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「ほや」
ちくわを口に思わずもごもごと窓を見る。
窓はこれといって変わりがない。半端によれてかかってるレースのカーテンも揺れていないし、窓ガラスが割れているわけでもない。窓の向こうには今のんびりと歩いて来た冬の小春日和とでもいいたげな日差しが、植木鉢一つない(置いても置いてもすぐ枯れるのだ)ベランダにあたっているだけで。
空耳かな。
どおっ!
誰かがもう一度思いっきり助走をつけて窓に向かって飛び込んで、それでもうんとこ跳ね返されて居間の中央まで転がった、ような感じの音が鳴り響いて窓が揺れた。
さあて、これは幻覚か? 幻聴か?
そんなことがないとわかっているのに、一応そう考えてみる。口半ばまで押し込んだちくわをもぐもぐ食らいながら、椅子から立って居間に入る。
「出られんわけね」
ときどき、こういうのがあるのは知ってる、ような気もする。すいすいと「流れ」に乗って通り抜けていけるはずのものなのに、どうにも何かしらで食い止められて通り損ねてしまうようなもの。見えればそうだと言い切れるけど、まあ、何せ見えないから、そこから先は考えでしかないのだけど。
ふと玄関を振り向いてみると、空っぽだったはずの玄関にまた赤い靴が、今度は乱雑に放り出されて出現していた。
「困っちまったねえ」
ちくわを飲み込み、とりあえずは弁当を片付けて、ゴミを捨て、食後のコーヒーを入れてから、玄関の靴を拾いに行った。靴はきちんと手に触り、気がつくと裏に泥がついてる。そうすると、朝の廊下の足跡も意外に「本体」だったのかななどと考えながら、その靴を持って居間を抜け、窓を開けてベランダの外へ向こうにむけて並べてやった。何はともあれ、四階だし、ひょいひょいと履いて歩いて行けば、どことは知らぬが行きたいところへ行けるだろう。
窓を閉めて、テーブルに戻り、ふうと吐息一つ、コーヒーを飲み出したとたん、
どおんっ!
「あれ?」
見るとベランダの靴はきれいさっぱり消えうせて、やっぱり玄関に小さな子どもがふて腐れてほうり出したようにばらばらと赤い靴が散っている。
なんだ、なんだ、また戻ってるのか。
なんだか面倒なことなことになるかもしれないと、ようやく私も思い始めた。同じことを繰り返すのは人も事件も似た原理で、引き起こした原因が解決されないせいだから、秋子がここを通り抜けられないのはきっと、まだ解けていないものがあるということなのだろう。昼間はいいけど夜間にまでどおんどおんはやめてほしい。
無駄だろうとは思ったけれど、ため息をつきながら今度は赤い靴を玄関のドアの外に出そうとしたけれど、これは見事に拒まれた。
つまり、見えているのに、掴めない。つかんだつもりで指にかからない。ころころころっと、偶然を装い風に吹かれたかのように指先から靴が逃げ回る。両手で囲んでどすっと足で踏もうとしたら、足元が床に滑ったか何かに引っ掛かったかで、すとんと尻餅ついてこけてしまった。ついでに軽く右足首もひねってしまう。
手をだすなってことだろうけど、手掛かり一つないんだよ?
ついぶつぶつと愚痴を言うと、さすがにすまないと思ってくれたのか、赤い靴は行儀よく並んで待つわといいたげに落ち着いた。
しかたない、コーヒー飲んで一服だ。
ちくわを口に思わずもごもごと窓を見る。
窓はこれといって変わりがない。半端によれてかかってるレースのカーテンも揺れていないし、窓ガラスが割れているわけでもない。窓の向こうには今のんびりと歩いて来た冬の小春日和とでもいいたげな日差しが、植木鉢一つない(置いても置いてもすぐ枯れるのだ)ベランダにあたっているだけで。
空耳かな。
どおっ!
誰かがもう一度思いっきり助走をつけて窓に向かって飛び込んで、それでもうんとこ跳ね返されて居間の中央まで転がった、ような感じの音が鳴り響いて窓が揺れた。
さあて、これは幻覚か? 幻聴か?
そんなことがないとわかっているのに、一応そう考えてみる。口半ばまで押し込んだちくわをもぐもぐ食らいながら、椅子から立って居間に入る。
「出られんわけね」
ときどき、こういうのがあるのは知ってる、ような気もする。すいすいと「流れ」に乗って通り抜けていけるはずのものなのに、どうにも何かしらで食い止められて通り損ねてしまうようなもの。見えればそうだと言い切れるけど、まあ、何せ見えないから、そこから先は考えでしかないのだけど。
ふと玄関を振り向いてみると、空っぽだったはずの玄関にまた赤い靴が、今度は乱雑に放り出されて出現していた。
「困っちまったねえ」
ちくわを飲み込み、とりあえずは弁当を片付けて、ゴミを捨て、食後のコーヒーを入れてから、玄関の靴を拾いに行った。靴はきちんと手に触り、気がつくと裏に泥がついてる。そうすると、朝の廊下の足跡も意外に「本体」だったのかななどと考えながら、その靴を持って居間を抜け、窓を開けてベランダの外へ向こうにむけて並べてやった。何はともあれ、四階だし、ひょいひょいと履いて歩いて行けば、どことは知らぬが行きたいところへ行けるだろう。
窓を閉めて、テーブルに戻り、ふうと吐息一つ、コーヒーを飲み出したとたん、
どおんっ!
「あれ?」
見るとベランダの靴はきれいさっぱり消えうせて、やっぱり玄関に小さな子どもがふて腐れてほうり出したようにばらばらと赤い靴が散っている。
なんだ、なんだ、また戻ってるのか。
なんだか面倒なことなことになるかもしれないと、ようやく私も思い始めた。同じことを繰り返すのは人も事件も似た原理で、引き起こした原因が解決されないせいだから、秋子がここを通り抜けられないのはきっと、まだ解けていないものがあるということなのだろう。昼間はいいけど夜間にまでどおんどおんはやめてほしい。
無駄だろうとは思ったけれど、ため息をつきながら今度は赤い靴を玄関のドアの外に出そうとしたけれど、これは見事に拒まれた。
つまり、見えているのに、掴めない。つかんだつもりで指にかからない。ころころころっと、偶然を装い風に吹かれたかのように指先から靴が逃げ回る。両手で囲んでどすっと足で踏もうとしたら、足元が床に滑ったか何かに引っ掛かったかで、すとんと尻餅ついてこけてしまった。ついでに軽く右足首もひねってしまう。
手をだすなってことだろうけど、手掛かり一つないんだよ?
ついぶつぶつと愚痴を言うと、さすがにすまないと思ってくれたのか、赤い靴は行儀よく並んで待つわといいたげに落ち着いた。
しかたない、コーヒー飲んで一服だ。
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