6 / 13
6
しおりを挟む
「流れ」に乗れないものはいろいろある。重すぎるものは乗れない。物質がぷかぷかするわけじゃないから重量ではなくて、それはたぶん、想いの強くこもったものが重いんだろう。沈むか留まるかのどちらかで、それらはやがてこの「流れ」から消えていく。それから、あんまり軽いものもここには乗れない。ふわふわしてしまって、誰かの気持ちが動くたびにそちらへ引きつけられてしまうらしく、やってきた宅配業者とか保険や学習教材の勧誘の人なんかにくるくる巻き込まれてしまうのか、やっぱり消えてしまってる。固いのも乗りにくいし、柔らかすぎるのも乗りにくい。これは重い、軽いに準じる様子。
とすると、たぶん、この世のどこかには、あるいはこの現実のどこかには、すごく重いものも運べる激しく強い「流れ」とか、ふわふわ頼りなく柔らかすぎるものをも巻き込むような波打っている「流れ」とかがあるのかもしれない。
私のとこにある「流れ」はそういう意味じゃたいしたものは乗れないし、ささやかすぎるものも乗ってこない。するりとこの世から出て行くことをよしとするような、そういう平凡な「流れ」なのだろう。
さてそうなると、秋子はどうやら平凡なものではないということになる。重いものは流れたくないという感じもあるけど、秋子は流れていきたいみたいだから、重いものじゃないのだろう。けれど、軽すぎてというのでもないのは、あくまで頑固に玄関に居座る赤い靴、何度も無謀に飛び込む窓にも現れている。
あ、それならば、ととりあえず窓を開け放ってみた。
風が冷たい。一気に温もりかけた部屋の温度を奪い去って、部屋の中を冷ややかな手で荒らしていく。
しばらく知らん顔をしていると、目の前のテーブルの向こうをきらきらきらと何かが通り抜けたような、いやまるで風を見せられたような、そんな感じが走り過ぎた。おお、行けるかという期待も数秒後には空しくなる。
どおっ!
どうして開け放ったところへ行かずに、わざわざ窓ガラスへぶつかっているかなあ。
ついついため息ついて、玄関を振り返ると、やっぱり赤い小さな靴が今度は思いっきりあちこちに投げられていて、そうか、あんたもくやしいのかという感じ。
鳴っているのは窓ガラスだとばかり思っていたけど、そしてまた、実際に音と窓ガラスが震えるのが同時なのだけど、ほんとはこの音と映像、別々に成立してるものなのかも知れない。にしても、こうなると、流れていけないのは、秋子のせいではないのかな。
そう思った矢先、ばたっと足元で音が響いた。とっさにびくっと足を引いて、それからそろそろとテーブルの下を覗くと、あらなんとしたこと、いつの間に上がってきたのか、そこに赤い靴が並んでいる。気になったので立ち上がって玄関を確かめにいったけど、そこには赤い靴はなくなっていて、あちこち暴れた泥靴の跡が残るだけ。
このままじゃ部屋中踏み荒らされそうだな、掃除が大変と思いかけて、ふいと気がつく。泥靴、泥靴、それを持っていて私が出てくる寸前までドアの内側に潜んでいたかもしれない畑中さん。
ひょっとして畑中さんの執着は秋子を流れに乗せてくれないほど重いだろうか。けれどそれをどうして確かめる、そう考えたとたん、
げあっ!
今度は玄関の金属ドアが派手に鳴った。
はいはい、見かけによらず、なんて騒々しいお嬢さんだ。
これからやろうとする突拍子もない行動に我ながら嫌気がさして、それでも窓だけじゃなくて玄関ドアまで鳴らしまくられては安眠どころか、この先管理人から出て行ってほしいと言われるのも明らかで、仕方ないかと腰を上げた。
半分飲みかけたコーヒーを残し、つっかけ履いて部屋を出て、隣の部屋のベルを鳴らす。ぴいんぽおん、と間抜けた音が部屋で響くやいなや、まるでそこで息を殺して待っていたように「どなたですかっ!」ときんきんした声が応じる。「あの、尾新木ですが」「何の御用ですかっ!」「あの、唐突なことですみませんが、秋子さんの靴、泥で汚れてるの持っておられませんか」。
とすると、たぶん、この世のどこかには、あるいはこの現実のどこかには、すごく重いものも運べる激しく強い「流れ」とか、ふわふわ頼りなく柔らかすぎるものをも巻き込むような波打っている「流れ」とかがあるのかもしれない。
私のとこにある「流れ」はそういう意味じゃたいしたものは乗れないし、ささやかすぎるものも乗ってこない。するりとこの世から出て行くことをよしとするような、そういう平凡な「流れ」なのだろう。
さてそうなると、秋子はどうやら平凡なものではないということになる。重いものは流れたくないという感じもあるけど、秋子は流れていきたいみたいだから、重いものじゃないのだろう。けれど、軽すぎてというのでもないのは、あくまで頑固に玄関に居座る赤い靴、何度も無謀に飛び込む窓にも現れている。
あ、それならば、ととりあえず窓を開け放ってみた。
風が冷たい。一気に温もりかけた部屋の温度を奪い去って、部屋の中を冷ややかな手で荒らしていく。
しばらく知らん顔をしていると、目の前のテーブルの向こうをきらきらきらと何かが通り抜けたような、いやまるで風を見せられたような、そんな感じが走り過ぎた。おお、行けるかという期待も数秒後には空しくなる。
どおっ!
どうして開け放ったところへ行かずに、わざわざ窓ガラスへぶつかっているかなあ。
ついついため息ついて、玄関を振り返ると、やっぱり赤い小さな靴が今度は思いっきりあちこちに投げられていて、そうか、あんたもくやしいのかという感じ。
鳴っているのは窓ガラスだとばかり思っていたけど、そしてまた、実際に音と窓ガラスが震えるのが同時なのだけど、ほんとはこの音と映像、別々に成立してるものなのかも知れない。にしても、こうなると、流れていけないのは、秋子のせいではないのかな。
そう思った矢先、ばたっと足元で音が響いた。とっさにびくっと足を引いて、それからそろそろとテーブルの下を覗くと、あらなんとしたこと、いつの間に上がってきたのか、そこに赤い靴が並んでいる。気になったので立ち上がって玄関を確かめにいったけど、そこには赤い靴はなくなっていて、あちこち暴れた泥靴の跡が残るだけ。
このままじゃ部屋中踏み荒らされそうだな、掃除が大変と思いかけて、ふいと気がつく。泥靴、泥靴、それを持っていて私が出てくる寸前までドアの内側に潜んでいたかもしれない畑中さん。
ひょっとして畑中さんの執着は秋子を流れに乗せてくれないほど重いだろうか。けれどそれをどうして確かめる、そう考えたとたん、
げあっ!
今度は玄関の金属ドアが派手に鳴った。
はいはい、見かけによらず、なんて騒々しいお嬢さんだ。
これからやろうとする突拍子もない行動に我ながら嫌気がさして、それでも窓だけじゃなくて玄関ドアまで鳴らしまくられては安眠どころか、この先管理人から出て行ってほしいと言われるのも明らかで、仕方ないかと腰を上げた。
半分飲みかけたコーヒーを残し、つっかけ履いて部屋を出て、隣の部屋のベルを鳴らす。ぴいんぽおん、と間抜けた音が部屋で響くやいなや、まるでそこで息を殺して待っていたように「どなたですかっ!」ときんきんした声が応じる。「あの、尾新木ですが」「何の御用ですかっ!」「あの、唐突なことですみませんが、秋子さんの靴、泥で汚れてるの持っておられませんか」。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる