『ラズーン』第六部

segakiyui

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3.パディスの戦い(2)

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 ゆっくり……ゆっくり。
 次第に敵の前列の馬が速さを増してくるのがわかる。まるで心臓の鼓動が高まるのに耐えきれぬように、その鼓動に急かされるように。
 だが、ユーノ達は動かなかった。
 『黒の流れ』(デーヤ)から離れ、ユーノ達の背後の灰色塔(ガルン・デイトス)を目指すように北上してくる敵の前で、城壁のように佇んで、ユーノを中心に左右にユカルとリヒャルティ、後方に200名が10列横隊に控えている。そしてそれらの誰一人、凍てついたように身動きひとつしない。
 足元から蹄の響きが伝わってくる。このままでは屠られるのを待つしかない。
 ちらっ、とユカルはユーノを横目で見た。
 静かな表情、淡い青みがかった透明な『聖なる輪』(リーソン)の下の瞳はたじろぎもせずに押し寄せてくる軍勢を見つめている。ふっと、その額の『聖なる輪』(リーソン)に焦茶の髪が揺れ、なびいた。
(風…)
 張り詰めて切れそうだった心が吐息をつく。リヒャルティも同じ気持ちだったのだろう、ユーノを見つめていた眼をユカルに移し、にやりと笑った。同様に笑み返すユカルの耳に、ポツリとユーノの声が届く。
「攻めるな。だが、退くな」
 低い一言、だがその一言で、何かがユカルの心にしっかりと根を下ろした。
 誰が命じたわけでもない。ユカルが再び前方へ顔を向けた途端、背後の10人が一斉に前へ進み出た。馬の望むままに歩かせ始める。と、次の10人がざっと音を立ててユーノ達3人の前に並び、同じように前の一列を追い始める。
「う…わ…あ…あ…あ…あ…」
 遠くから押し寄せてくる敵の鬨の声、応じて味方の馬が、平原竜(タロ)が次第に速度を増し、やがて低い唸りを、己を猛らせていく鬨の声と化して突進していく。
「行くよ」
「はっ」「は!」
 最後の10人が目の前を走り出したのを合図に、ユーノが声をかけた。既に走らせてくれと苛立っている気配のヒストが、待ち望んだ主人の許しに難なく速度を上げる。後を追うユカル、リヒャルティが僅かに遅れるのを振り向きもせず、正に『白い星』(ヒスト)のように、小柄な姿がぶつかり始めた兵の中へ切り込んで行く。
「わあああああ」
「うわああああああ」
 声はどよめきとなって草原を揺るがし、入り乱れる人馬が長丈草(ディグリス)を蹴散らした。その度に新たに流れる血も、その上で切り結ぶ光の度に散る血潮に紛れていく。
「このっ!」「くそっ!!」「でええっ!」「はぁうっ!」「ぎゃっ!」「がっ!!」
 斬る方も斬られる方も、互いの剣の行く末など追ってはいない。怒号と悲鳴、鼓膜を震わせ続ける剣戟の音、翻る刃、重い音を立てて転がり落ちる体、飛ぶ平原竜(タロ)の首、なぎ倒される馬どもの絶叫、その中をユーノの声が衝く。
「攻めるなっ! 追うんじゃないっ!!」
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