『BLUE RAIN』

segakiyui

文字の大きさ
19 / 29

19.MAZENTA CHRISTMAS

しおりを挟む
 署に戻ってきたのは夕方近くだった。
「なんだ、こりゃ?」
 待っているはずのスープの代わりに、やつのデスクに山積みにされた書類に戸惑う。
「あ、それな、ゲリのお前の分も積んである」
「なんで?」
「やつがやるとさ」
「で、スープは?」
「なんか、やつもゲリだとかで」
「……は?」
「途中で帰ったぞ」
 ファレルに顔をしかめた。
「帰った?」
「うーん」
 ちろんと不安そうな目を上げてきたファレルが
「俺は余計なことを言ったかもしれねえ」
「余計なこと?」
「お前が、ジェシカ以外には惚れねえって」
「!」
 鼻先を今しがた抱きしめてきた身体の甘い香りが掠めてことばを失う。
「やつは?」
「わかってる、って言ってた。気長にやりますよ、って笑ってたけど、その後で急にトイレに駆け込んで」
「……」
「出て来たら真っ青で、とても仕事なんかできそうになかったから帰ったんだが」
 ファレルがすまなそうな顔になる。
「なあ、まずかったか? ROBOTにも心理的ショックで腹下すってあるか?」
 唇を噛んだ。
 とっさに意識を掠めたのはシンパシーシステムだ。今は切っているはずだが、俺と離れているからと作動させた可能性はあるだろうか。俺とナタシアのあの瞬間を、シンパシーシステムで感知していた可能性は?
  電話をかけたが誰もでない。舌打ちして、脱いだジャケットを掴んだ。
「電話に出ない。戻って確かめてくる」
「ああ」
「待って、シーン」
 背後から声をかけられて振り返るとルシアがにっこり笑った。
「署長がお呼びです」
「は?」
「護衛のことで」
「スープの?」
 彼女に従って奥へ入ろうとしたとき、一瞬懐かしいようなむかつくような匂いがした。
「シーン?」
「あ、すまん」
 それはほんとに微かなもので、もう一度鼻を鳴らしてもルシアの髪から漂う香水の匂いがするだけだ。
「おお、ようやく来たか」
「何ですか、俺はこれから」
「腹はおさまったのか?」
「……はい」
「上からの指示で、本日付けでお前の護衛がルシアになった」
「……は?」
 隣に立っていたルシアがにっこり笑って見上げてくる。
「よろしく、シーン」
「ちょっと、ちょっと待って下さい」
「なんだ?」
「護衛がルシアに?」
「ああ」
「スープは? 彼がいるじゃないですか」
「ああ、そのことだが」
 署長は椅子に身体を沈めて目を逸らせた。
「あいつは『グランドファーム』に回収されることになった」
「回収?」
 ざくっ、と体の内側をでかい刃物で削られた気がした。
「回収? なぜです? どうして? やつは何もミスしてませんよ?」
「しかし、君に怪我をさせたことがある」
「ええ、でもしかし、あれは」
「君に執着し、異常な行動を取る」
「いや、でも、それは」
「それに何よりこれは」
 署長は決心したように俺を見上げた。
「上からの命令だ」
「……は……?」
 上からの命令。そう聞いた瞬間に、ふと、さっき嗅いだ匂いと同じように、ひどく懐かしい、けれど、とても不愉快な感覚が胸を掠めた。
 なんだ? 俺はこの状況を前にも経験したことがある。
 眉をしかめて固まった。署長が低い声で続ける。
「上からの命令だ。しかも、これは君を守るための命令なのだ」
「俺を、守る?」
 まただ。またそっくりの感覚。なんだ、これは。
「どういう、ことですか?」
 尋ねながら、必死に感覚の源を探る。
「君は狙われている」
「え?」
「もういろいろ知っているらしいから、ごまかすことはしないが、レッドのB.P.が違法に作られてDOLLに仕込まれている」
「ああ……はい」
「かつての相棒だ、不本意なことはわかるが、先日君を襲ったのもレッドB.P.を持ったDOLLだった」
「ええ、はい、けど」
 それはスープのおかげで助かった、という声は、次の署長のことばに消えた。
「その、レッドのB.P.の行方が一つ、わかった」
「行方?」
「警官の護衛として配備されたROBOTに仕込まれている」
「まさか」
「そうだ」
 署長が目を細める。
「SUP/20032に、仕込まれていることが判明した」
「ちょっと、待って、ください」
 一瞬眩んだ視界に瞬きを繰り返した。
「なんだって?」
「パターソン管理官が」
 ルシアが神妙な顔で口を挟む。
「確認したの、スープにレッドのB.P.が仕込まれてるって」
「だって、そんな。違法なんだろう?」
「どういう経過で入ったのかわからないけど」
「『グランドファーム』がチェックしていたはずだろ?」
「彼は特別だから。チェックをすり抜けたのかもしれない」
 淡々と仲間を告発するルシアを見返した。
「スープが急に帰ったのも、事情がわかったからではないかしら」
「待てよ」
 思わず口を挟む。
「そんなこと、あるわけないだろ、だって、やつの中にはジェシカB.P.が」
「誰が」
「え?」
「誰がそう話したの?」
「スープが」
「じゃあ、正しいとは証明できない」
「でも」
「スープがときどき矛盾した行動を取ることは知ってるでしょう?」
「あ」
 確かにスープにはDOLLとは思えないような気持ちの揺らぎがある。それが実は敵対するB.P.を仕込まれているがゆえの複雑な揺らぎだったとしたら。
「どこへ行く?」
「家に戻って、スープに会って確かめます」
「しかし」
「俺は納得できない」
 署長に反論する。
「やつの中にレッドは感じなかった。俺に向かっての殺意なんて、感じたことはなかった」
「違う」
「え?」
「レッドがあなたに感じているのは、『欲望』よ」
 ルシアがぽつんと言い放って、俺はことばを失った。そのとたん、通報がけたたましい音声を吐き出す。
『28区でDOLL破損事件発生。発見者、ジット・ブルー』
「ジット?」
 ルシアと同時に天井近くのスピーカーを見上げた。
『破損DOLLは、ナタシア・ブランカ。一連の事件同様、暴行後、口に靴を挿入されてB.P.を破損した模様』
「シーン!」
 俺は身を翻して部屋を飛び出した。

 署の車を駆って戻ったのは、俺達の家だ。暗くなった通りにクリスマスのイルミネーションが飾られる中、家には明かり一つ灯っていない。
 ドアに近づくとインカムが俺を呼び出した。
『シーン』
「ルシア」
『今どこにいるの?』
「家だ……だが、スープはいないようだ」
『いない?』
「ああ、とにかく、確認し終わったら現場に向かう」
『わかった、先に急行しています』
「頼む」
 やりとりを済ませて、ドアのノブを回す。鍵がかかっていない。
「スープ?」
 やはり家の中は真っ暗だった。冷え込んだ空気、人の気配は全くしない。耳をすませてみたが、物音もない。
「スープ?」
 家に戻ったはずだ。なのに、気配がない。もし、他にレッドB.P.を仕込まれたDOLLがいて、スープがやられたとしたら。呼び掛けながら、そっと銃を抜いた。
 階下を一通り確認して、ゆっくりと階段を上がる。
 スープの中にレッドB.P.があるとは思えなかった。ただ、それには根拠がない。これと示せる証拠がない。俺の勘だけだ。
 だが、むざむざとスープを『グランドファーム』に渡したくはなかった。現場より先にスープの方に向かうとは。俺もかなりおかしい。
「スープ?」
 階段をあがって、しばらく待つ。やはり物音一つしない。連れ去られたか。それとも、ナタシアの通報を知って現場に向かったか。
 いずれにせよ、この家には問題になるような奴はいない。
 息を吐いて緊張を解き、銃を片付けようとした矢先、
「む!」
「シーン」
「!」
 静かな声が耳元で響いて血の気が引いた。背後から口を押さえられ、同時に回ったもう一本の腕が体を抱き締める。厳密に言うと、俺の腕と構えた銃を、だ。
「ん、む、む!」
「暴れないで」
「く!」
 きつく手首を握られて、痛みに力が抜けた。銃が手を離れて床に落ちる。からから滑ったそれを、後ろから伸びた足が階段の下へ蹴り落とす。そっちに気を取られている間にインカムが外され奪われた。
「どうして、銃を?」
「んっ」
「俺を始末しに来たんなら、構えるものが違うでしょう」
「スー、プ……っ」
 するっと背後から回った手がとんでもないところに滑り降りて凍りついた。
「『グランドファーム』から指令が出た」
「おいっ」
「あなたも知ってますよね?」
「スープっ」
「俺はあなたの護衛から外される」
「!」
 包み込まれ、撫で上げられる。びくっ、と震えた身体をやつが強く抱き込んでくる。上半身を片腕で抱かれ、下半身をもう片方の手で探られて、必死に頭を振る。
「よせっ」
「なんで怯えてるんですか?」
「違う」
「ナタシアが破損したから?」
「お前っ」
「俺にレッドB.P.が仕込まれてるかもしれないから?」
「スープ」
 どこまで知ってる、何を知ってる…………なぜ、知っている? 
「シーン」
「なんだっ」
「俺、壊れちゃいました」
「あっ」
 熱っぽい囁き声が耳元に吹き込まれて強ばった身体を、やすやすと担がれた。そのまま寝室へ連れ込まれぎょっとする。
 放り出されたのはくしゃくしゃになったベッドシーツの上だ。スプリングで跳ねたのを利用して起き上がろうとしたのも見のがさず、すぐに両手束ねて張り付けられる。
「うっ」
「暴れるともっとひどいことをしなくちゃならない」
「はな、せ」
「シーン」
 暗い部屋の中、窓から入るイルミネーションの微かな明かりを帯びて、右側の黄金の虹彩が光を弾く。もう片方の緑の瞳は、影になってよく見えない。
「震えてますね?」
「あたり、まえだろっ……っく」
 もがきかけて、両足に体重を乗せられ呻いた。ぎちりと骨の上に重みがかかる。しなった足がベッドに食い込み、上半身が軽く浮く。それでも正面からスープを睨んで声を荒げる。
「相棒だと思ってたやつにいきなり襲われてっ」
「いきなりじゃなければよかったんですか?」
「なに?」
「俺、ずいぶん待ちました」
「スープ」
「あなたが、ほんとに、ずっと欲しくて」
「スープっ」
「あなたの全部が、欲しくて」
「んっん」
 唇を重ねられ、ことばと一緒に呼吸も奪われた。繰り返し奥まで入り込む舌が、それでもいつもよりうんとゆっくりと、口の中を犯していく。
「ふ……んっん……む」
 首を背けようとしたら、手で顎を掴まれ、なお深く貪られた
「あ……ぅ」
 舌を絡めて吸い出され、身動きとれなくなってしまう。そのままぴったりと呼吸を塞がれ、みるみる頭が過熱した。
 俺の口を捕らえると、手は顎から滑って容赦なく服を暴きにかかった。のしかかられた足が痺れて痛い。
「うっ……んっ」
「シーン」
 ようやく離された口で必死に空気を吸う。
「はっ……はっ」
「ナタシアのキスはよかった?」
「はっ……」
「身体は?」
「な……にっ……」
 シャツが剥かれて空気の冷たさに鳥肌が立つ。
「ナタシアはよかったですか?」
「なにを……っ……っ!」
 首筋に吸いつかれ舐め上げられて、ぞくりとした。覚えていた感覚が一気に戻ってきて、身体がじりじりと追い上げられる。何度も何度も指先が何かを探すように身体の上を這い回る。
「でも」
「スー……プっ」
「俺もよくしてあげます」
「やめ……」
「俺にはもうあなたは手に入らない」
「あっ……」
 手が服を暴き終わって下半身へと滑り込んだ。のしかかっていた足が膝の間に割り込んでくる。閉じられない股間でジッパーの音が響く。
「これが、最初で、最後、ですから」
 懇願するようなスープの声が闇にひっそり熱く響いた。

「っっっ」
 入った瞬間に仰け反っていた。苦しい。痛い。気が狂いそうだ。
「シーン」「声を」「口を開いて」「楽になりますから」
 言われても無理だ。歯を食いしばっても、痛みが荒れ狂って意識を砕いていく。
 その口へ無理に指をねじこまれて開かれて、
「っあああっ」
 声を放ったのが始まりだった。悲鳴が止まらない。指が入った口を、背後でこじ開けられた口を、そしてあまつさえ痛みに萎れたものの先の小さな裂け目までいじくられる。がくっ、がくっ、と何度も腰が跳ねる。逃げようとした先で遮られて、押しつけられて、快感なんだか痛みなんだかもうわからなくなっていく。
「ひっ……っ……っ」「あっ」「うあっ」
 叫び続けた喉が掠れてくる。喘ぐばかりになった口をそっとやつが塞いできて、過換気一歩手前の呼吸が呑み込まれる。その次にもっと深く犯されて、俺は激痛にぼろぼろ涙を零しながら、スープの口に悲鳴を吐いた。
 助けて、助けて、助けて。力が抜けていく。手足が震えて自分がうんと小さな子どもになった気がする。竦んで縮んでぐったりした俺のものを、スープが丁寧にしごいているのが虚ろで遠い。
 そんなことより抜いてくれ。頼むから抜いてくれ。
 声にならない嘆願を繰り返す。汗が流れ落ちるのさえ、痛みに繋がっているようで、びくびく身体が痙攣する。
 動けない。気を失いかけている。唇が離されて、抵抗なんか全然できずに俺は顔を落とした。たった一部分犯されているだけなのに、全身がずたずたになった気がする。意識が痛みに屈服したのか、視界がぼんやり霞み始める。忙しい呼吸だけが唯一自分のもので、それ以外は全部スープに奪われてるみたいだ。
「シーン」
 低い声が耳に落ちた。
「シーン」
 唇が喉を這って、少し我に返る。そのとたん、
「っう」
 まだ入ってた。
「いたい……」
「すみません」
「やめろ……」
「できません」
「ひでえ……」
「ごめんなさい」
「もう……やめて……くれ」
 懇願したけれど、抜いてくれない。そればかりか、
「っあ」
 前を柔らかく握りしめられ、身体が震えた。そのまままた指を絡めて愛撫される。身体を返され、入ったままのものがずるずるねじれて意識が飛びそうになる。腰を抱えられてうつぶせにされる。
「ああっ」
「もう少し」
「いや……だ」
「シーン」
「も……やめ……っあ」
 びくっと仰け反った瞬間、背中に激痛が走って頭がくらくらした。
「はっ……はっ、ぅ」
 呼吸を逃がすと少し楽で、必死に浅い息を吐く。
 そんなに苦しくて痛いのに、しばらくスープに抱えられていると、相変わらず握られて緩やかに扱かれ続けていた俺のものが膨れ上がってきて驚いた。しかも、確実にうねるような波が身体の奥に伝わってくる。
「あ、んぅ」
 漏らした声が掠れて消える。かり、とスープが耳を齧り、ざわっと皮膚が波打ったのに気づいた。足の内側にさざ波のようなものが這い上がってくる。その波がスープの指に煽られるように、勢いを増して身体に広がる。
「あ、あっ」
 今度響いた声は紛れもなくねだるように甘かった。もっと信じられないのは、中のスープも俺の声に煽られたみたいにでかくなっていくことだ。それはどんどん質量を増し、俺の中をいっぱいにする。
「っあああっ」
 きつい。吐きそうだ。身体ががくがく震えている。
「し……」
「し?」
「し……ぬ……っあ!」
「そんなこといっちゃだめです」
「うあっ」
「止まらなくなる」
「止めて、ねえ、くせに……っい」
「あなたが煽るから」
「煽ってね……ひぃっああ」
「ほら、そんな声で」
「あ、あああ、っ……は!」
 信じられねえ。動きだしやがった。
 たちまち倍加する痛みに体中が強ばった。
「力を抜いて」
「抜ける、かよっ」
「苦しくなりますよ?」
 これ以上、苦しくなる、のか? 喘ぎながら一瞬ふっと気持ちが怯んだ矢先になお深く押し込まれて、俺は仰け反った。
「ひ……や……こわれ……るっ」
「こわれませんよ」
「こわれるって……」
 泣き出しかけながらうなる。
「こんなの」
「初めて?」
「……」
 必死にうなずく。そう言えばやめてくれるかも、と微かな期待はあっさり裏切られた。
「大丈夫ですよ」
「な、にが……ぁっ」
「こんなに柔らかいもの」
「っばか……っぁ、あああっ」
 甘い声が非情なことばを平然と吐いて、俺は唇を噛むこともできずに悲鳴を上げた。
 揺すられて動かされて、それが身体の中で何度も何度も打ち寄せる波とシンクロし始める。打ちつける波がどんどん高さを増していく。感覚が引きずられて空に浮く。身体の内側がどこかに引き抜かれて持っていかれてしまいそうになって、俺は必死にシーツにすがりついた。スープの微かな笑い声が響く。前を扱く指先が強く締めつけながら激しく上下する。
「うっうっううっふ、ああっ」
「ほら、シーン」
「あっあっあ」
「この部分にこうされるの、気持ちいいでしょう?」
 スープの指先がタイミングを外した、と言いたげにきゅ、と先端を絞り込む。
「ひ、あっ!」
 ひゅ、と意識が吹っ飛んだ。あっけなく達してベッドに崩れた俺を、力委せにまたスープが向きを変えさせるのも、今度はそれほど痛くなかった。ぬるり、と後ろで回っていく感触がひどく遠いものに感じる。
 身体の中に詰まった熱が下半身から一気に吹き零れていく脱力感。
 これでようやく終わるんだ。ぐったりした手足には力が入らない。ベッドに沈み込んでも起きあがれないだろう。
 だが、ぼんやり見上げたスープの左目が、鮮やかな緑に光を放って、俺は目を見開いた。
「おい……」
 ごく、と乾いた喉に無理に唾を呑み込む。顔を歪めて逃れようとしたが、身体からスープは抜かれてない。むしろ。
「あ」
「まだ、俺は足りないんです」
「う、くぅっっっ!」
 その弛みに再びなおも貫かれて、それを俺の身体が当然のように飲み込んでいくのにぞっとした。
「もっと、下さい、シーン」
「ふ、ぁ、あああっ」
 どこまでやったら終わりなんだ? また揺さぶられ出して、俺は乱れる呼吸を必死に繰り返した。もう、ぼつぼつ感覚がなくなってきている。涙ににじんだ視界にスープがそっと顔を降ろしてきて、口を塞いで舌を貪る。
「んぅ」
「シーン」
「んっ、あ」
「シーン」
「……なに……っ」
「気持ちいいんですか?」
「なに……が……っ」
「とろけそうな顔してますよ」
 耳に声を吹き込まれて、またぞくりと身体が震えた。奥に入ったスープのものが、刺激されたように角度を変える。
 それがふいにきわどい何かを掠めた気がして、俺は反った。得体の知れない感覚から逃れようと腰を動かすと、スープにやんわり押さえつけられる。そのまま緩やかに前後させられて、俺は眉をしかめた。
「あ……うっ」
 内側を撫で擦るものがあるところを通るたびに身体が跳ねて一気に熱が上がる。そこの間近を辿られると、腰が無意識に揺れてものを追ってしまう。また微かにスープが笑って、俺は首を振った。
「ぁあ……っ」
「ほら、口も」
 スープの指がまた俺の口に入り込む。
「っあ」
「物足りないんでしょう?」
「ん、あ……」
「犯してあげますね?」
「あぁっ」
「指? それとも、舌で?」
 指に舌が重なって入り込む。深く身体を曲げられて、身体が跳ね上がった。
「んっあ」
「両方?」
「はっ、はぅ」
「こっちも?」
「ひ」
「もっと?」
「っっ……く」
「また、溢れてきてますよ、シーンの」
「っん、んっ、あっ」
「シーン」
「うっうっ」
「気持ちいい?」
「く、ぅん、うっ、はっ」
 スープのことば通りに固く勃ちあがった俺のものが、やつの腹に擦られ始める。それをスープが包むようにまた握りしめた。
「シーン」
「んっんっん、あ、ああ、っ、あっ」
「俺の、シーン」
「あ、あっ、あああっ」
 俺は声を限りに啼いた。吹き零れる涙なんだか、開きっぱなしの口から溢れたよだれなんだか、汗や絞り出した体液や何かでべとべとになってもがく。全身が震えて止まらない。指で舌をこねられる。もう一方の指で裂け目をなぶられる。後ろは深く貫かれて、飛びそうな意識を何度も引き戻された。全身が感覚器になったみたいだ。スープの指に翻弄される過敏で弱い俺、そんなイメージが頭の中を鮮紅色に染めていく。
 もう、限界だ。
「っく、ぁ、ああああーっ!」
「シー、ン」
 呻き声が耳元で響いて、俺は流れ落ちた汗のようにぐずぐずの海に沈んでいった。

 気がつくと、やつは姿を消していた。
「つ、う!」
 起き上がろうとしたが、腰から背中に激痛が走り上がって動けなくなる。
「ばか、やろう、無茶、しやがって」
 蹲ったまま、荒くなった呼吸を必死に整えていると、枕元にきちんと並べられた拳銃とインカムを見つけた。その側にことさら丁寧に置かれたような、白銀のスティック。
「追ってこい、ってか?」
 歯を食いしばりながら、ベッドに座ろうとして飛び上がる。だめだ、座れたもんじゃない。仕方なしにだらりとまた寝そべる。時計を確認すると数時間しかたっていなかった。
 それでもその間、俺とスープは行方不明だ。ナタシアの方はもう済んでしまっただろう。昼まで俺を見上げていたきれいな瞳を思い出して胸が詰まった。
 だが、それより痛みを感じたのは暗闇で光っていた『ラディカル・グリーン』。追いつめられ絶望したスープの瞳。
「ばかやろう」
 何をどう勘違いしてやがんのか。
「説明も聞かねえで」
 一体、どこにいってしまったのか。
 署に連絡を取る。出たのはファレルだった。
『どこに行ってたんだ!』
「すまん……」
『なんだ? どうかしたのか?』
「えーと……ゲリがぶり返して」
『はあ?』
「家で動けなくなっちまった……便所にこもってたんだよ」
『じゃあ、スープと入れ違ったのか?』
「スープ?!  うあっ!」
 思わず跳ね起きて激痛に喚く。
『おい!』
「く……」
『おい、シーン!』
「スープ……居るのか?」
『居るっていうか、ここには居ねえっていうか』
「なんだよ、歯切れ悪いな」
『「グランドファーム」に呼び出されたんだよ』
「何、だと……つぅ」
 一々唸ってしまうのが情けない。
「もう、回収されちまうのかっ」
『回収? いや、違う、すぐに戻ってくるって……ああ、戻ってきた。スープ、シーンからだぞ』。
 インカムの向こうにしばらく沈黙が漂った。
「スープ?」
『……はい』
「『グランドファーム』に行ったんだって?」
『……はい』
 怒られた子どものような頼りない声。
「何の用だ?」
『俺の、任務を、報告に』
「任務?」
『あなたの……回収を、すませたので』
 声は掠れて今にも途切れそうだ。
「スープ」
『すみ、ません、シーン』
「おい、スープ」
『俺』
「スープ」
『最低です』
 何だ、どうしたんだ、泣いてんのか、スープ、とファレルの頓狂な声が響いた。
『俺』
「うん」
『あなたの、護衛、外されました』
「ああ」
『けど、信じて下さい、俺の中に、あいつのB.P.なんて』
 あーいうことやっておいてかよ、と突っ込みたいのはやまやまだったが、そんなことを突っ込める余裕はやつにはなかった。
「わかった」
『すみません、シーン』
「わかった」
『俺』
「スープ」
『はい?』
「ゲリで動けねえ」
『……は?』
「今日は休む」
『はい』
「明日、署に連れてってくれ」
『……は、い?』
「今日夜勤じゃねえだろ?」
『あ、はい』
「なら、明日頼む」
『……シーン……』
「あん?」
『俺、そこに戻っていいんですか?』
「戻らねえ気だったのかよ?」
『……』
 インカムの向こうでくすんくすん鼻を啜る音が響いた。
「スープ」
『……はい』
「寂しい」
『っっっっ!!』
 わけのわからない喚き声を耳に、俺はくすくす笑いながらインカムを切った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

男の娘と暮らす

守 秀斗
BL
ある日、会社から帰ると男の娘がアパートの前に寝てた。そして、そのまま、一緒に暮らすことになってしまう。でも、俺はその趣味はないし、あっても関係ないんだよなあ。

処理中です...