霊道開き

segakiyui

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 いや、わかる。そんな声が彼方から響いたようだった。
 そう、あれはあえて言えば「道の護り手」、平たく言えば死に神とやらの鎌の切れ味だったのだ。畑中さんは通り切れぬ道を無理を道理に押し通ろうとした。この道、つまり「流れ」には生者亡者が入り乱れて「流れ」を塞いでしまっていたので、死に神はそのお得意の技、私の中の虚無を利用して、体を貫く道を開いたのだろう。
 ただし、その道は清らかではない、清らかならば悪意と敵意に堕ちた畑中さんは通せない。畑中さんの重いどろどろに響き合いながら、それに巻き込まれぬ重さがいる、そういう点でも生体を持った私はかっこうの依代だったというところか。
 そんなあんなを考えていると、部屋の前を過ぎる足音が聞こえてそのまま隣の部屋の前、がしゃんと鍵の開く音に続き、「ただいま、道子、……」と半端に切れると、「うはやああああ」と意味不明の声に変わった。がたっ、ばたばた、ばたっばたばたと、歌舞伎の拍子木鳴らすように慌ただしく駆け抜ける音にくっついて、
「誰か、誰か警察をぉう、救急車をぉう!」と叫びながら畑中さんが走り去る。それはまた、奥さんの死に様の惨さを周囲に知らしめほくそ笑む、冥界の役の悪ふざけに似た脚本か。
 そうだ、秋子は。
 そうようやく気づいてみると、ぺたん、ぺたんと一対の赤い靴が玄関からこっちへ歩いてきているところだった。
 ぺたん、ぺたん、ぺたん、ぺた。
 その赤い靴はあいもかわらずベランダでへたりこんでいる私の前までやってくると、しばらくじっと止まっていた。それはもう秋子の姿には見えず、けれどなんとなく気分的には、そこで秋子がお辞儀しているような気がして、私はそのままがくがくと不器用に頭を下げるしかない。と、再び靴は前進し始め、ぺた、ぺた、ぱた、ぱたと私の体を上り始めた。足から腹へ。腹から胸へ。顔に近づくにつれ、その靴が黄色地を真っ赤に染めた血塗れ靴とよくわかる。しかし、不思議に荒くれた臭いはなく、どこかしんと厳かで、静かでそして悲しげで。肩から頭へ、ぽん、とそこばかりは幼い少女のようなふざけた仕草で飛び乗ると、止める間もなくふ、と外へと蹴り出すように重さが消えた。
「秋子」
 ふいと呟いてみると、ふいになぜか切なくて、ぼろぼろ涙をこぼしながら、まだまだ手足を震わせながら、ベランダのてすりに寄り添って立ち上がって見てみれば、放り投げたとしてもそれほど遠くまでは届くまい、マンションの駐車場の上を遠くはるかに横切って、真っ赤な靴がばらばらと、飛び散っていくのがただ見えた。

                                                  おわり
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