10 / 119
1.運命(さだめ)のもとに(10)
しおりを挟む
大空に白い鳥が舞っている。
「アシャのサマルカンドだ」
ミダス公の庭、ラフレスの花苑に出ていたイルファは、片手をかざして鳥の行方を追った。鳥(クフィラ)は伸びやかな羽根を悠々と宙空に浮かばせて、二度頭上で旋回した後、ゆっくりとイルファの方へ下降してきた。
「…っとと…とっっ」
が、イルファの腕には止まらず、バサバサと羽根で空気を打って速度を殺し、近くの枝にふわりと足を載せて落ち着く。
「可愛げのねえ奴だな」
「クェアッ!」
主人以外の腕に乗らないのは当然と言いたげに、サマルカンドは猛々しい叫びを上げた。
「わかったわかったって。わかったから早く通信文を見せろよ。レスが食わなくて困るんだ、あいつの動きがわからねえと」
ユーノがミダス公の屋敷を出、ジーフォ公分領地、一大決戦の控えの場としてセシ公が設定した『灰色塔(ガルン・デイトス)』へ向かったのが2日前、当然の如くごねるだろうと思われたレスファートにはほとんど別れの挨拶もなく、それを知ったレスファートが落ち込まないわけもなくーおまけに『銀羽根』の長ともあろうシャイラが、乱戦にあれだけの少人数で大丈夫でしょうか、などと言わなくてもいいことを言ったことも重なりーユーノが発ったその日一日、レスファートは寝床から出てこず、思い出したように泣き出してはイルファの手を煩わせていた。
さすがに今日は多少立ち直ったものの、いつものあどけない眩い笑みは影を潜め、アクアマリンの淡い色の瞳にともすれば涙を一杯に溜め、それでも泣くまいとするのかじっと唇を噛んで膝を抱えるのがかえって痛々しく、ミダス公の屋敷もレスファート一人のことですっかり重い雰囲気になっている。
レスファートの、ユーノへの惚れ込み方を知っているイルファにしてみれば、生死もわからぬ戦いへ出ていくと言うのに別れのキス一つもくれない、自分はそんな存在だったのか、そんな枷にしかならないような情けない存在だったのかなどと言う深さでレスファートが悩んでいるかどうかは別にしても、最愛の相手に置き去りにされる辛さは満更知らないわけじゃない。安易にレスファートを慰めるわけにもいかず、アシャからユーノの動向を知らせてくるのを今か今かと心待ちにしていた。
急いで通信文を開き一気に読み下す、だが。
「あちゃ」
内容はイルファの期待を見事に裏切っていた。
ユーノがついに『灰色塔(ガルン・デイトス)』から出陣、『金羽根』と野戦部隊(シーガリオン)の少数精鋭にて敵地へ乗り込んだこと、戦闘としてはかなりの乱戦になる由、この機に乗じて、他公分領地へも戦の余波が及びかねないこと、その他、細々とした指示でミダス公の守護を頼むという文面、ただでさえユーノ不在に食の細くなっているレスファートが、遅かれ早かれ絶食断食を始めてしまうだろうことは容易に想像がついた。
「弱っちまったなあ…」
イルファはごつい手で、ごしごしと頭を掻いた。
宥めなくてはならないのはレスファートだけではない。妹とアシャの安否を気遣うレアナ、アシャの突然の出立にすっかり臍を曲げてしまっているリディノもいる。
レアナと話せるのは悪くはないが、それでも子供を安心させてやると言うような、細かい配慮は無骨なイルファにとって苦痛以外の何物でもない。こんなことなら、いっそあの夜、ユーノが一人戦場へ行くと言った時に代わりに行けばよかったとさえ思う。
もっとも、それを申し出たところで、ユーノが納得するとは思えなかったが。
「アシャのサマルカンドだ」
ミダス公の庭、ラフレスの花苑に出ていたイルファは、片手をかざして鳥の行方を追った。鳥(クフィラ)は伸びやかな羽根を悠々と宙空に浮かばせて、二度頭上で旋回した後、ゆっくりとイルファの方へ下降してきた。
「…っとと…とっっ」
が、イルファの腕には止まらず、バサバサと羽根で空気を打って速度を殺し、近くの枝にふわりと足を載せて落ち着く。
「可愛げのねえ奴だな」
「クェアッ!」
主人以外の腕に乗らないのは当然と言いたげに、サマルカンドは猛々しい叫びを上げた。
「わかったわかったって。わかったから早く通信文を見せろよ。レスが食わなくて困るんだ、あいつの動きがわからねえと」
ユーノがミダス公の屋敷を出、ジーフォ公分領地、一大決戦の控えの場としてセシ公が設定した『灰色塔(ガルン・デイトス)』へ向かったのが2日前、当然の如くごねるだろうと思われたレスファートにはほとんど別れの挨拶もなく、それを知ったレスファートが落ち込まないわけもなくーおまけに『銀羽根』の長ともあろうシャイラが、乱戦にあれだけの少人数で大丈夫でしょうか、などと言わなくてもいいことを言ったことも重なりーユーノが発ったその日一日、レスファートは寝床から出てこず、思い出したように泣き出してはイルファの手を煩わせていた。
さすがに今日は多少立ち直ったものの、いつものあどけない眩い笑みは影を潜め、アクアマリンの淡い色の瞳にともすれば涙を一杯に溜め、それでも泣くまいとするのかじっと唇を噛んで膝を抱えるのがかえって痛々しく、ミダス公の屋敷もレスファート一人のことですっかり重い雰囲気になっている。
レスファートの、ユーノへの惚れ込み方を知っているイルファにしてみれば、生死もわからぬ戦いへ出ていくと言うのに別れのキス一つもくれない、自分はそんな存在だったのか、そんな枷にしかならないような情けない存在だったのかなどと言う深さでレスファートが悩んでいるかどうかは別にしても、最愛の相手に置き去りにされる辛さは満更知らないわけじゃない。安易にレスファートを慰めるわけにもいかず、アシャからユーノの動向を知らせてくるのを今か今かと心待ちにしていた。
急いで通信文を開き一気に読み下す、だが。
「あちゃ」
内容はイルファの期待を見事に裏切っていた。
ユーノがついに『灰色塔(ガルン・デイトス)』から出陣、『金羽根』と野戦部隊(シーガリオン)の少数精鋭にて敵地へ乗り込んだこと、戦闘としてはかなりの乱戦になる由、この機に乗じて、他公分領地へも戦の余波が及びかねないこと、その他、細々とした指示でミダス公の守護を頼むという文面、ただでさえユーノ不在に食の細くなっているレスファートが、遅かれ早かれ絶食断食を始めてしまうだろうことは容易に想像がついた。
「弱っちまったなあ…」
イルファはごつい手で、ごしごしと頭を掻いた。
宥めなくてはならないのはレスファートだけではない。妹とアシャの安否を気遣うレアナ、アシャの突然の出立にすっかり臍を曲げてしまっているリディノもいる。
レアナと話せるのは悪くはないが、それでも子供を安心させてやると言うような、細かい配慮は無骨なイルファにとって苦痛以外の何物でもない。こんなことなら、いっそあの夜、ユーノが一人戦場へ行くと言った時に代わりに行けばよかったとさえ思う。
もっとも、それを申し出たところで、ユーノが納得するとは思えなかったが。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」
公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。
死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」
目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。
「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」
隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。
そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……?
「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」
資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
生きるために逃げだした。幸せになりたい。
白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。
2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
あやかしたちのとまりぎの日常
彩世幻夜
キャラ文芸
吉祥寺は井の頭公園界隈の一画で、ひっそりと営業するダイニング・バー【ペルシュ】に訪れるお客の大半はひとではないもの、いわゆるあやかしたち。
勿論店の店主や店員もまた人ではない。
そんな店でバイトをするとある専門学校生とあやかしたちが織りなす〝日常(?)〟物語
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる