、なぜ『竜夢』なんかの小劇団に封じ込められていたのか。
今なら逆だとわかる。
この才能は、狭く小さく封じられていたからこそ、深化するしか伸びられなかった。誰を基準とするのでもなく、暗闇の中でただ自分の精度だけを基準として、深く深く、より深く完成されていった。
第二部では陸斗を中心に構築する予定だが、そうしないと展開そのものが霧散し兼ねないからだ。嵐のように新しい世界を見せるカザル、人である覚悟を一身に負うオウライカ、この世以外の理を辿るライヤー、全てが『見知らぬ場所への開け放たれた扉』として提示される中、カーク・リフトは見覚えのある肉と欲と愛と情を抱えたまま、異界を進む。
見覚えのない世界の中で、よく分かった感覚を保持し続けることの必要性が、今ならわかる。
貢にとって、『開かない扉』が次の場所への入り口だった。
その扉の中で、深く豊かに熟成されたものがあるから、安心して全世界に開け放たれた扉をためらうことなく歩んで行ける、辿り着く場所などない広がりに、足を踏み出していける。
観客もまた、同じだろう。
戻れるから、踏み出せる、思いもかけない遠くまで。
たとえ、その旅の後には、全く違う世界が待っていようとも。
陸斗が部屋に置く、赤い炊飯器を思い出した。
「お腹減ったなあ…」
画像をそのままに、よろよろとベッドに倒れ込む。
酷使し続けた感覚が一気に眠りの淵に追い落とされる。
「…起きたら……ご飯……食べたい…なあ…」
目の前に陸斗が居て。
『伊谷』
笑って茶碗によそってくれる、白くて温かなご飯。
うん、決めた。
貢はふにゃふにゃと笑う。
陸斗とご飯を食べる為に、明日もしっかり頑張ろう。
それでいい。
それで、世界は十分だ。
それを開くと新しい場所や世界に行けて、今までと違う人生が始まる扉。
けれどそれは、開いて見ないとわからない。
時に扉のようには見えないものもある。
「……」
『竜は街に居る』第一部の画像編集を続けながら、貢はぼんやりと意識を遊ばせる。
よく人生を変えた〇〇とかってあるよね?
あの瞬間が自分を変えた、とか、あの出会いが始まりだったとか。
正直な所、貢には興味がなかった。
「…こっちのこの場面は繰り返しになるし、ちょっと舜のインパクトが強すぎるかな」
幾つの場面を流しながら、感覚で精査して削ぎ落とす。基準は陸斗中心、それは第二部への繋ぎでもあるけれど、とにかくこの風柳舜と言う男は良くも悪くも目立ち過ぎる。
ただでさえカザルの印象は鮮やかだ。風のように一瞬で耳目を攫い、その行き先に視線を運ぶ。鬱屈して身動きできぬ日常を、全く違う角度から切り解いてしまうくせに、構築はしない。攫われた瞬間に観客の中に残るのは不安感だ。
この先どこへ行くのか。
この後何が起こるのか。
カザルに熱狂して投げ出してしまえれば楽だが、それが出来ない大人の感覚が没入に二の足を踏ませる。
このまま踏み込んで大丈夫か?
その点、カークの存在は絵空事だ。ライヤーとの絡み方も周囲の人間関係も、隙間から覗く地獄絵図のような安定感、言わば、『竜は街に居る』が創作物であって、単なる『物語』に過ぎないと遠くから眺められる程度の距離感がある。刺激的で扇情的で面白い、決して自分には降りかかってこないだろう幻覚の世界。
これは物語ですよ、と安心してくれなくては、誰も見てくれなくなる。
どんなに素晴らしい感動であろうと、どんなに恐ろしい災厄であろうと、我が身に降りかかった 衝撃を受け止められるのは限られた器だけ、人は極めて平凡だ。
だから、誰もが奇跡の扉を見つけることは望んでいても、滅多にそれを開けることは望まないし、開けられると知らされても、見なかったふりをして通り過ぎる。
けれど、その扉が、常時開放されていたら?
「……陸斗さん…」
止めた画像で、振り返ったスーツ姿の陸斗の姿をそっとなぞる。
貢の人生で、閉じられていた扉など、何一つ無かった。
望むものは全て手に入り、無理をすることも努力をすることも不要だった。
高望みをしなかったとも言えるかも知れない、世界一のスターになりたいとか、国を動かせるほどの富を支配したいとか。
けれど、物覚えのある時から、望むものを全て満たされてきたのだから、それらに至るほどの情熱も不満も抱かなかったと言うのが正しい。
どこに行こうとしても、何を選んでも、全て叶うし、正解となる。
広々とした平坦な世界をずっと眺め続けていれば、夢も希望も抱かなくなる。
唯一閉じられていた扉が、幼い頃の記憶だった。
けれどそこへ至る為の扉は他と同様開放されていたから見分けが付かず、道を記してくれたのが世界を諦め閉じられていた一つの人格、輝夜陸斗、だった。
たぶん、貢は初めて、『閉じた扉』に出くわした。
「………」
コマ送りでカークを動かす。歩き出し、振り返り、背中を向け、もう一度、振り返る。
同じ『振り返る』動きを、全く同じようにトレースしながら、視線だけ、目の表情だけが変わる。体の動きを全く変えないで、中身に籠る感情だけを変化させている。
繊細で、けれども気づかれにくく、高度な技術。
カークと似ている、本当に。
本来、そんなこところで消費されるべきではないのに、垂れ流しされる才能。
これほどの役者が、これほどの技術が、なぜ『竜夢』なんかの小劇団に封じ込められていたのか。
今なら逆だとわかる。
この才能は、狭く小さく封じられていたからこそ、深化するしか伸びられなかった。誰を基準とするのでもなく、暗闇の中でただ自分の精度だけを基準として、深く深く、より深く完成されていった。
第二部では陸斗を中心に構築する予定だが、そうしないと展開そのものが霧散し兼ねないからだ。嵐のように新しい世界を見せるカザル、人である覚悟を一身に負うオウライカ、この世以外の理を辿るライヤー、全てが『見知らぬ場所への開け放たれた扉』として提示される中、カーク・リフトは見覚えのある肉と欲と愛と情を抱えたまま、異界を進む。
見覚えのない世界の中で、よく分かった感覚を保持し続けることの必要性が、今ならわかる。
貢にとって、『開かない扉』が次の場所への入り口だった。
その扉の中で、深く豊かに熟成されたものがあるから、安心して全世界に開け放たれた扉をためらうことなく歩んで行ける、辿り着く場所などない広がりに、足を踏み出していける。
観客もまた、同じだろう。
戻れるから、踏み出せる、思いもかけない遠くまで。
たとえ、その旅の後には、全く違う世界が待っていようとも。
陸斗が部屋に置く、赤い炊飯器を思い出した。
「お腹減ったなあ…」
画像をそのままに、よろよろとベッドに倒れ込む。
酷使し続けた感覚が一気に眠りの淵に追い落とされる。
「…起きたら……ご飯……食べたい…なあ…」
目の前に陸斗が居て。
『伊谷』
笑って茶碗によそってくれる、白くて温かなご飯。
うん、決めた。
貢はふにゃふにゃと笑う。
陸斗とご飯を食べる為に、明日もしっかり頑張ろう。
それでいい。
それで、世界は十分だ。
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