『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第3章 『異世界』

1.ご当地キャラ 「好きなものばかり増えて、困る」(7)

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 運転席を代わってくれた各務を隣に、近くに寄っていた輝夜を見遣る。
「あなたがやりたいことなら、全て僕が叶える」
 言いながら、ぶるっといきなり体が震えて、鳥肌が立って驚いた。
「他の誰が何をどう評価しようと、あなたが必要なものは、僕が全て手に入れる」
 技術でも知識でも資格でも。
 暗闇のはずなのに、視界がきらきらと眩く輝いて、体が震えて止まらない。
「坊っちゃん」
 各務の声が耳元で響く。
「あなたはまだ若い。儂の歳になるまでにも何十年だってある」
「うん」
 自分がうんと少年になったような気がして頷いた。
 各務は続けた。
「仕事に必要だと思ったなら、どんどん吸収して学んで手に入れなさい。あなたにはその財力も時間も体力も……能力だってあるはずだ」
 器用貧乏で突出した才能がなくて、生きて行く金を稼ぐのは得意だけれど、人生の価値というものにおいては歯車のように意味のない人生だとどこかで考えていた。いつの間にか自分の興味もやりたいことも、ほどほどに無難で当たり障りなく世間体の良いものを選んでいた。
 けれど、油圧ショベルの運転席に座ってみる機会など一生来ないと思ってはいたけれど、どうしても気になって、どうしても気持ちがそちらへ向いて、何の成果ももたらさない、一生胸の内で隠されて消える知識と技術と資格であっても。
「……してみたかったんだ」
 世の中の正義はそこになくとも。
「運転を、して見たかった」
「それが能力ですよ」
 びっくりして振り返ると、各務はやはり目を細めて笑っている。
「して見たいと思ったなら、それができる能力があるってことだ。後はその能力を使うための格と器を手に入れるだけです」
「…格と、器」
「そいつがなけりゃ、どんな能力もモノにはなりません」
「格と、器」
 ならばようやく貢にも、その格と器が揃ったと言うのか。
「…輝夜さん」
「…ん」
「一旦降りて下さい。掬い上げて、ライトを当てます。そう言うことですよね?」
 輝夜の瞳が大きく見開かれ、きらきらする、まるで一番欲しいものをもらった子どものように。そうして今、貢も同じ顔をしているだろうと思いながら、笑った。
「『ショベ君』に任せて」
「…オーライ」
 薄く微笑んだ輝夜が、今度はふらつきもせずに降りて、下から見上げる。
「伊谷、頼む」
 手を挙げて応えた、工事現場のように。
「じゃあ坊っちゃん、行きますよ」
「よろしくお願いします」
 各務の指示に従いつつ、バケットをゆっくり工場床に下ろした。輝夜が近寄り、まるで高級ソファのように滑り込んで身をもたせかける。硬い金属に座っているとはとても思えないしなやかさ、体がすっかり寛いでいるように見えるが、その実全ての筋肉に気を張っているはずだ。
 掬い上げる、バランスを保つ、揺れを減らす、レバーを握る手に粘っこい汗が滲む。
「坊っちゃん、そこはまっすぐ行かず、こんな風に」
「ああ…なるほど」
 各務がこの歳まで必要とされ、今も指導に呼ばれている理由がしみじみとわかった。こちらが困っている部分、うまく動かせないポイント、迷っている場所を的確に分かってくれる。
「そっちは少し離すんです」
「こう…か」
 輝夜を巧みに滑らかに空中まで掬い上げ、そこで下からライトアップさせた。
「ああ…」
 禄の嬉しそうな溜息が響く。
 黄金の海の上に優雅に浮かぶ輝夜の姿は、『塔京』を見下ろす支配者に相応しい。
 輝夜はまるで周囲の誰も目に入っていないようだった。静かに眼下の光を見下ろす、けれどその表情は醒めていて冷徹だ。光が都市の繁栄の灯だろうと、崩壊の爆発だろうと、カークは同じ目をして見下ろしただろう、いくつもの生命が散りばめられる金色の敷物、踏み付けるにも値しない、塵芥のような存在としてしか感じていない侮蔑の視線。
 ふ、と小さく吐息して輝夜は目を閉じた。けれどその唇が微かに弧を描いて、貢は再び身体中を泡立たせる。
 満足させた、愛しい大事な、あの人を。
「…嬉しい…もんだな」
 滲みそうになる涙を瞬きして逃す。
「思った通りに、できるって言うことは」
 輝夜の一番美しい姿を、貢の技術が支えている。
「あなたは随分器用な性質だったから、誰も褒めちゃ下さらんかったんでしょう」
 各務も同じように輝夜を見ながら呟いた。
「どんなにか努力して成し遂げても、有利な環境の下にあったからだと見做される。あなたが味わった達成感を、些細なものだと潰しにかかる、バカな大人に囲まれて」
「……」 
 なぜ視界が潤んだのかわからなかった。
「けれど、喜んで良いんです。誇って良い。出来なかったことが出来るようになったんです。得られなかったものを得たんです。他の誰にも計らなくていい、あなただけの報酬だ」
「…どうしようかな、各務」
 掠れた声は溢れ落ちる涙のせいだと分かっている。
「この世界に、欲しいものが、一杯ある……好きなものばかり、増えていくんだが」
「全て手にしておやりなさい」
 くっく、と人の悪い笑い声が聞こえた。
「あなたがどれほど頑張って持って行っても、世界はまだまだ広くて大きく、色々あり余ってるって、わかりまさあ」
 
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