『ラズーン』第六部

segakiyui

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3.パディスの戦い(12)

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「予定通りだな」
 レトラデスの夜営地が炎に包まれると同時に、三々五々、虫を散らすように四方八方の闇へと逃げ始める軍を見つめていたリヒャルティが、薄く笑って振り向いた。
「ユーノ?」
 無言で頷いたユーノはなおも戦況を見定めている。やがてきっぱりと命じた。
「よし、行け」
「待ってました!」
「無事を!」
「勝利を!」
「我らが長に!」
「我らが『星の剣士』(ニスフェル)に!」
 待機していた隊が呼び交わし、それぞれ一団となって『鉄羽根』を先頭に闇に消えていく。10名1
組、約11組の隊が、炎に追われ闇雲に、ただでさえ迷いやすい長丈草(ディグリス)の中へ逃げ出したレトラデスの軍を狩り始めたのだ。
 昨日の戦で抑えられただけに、闘志は凄まじいものがある。今夜こそ借りを返してやろうと意気込まない者は一人たりとていないだろう。
 奇襲にうろたえたせいか、十分な武装を整えて逃げた者は少ない。そうでなくとも長丈草(ディグリス)の波を泳ぎ抜ける者は少ない。加えてこの闇、加えて襲いかかるは長丈草(ディグリス)に慣れた『鉄羽根』を案内とした隊、加えて軍は統率者も失い……生き延びる確率は完全に逆転した。この草原で明日の朝日を見られるレトラデス軍は、よほど運の強い者か、この世ならぬ何者かの助けを受けている者に違いない。
「出るよ」
「ああ」
「任せろ」
 ゆっくりとユーノはヒストを進めた。血が滾る。ふと過ぎるガイルの顔に、心の痛みを一気に振り切り、次第に速さを増していく。リヒャルティ、ユカルが続き、やがて少しずつ間隔を空けて離れていく。
 ユーノ達3人の役目は伝令を食い止める事だ。風の便りに、ガデロから新たに300名がパディスへ向かっていると聞いた。救援を求められ、今ここで300名が加われば、いくら奇襲とは言え正面からぶつかるのと同じ、それこそ生き残る率がなくなってしまう。
「…おっと!」「くっ」
 今しも1人、戦線を走り抜けてきたらしい兵を見つけ、ユーノは前に立ち塞がった。驚く相手ににやりと笑いかける。
「行かせない」
「貴様…」
 これまでと見たのだろう、相手は剣を引き抜くや否や馬ごとユーノにぶつかってきた。巧みにヒストを操って避け、瞬間目にも止まらぬ早業でユーノは相手の腹を搔き切る。
「ぎゃわ!」
「ふっ」
 返す刃先で、それでも泳ぐように斬りつけてくる剣を跳ね除け、とどめに胸を突く。断末魔の絶叫をあげて、男は馬もろとも横倒しになった。円を描く切先は知る人ぞ知る視察官(オペ)の剣、なまじの遣い手が立ち向かえるはずもない。
 続いて数人、伝令に走ろうとしたらしい兵を切り捨て、額の汗を拭ったユーノは、燃えるレトラデスの夜営地と逆の方向に、ぼんやりとした光を見つけて立ち止まった。
(パディス…?)
 光は確かに、謎の巨像があると言うパディスの遺跡の方から輝いている。
 そう感じた瞬間、何かに呼ばれたようにユーノはヒストの向きを変えていた。戦いの最中という事を忘れたわけではない、が、何か抗しがたい力がユーノの心を掴み、身体ごと引きずり寄せていくような、そんな奇妙な感覚だ。
 ヒストが走る。長丈草(ディグリス)が進む先を知っているように次々と体を倒し道を開ける。
 それほど駆けさせたとも思わないのに、ユーノはいつの間にかパディスの遺跡の土台にたどり着いていた。
 ヒストから降りる。不安そうに嘶く馬の首を叩いて鎮め、ユーノは土台に両手を掛け、弾みをつけて飛び上がった。
「………」
 やはり光はそこから発していた。いや、発すると言うことばが正しいのかどうかわからない。あえて言えば、パディスの遺跡だけを白っぽい光が照らしているような気配だ。だが、今夜は月のない夜、星明かりではこれほど仄白い、けれどもはっきりした明るさは保てないだろう。
 無言のまま、土台の中央まで来て、ユーノは正面に座っている像を見つめた。
 偶像は1つの透明な水晶球を抱えている。胡座をかいた膝の上で両手で抱かれた水晶球は、ただ単に澄んだと言う以上の透明度を備えていた。底知れない空間が、その中に封じ込められているような……。
「っ」
 不意に馬の蹄の音が響き、ユーノは我に返った。戦いの最中だった事を急に思い出し、追手かと身構えるには身構えたが、不思議に隠れようと言う気になれなかった。
 じっと前方を見ていると、確かに1頭の馬が駆けてくる。背中に乗っている小柄な人影に、おや、とユーノは首を傾げた。
 10歳にもならない少年、端正な顔立ちにプラチナブロンドの髪をなびかせる姿になぜか見覚えがある。
(誰?)
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