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第3章 『異世界』
1.ご当地キャラ 「好きなものばかり増えて、困る」(1)
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「そのまま入って来て下さい」
伊谷が黄色のヘルメットをそれぞれに渡して被らせた後、3人に向かって手招きした。
「足元は片付けてありますが、それでもどうしても片付けられない資材は置いたままなので、注意して入って来て。結構暗いですしね」
案内されたのは、伊谷の家が持っていると言う工場の一つだ。街中から外れた山間部にあり、土砂や廃棄資材を集めて、再生可能な資材にする部門だと言う。
「…」
ごくり、と禄は唾を飲んで、建物の入り口から踏み込ながら見上げた。
金属のがっしりした骨組みの遥か上に屋根がある。採光はそれほど考慮されていない様子で、薄暗い建物の中に天井近くまで高く伸び上がった幾つもの影の正体は、目を凝らしてもよく見えない。そのまま見上げているうちに、舜も輝夜も中に入って行ってしまったので、慌てて後を追う。
「大型機械だね…ショベルカーのもっとでっかいの」
舜が楽しげに踊るような足取りで近づいて行く。
「大きいな」
溜息混じりに輝夜が呟いた。舞台であれほど良く通る声が、建物の突起や凹みに吸い込まれて消えるところをみると、この建物も見えている以上に大きいのだろう。
「何メートルぐらいあるの?」
「全長18メートルぐらいかな。幅が12メートルぐらい、アームをあげると20メートルぐらいの高さは行くかも」
興味津々と言った様子の舜の声に、伊谷は淡々と応じた。
いくらメートルで語られたとしても、百聞は一見に如かずとはよく言った、目の前に猛々しく頭を振り上げているだけで、威圧感は伝わる。
頭、か。
ふっと禄が気になった瞬間、
「ちょっと面白い趣向だよ」
伊谷が入り口の扉を閉め、パチリと何かのスイッチを入れた途端、目の前に浮かび上がったのはライトをそこら中に絡ませた巨大なショベルカー。いや、光がついた瞬間の映像を、禄は瞼の裏で再現して気づいた。
竜だ。
全身に光を纏った竜が目の前に居て、禄を見下ろしている。
「20メートルと言ったら……マンションの6~7階?」
「天辺から落ちたら死ぬね」
輝夜の考え込んだ声に舜が無邪気に応じる。
「俺、あそこに乗って、差し上げて欲しいかも」
ショベルカーの先、巨大なとげとげした鈍い針のついた器を舜が指差し、にやりと笑って伊谷を振り向く。
「乗っかる場面もあるでしょ?」
「バケットか……わかってるね」
伊谷が頷いて、訝しく禄は振り返った。
「乗っかる?」
「月へ弾かれるじゃん」
舜が頷く。
「竜の上で走り回って、人々の願いを蹴り折って、月に弾かれる。地上数100メートル? そんなとこで周囲の空気に無防備に晒されて駆け回るなんて体験はできそうにないから、ちょっとちっさめの経験でイメージを補ってさ」
両手をひらひらと動かして説明するのに、ああそういうことかと気づいた。
1月一杯かけて、この先の脚本を舜と読み込んだ。やっぱり読めない漢字は山のようにあって、知らないことばも次から次へと出て来て、図書館へ通い、ネットで探し、設定について話し合って、ほとんどの場面はイメージできたと思っていたけれど、まだまだ足りなかったのだ。
「そういうと思って、人は配置してるよ」
各務さん、と伊谷が声をかけると、ライトが消え、代わりに工場の灯りがついた。ショベルカーの運転席に居た人が席から出て来て、ゆっくり頭を下げた。初老と言っては失礼かもしれないが、ごま塩頭の小さな体つきの男性だ。
「ウチを定年退職した人なんだけど、油圧ショベルの扱いにかけては一級品で、今も時々技術指導に来てもらってる」
伊谷が軽く手を挙げると、各務はもう一度頭を下げて運転席に戻った。
「今日は休みだから、時間はたっぷりある。存分に経験と感覚を掴んで帰って」
どんな経験をとか、何の感覚をとかは、伊谷は説明しなかった。当たり前だ、それぞれの役柄によって、積むべき経験も必要とする感覚も違う。
禄は改めて配役の重さを感じた。
ある一つの舞台があって、演じられるべき役柄があって、その役柄にふさわしい経験や感覚や技術を備えているかどうか、あるいは物語の展開によって、その成長を重ねて行けるかどうか。
監督はそれを見極め配置する。役者の現時点での資質だけではなく、伸び代までも視界に入れておかなくては、物語の成立に影響する。失敗したからと言って、すぐに 代えることも出来ない。
ちらりと視線を動かす。さっきは伊谷がライトをつけたが、今は指示でライトが消えた。よく見れば、工場のあちこちに人の姿がある。きっと、今日のために準備してくれている人達だ。
「……伊谷さん」
「何だい?」
「ぼく、一番に動かしてもらってもいいかな」
「どうぞ、オウライカ」
微笑む伊谷は楽しげだ。頷いて、ショベルカーに近寄っていく。
伊谷が黄色のヘルメットをそれぞれに渡して被らせた後、3人に向かって手招きした。
「足元は片付けてありますが、それでもどうしても片付けられない資材は置いたままなので、注意して入って来て。結構暗いですしね」
案内されたのは、伊谷の家が持っていると言う工場の一つだ。街中から外れた山間部にあり、土砂や廃棄資材を集めて、再生可能な資材にする部門だと言う。
「…」
ごくり、と禄は唾を飲んで、建物の入り口から踏み込ながら見上げた。
金属のがっしりした骨組みの遥か上に屋根がある。採光はそれほど考慮されていない様子で、薄暗い建物の中に天井近くまで高く伸び上がった幾つもの影の正体は、目を凝らしてもよく見えない。そのまま見上げているうちに、舜も輝夜も中に入って行ってしまったので、慌てて後を追う。
「大型機械だね…ショベルカーのもっとでっかいの」
舜が楽しげに踊るような足取りで近づいて行く。
「大きいな」
溜息混じりに輝夜が呟いた。舞台であれほど良く通る声が、建物の突起や凹みに吸い込まれて消えるところをみると、この建物も見えている以上に大きいのだろう。
「何メートルぐらいあるの?」
「全長18メートルぐらいかな。幅が12メートルぐらい、アームをあげると20メートルぐらいの高さは行くかも」
興味津々と言った様子の舜の声に、伊谷は淡々と応じた。
いくらメートルで語られたとしても、百聞は一見に如かずとはよく言った、目の前に猛々しく頭を振り上げているだけで、威圧感は伝わる。
頭、か。
ふっと禄が気になった瞬間、
「ちょっと面白い趣向だよ」
伊谷が入り口の扉を閉め、パチリと何かのスイッチを入れた途端、目の前に浮かび上がったのはライトをそこら中に絡ませた巨大なショベルカー。いや、光がついた瞬間の映像を、禄は瞼の裏で再現して気づいた。
竜だ。
全身に光を纏った竜が目の前に居て、禄を見下ろしている。
「20メートルと言ったら……マンションの6~7階?」
「天辺から落ちたら死ぬね」
輝夜の考え込んだ声に舜が無邪気に応じる。
「俺、あそこに乗って、差し上げて欲しいかも」
ショベルカーの先、巨大なとげとげした鈍い針のついた器を舜が指差し、にやりと笑って伊谷を振り向く。
「乗っかる場面もあるでしょ?」
「バケットか……わかってるね」
伊谷が頷いて、訝しく禄は振り返った。
「乗っかる?」
「月へ弾かれるじゃん」
舜が頷く。
「竜の上で走り回って、人々の願いを蹴り折って、月に弾かれる。地上数100メートル? そんなとこで周囲の空気に無防備に晒されて駆け回るなんて体験はできそうにないから、ちょっとちっさめの経験でイメージを補ってさ」
両手をひらひらと動かして説明するのに、ああそういうことかと気づいた。
1月一杯かけて、この先の脚本を舜と読み込んだ。やっぱり読めない漢字は山のようにあって、知らないことばも次から次へと出て来て、図書館へ通い、ネットで探し、設定について話し合って、ほとんどの場面はイメージできたと思っていたけれど、まだまだ足りなかったのだ。
「そういうと思って、人は配置してるよ」
各務さん、と伊谷が声をかけると、ライトが消え、代わりに工場の灯りがついた。ショベルカーの運転席に居た人が席から出て来て、ゆっくり頭を下げた。初老と言っては失礼かもしれないが、ごま塩頭の小さな体つきの男性だ。
「ウチを定年退職した人なんだけど、油圧ショベルの扱いにかけては一級品で、今も時々技術指導に来てもらってる」
伊谷が軽く手を挙げると、各務はもう一度頭を下げて運転席に戻った。
「今日は休みだから、時間はたっぷりある。存分に経験と感覚を掴んで帰って」
どんな経験をとか、何の感覚をとかは、伊谷は説明しなかった。当たり前だ、それぞれの役柄によって、積むべき経験も必要とする感覚も違う。
禄は改めて配役の重さを感じた。
ある一つの舞台があって、演じられるべき役柄があって、その役柄にふさわしい経験や感覚や技術を備えているかどうか、あるいは物語の展開によって、その成長を重ねて行けるかどうか。
監督はそれを見極め配置する。役者の現時点での資質だけではなく、伸び代までも視界に入れておかなくては、物語の成立に影響する。失敗したからと言って、すぐに 代えることも出来ない。
ちらりと視線を動かす。さっきは伊谷がライトをつけたが、今は指示でライトが消えた。よく見れば、工場のあちこちに人の姿がある。きっと、今日のために準備してくれている人達だ。
「……伊谷さん」
「何だい?」
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「どうぞ、オウライカ」
微笑む伊谷は楽しげだ。頷いて、ショベルカーに近寄っていく。
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