『遺産相続人』〜『猫たちの時間』7〜

segakiyui

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3.事件(2)

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(どうする?)
 枕元の時計は刻一刻と十一時に近づいていくのに、俺はまださっきから同じところでぐるぐると迷い続けている。
(亘には約束しちまったし、皖には止められちまったし)
 そもそも、どうして鈴音は俺を呼び出したりしたんだろう? 亘と皖の言うことが真反対な訳は? どうして久は亘をぶっ叩いたりしてる、口の中が切れるほど? ついでに、あの音、周一郎は何か食器でも割れたんじゃないですか、と流したが、そこは付き合いが長いだけに、何か別のものも見たのをごまかされた感じがする。
(ええいくそ!)
 寝返りを打って天井を睨みつける。
 大体どうして俺がこんなことを悩まなくちゃならん。俺が何をした? 迷ってたじいさんに道を教えただけじゃないか。よしわかった、もうこれから人に関わるのはよそう。そうすりゃ、何にも巻き込まれないだろうし、厄介事も半分ぐらいには減るはずだ。
 決意して、ごろん、と再び寝返りを打つ。
 『ほんの』十畳ほどの部屋に一人。
 周一郎は別間で寝ているから相談を持ちかけることはできない。
 何でも、さく、の言うことには、石蕗家では客と主人が同じ館に眠る慣習はないが、今回に限り特別に、ということらしい。
 十一時五分前。
(どうする?)
 もし何か、鈴音が俺だけに伝えたいことがあったとしたら? 『次期当主』の俺を呼び出すしかないと考えるようなことだったら? 例えば伸次の死について、とか、狂い死にしたという『先代の若奥様』の亡霊にまつわる何かとか…。
「っっ!」
 ふうっと生暖かい風が突然部屋を渡ってぎょっとした。この部屋は襖も障子も全て締め切ってある。どこからも風なんて入らないはずで、見かけほど古めかしくも立て付けが悪くなっている家でもないはずだ。
「…」
 ごくり。
 唾を呑み込んだ瞬間、ちっと微かな音をたてて分針が動く。音で思わず躍り上がった心臓に、自分でひやりとした。
 堪えて堪えてしばらく待ったが、風どころか、空気さえも動かない。
(気のせい、だよな? 気のせい、うん、気のせいだ!)
「だよなあ、あははは…は……は……?」
 すううっと今度は墓場直送風の冷たい黴臭い感じの風が足元を吹き過ぎる。ひくりと思わず顔が引き攣った。腹這いになった足元あたりで、カターンと木の枝か何かが落ちるような音がした。ごとごとぼとぼとと俺の腹に備え付けてある製氷機が大量に氷塊を続けてくれ、下半身から凍死しつつある気分になってくる。
 静まり返った部屋の中に黴臭いにおいと、もう一つわけのわからない妙な臭いが流れてきた。空気がどんどん汚れていくというか、オカルト映画さながらのいやあな雰囲気に染まっていく。
 笑顔が強張って元に戻せないまま、乾いてくる喉に何とか唾を呑み込もうとする。じわじわといやあな雰囲気が皮膚から内側に染み通ってくる。
(だ、大丈夫だ)
 必死にお経よろしく断言してみる。
 大丈夫だ大丈夫だ大丈夫だ、亡霊なんてのは現実にいない、PCの中とかTVの中とか映画とか漫画とか、とかとかとかとか。
 その俺の意地っ張りを笑うかのように、遠い闇の中から水の滴る音が。
 ぴっちゃーん………。
「っっっ!!!」
 飛び起きた。十一時ジャスト! たとえ鈴音がどんな難題を持ちかけて来ようと、やっぱり俺としては生きている人間の方が好きだあああっ!
 慌ただしく浴衣の上に羽織を引っ掛け部屋を飛び出す。
 寸前、床の間で掛け軸が差し招くように揺れていたような気がしたが、じっくり観察してるほど暇でもないし根性もない。
 今から思えば自分でも、よくあんな暗い中を転びもせずに下駄で急げたと思う。
 気がついた時には、門の内側に息を切らせて立っていた。
 門の横の小さな潜り戸を押して外に出る。
 ヒヤリとした夜風が草と木の匂いを吹き付けてくる。
「ふぅ…」
 思わず息を吐き、そろそろと周囲を見回す。
「あ…」
 探すまでもなかった。
 暗闇の中に、白々とした肌に相変わらず薄蒼の着物を着た鈴音が消え入ってしまいそうな儚さで立っている。
「来て…おしまいになったのですね……」
 苦いものを無理矢理呑み下すような口調にたじろぐ。
「あの…?」
 呼び出したのは鈴音じゃなかったのか?
「迷惑なら…帰ります」
 おそるおそる声をかける。
 昼間、門の中で見ている鈴音と違って、何かひどく心をかき乱されることがあったらしく、目が暗くて熱っぽかった。どこかで見た目だと考えて、さっきの皖の目とそっくりだと気づく。
 改めてまじまじと相手を見ると、きちんと整っていたはずの着物が襟が少し開いて足元も着崩れしたように緩んでいた。髪の毛が数本乱れて首や頬にちらちらかかる。持ち前の脆さ儚さが、緩んだ気配に重なって妖しく艶っぽく見えた。
「いいえ……もう…遅い…」
 近づいてきながら囁くように呟いてふらりとよろめく。思わず差し出した俺の腕にすがり、そのまま熱い身体をすり寄せてきて、彼女は俺を見上げた。柔らかくてくらくらするような匂い、思わず俺もふらふらしそうになって慌てて堪える。
「大丈夫ですか」
「いいえいいえ」
 掠れた声で吐きながら首を振る。けれど、がくりと首を落としそうになった次の瞬間、もう一度強く首を振って、何かを決心するように顔を上げた。
「まだ大丈夫かもしれないわ、ここは安全だもの、ここは『魔』が弱いもの…」
 髪が風に嬲られて乱れた。甘い匂いが広がる。心臓がどきどきして飛び出しそうだ。
「滝様…」
「はい」
「すぐにお帰り下さい」
「へ?」
「お願い申し上げます、御頼み申します、すぐに朝倉様とお帰り下さい、三つ目の悲劇が起きぬうちに」
「み、三つ目の悲劇?」
 待てよ、もう何か二つも起こってるのか? いつどこで何が? しかも今、次のやつが起ころうとしてる? なぜそれを鈴音が知っている?
 混乱する俺に鈴音が繰り返す。
「どうか滝様、お帰り下さい、私は恐ろしいのです、恐ろしくてたまらないのです、なのに、ああ…もう遅いのかも知れません、けれど、どうか一刻も早く、この呪われた家から出て行って下さいませ」
 矢継ぎ早に、うなされるように、絶えようとする声を必死に励ますように、鈴音は訴えた。真摯な切々とした訴え、すがるように見つめた瞳から涙が零れ落ちる。細い肩がぶるぶると震えている。
「お、落ち着いて下さい、鈴音さん」
 いやたぶん落ち着くのは俺だな、まずは。
「俺、いや、俺も落ち着きますから。あの、俺にはも一つわけがわからないままで」
「訳など知らない方がいいのです、ああ、訳、訳など探している間にあなた方を巻き込んで…」
 なおも続けようとした鈴音のことばは、突然響いた悲鳴に遮られた。
「きゃああーっ! 誰か、誰か来てえっ! 大奥様が! 大奥様がーっ!」
「あ…あ…っ」
「鈴音さん!」
 くらりと身体を泳がせて倒れ込んできた鈴音を必死に支えると、背中から得体の知れないものがしがみついてきた気がして、俺はぞっとしながら固まった。
「……」
 気力を振り絞って振り返る。
 もちろん、そこにはただただ寒い闇があるだけだった。

「滝さん」
 廊下に立っていた周一郎は、俺の姿を認めて声をかけてきた。片頬を部屋から漏れる明かりに照らさせて、こちらへ近づいてくる。
「どうしたんだ?」
「さくが殺されました」
「っ」
「自室で、床の間に飾ってあった刀に首を当てて倒れ込んだ状態です。ただ…」
 瞳が暗く翳った。
「その刀は抜き身だったんです」
 ごくりと思わず唾を飲んだ。
 頚動脈というものを切ると、二~三メートル血が噴き上がると聞いたことがある。血の海なぞという『平面的』なことで済んでないに違いない。
 屋敷は妙なざわめきに満ちていた。パニック寸前の群衆の囁きが一番近いかも知れない。その中で周一郎だけが森閑と静まり返った湖を思わせる落ち着きを保っている。
「犯人は?」
「今のところは何とも。さくの部屋は誰でも自由に出入り出来たはずですから、疑うなら屋敷に居た者全てということになるんでしょうね」
 鈴音の様子が蘇った。蒼白な頬に強張った表情、乱れた髪の下、瞳の昏い熱っぽさにさくの殺人が重なる。
(冗談じゃない)
 それじゃあ、この屋敷は極め付けの化け物屋敷じゃないか。
 ぞくぞくして体を震わせると、周一郎が意味ありげな苦笑を浮かべた。
「何だ?」
「あなたは人を信じすぎます」
「じゃあ、お前は犯人が誰だかわかってるのか?」
「さあ…」
 瞳を微かに煙らせて周一郎はことばを濁した。
「…何か知ってるな?」
「まだ推測の域を出ていません。それより警察が来たようですよ」
 肩越しに視線を投げながら、周一郎はさらりと問いかけを躱した。
 釣られてそちらを見る俺の目に、どやどやと人の塊が進んでくるのが見える。久が緊張した顔で一目で警察畑とわかる隣の男と話しながらやってくる。
「…え?」
 その横の二人連れに気づいて、俺は呆気に取られた。
 相手も突っ立っている俺と周一郎に気づいたらしい。俺達に視線を留め、慌てる様子もなく、にっこり鮮やかに笑って見せた。
「あら、志郎」
「お…由宇…」
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