『ラズーン』第六部

segakiyui

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3.パディスの戦い(13)

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 少年はユーノに全く気づいていないようだった。僅かに息を切らせて像の近くで馬を降り、誰かを探すように後ろを振り返り、目当ての相手はいなかったのだろう、にっと不敵な笑いを浮かべて馬を土台近くまで引っ張ってくると、ラズーンから隠すような場所に杭を打ち込んだ。それから偶像の膝によじ登り、興味津々と言った表情で水晶球を覗き込んでいたが、やがて蒼白になった。何か、が見えたらしい。そっと手を伸ばし、水晶球を抱く。と、堅固に埋めこまれてばかりいると思った水晶球が、ころりと少年の腕の中に転がり込んだ。少年は腰の飾り帯を解き、その紫の布で水晶球を包んだ。馬の背に飛び乗り、そこから土台に上がり、ユーノの方をみやり……。
(え?)
 確かに少年はユーノを見た、と思った。顔立ちの優しさの割にはしたたかそうな茶色の瞳がしっかり自分を捉えたと思った。が、少年はまるでユーノがそこにいないかのように振る舞った。すたすたとユーノの前を横切り土台の端へ、そこで誰かを待つように蹲る。
(どうなってるんだ?)
 ユーノの困惑をよそに、少年は辛抱強く待ち続けた。やがて、相手が来たらしい。これも10歳ぐらいの少年、どこを歩いてきたのか泥まみれだ。
「カート…」
 嬉しそうに待っていた少年が呟き、いよいよ身を縮める。
 やってきた少年は待っていた少年に気づかなかったようだ。そのままよいしょ、と像によじ登り、見上げてぽかんとした表情になった。くすくす……と耐えきれなくなったように待っていた少年が笑い出すのに振り返る。
 その後の会話はユーノにははっきりわからなかった。異国のことばを聞くように、音だけが耳に飛び込む。ラル、と先の少年が待っていた少年を呼んだのはわかった。水晶球が持ち去られようとしているらしいともわかった。
 そこでようやく、ユーノは途轍もない焦りを覚えた。
(だめだよ)
 声にならない呟きが心に弾ける。
(持って行っちゃ……私……それを見なくちゃ…)
 見てどうする、と誰かが問いかける。
 見て、そこに己の死があったら……どうする?
(それでも見なきゃ……だって……私は……ユーノ・セレディス……その水晶球が未来を知っている1人だもの……)
 既に心の中の声が、自分のものかどうか確信が持てなくなっていた。靄のような遠い記憶の奥から、声がユーノをけしかける。
(私……それを見なきゃ……)
 ラルと呼ばれた少年が、紫の布で水晶球を包み直す。カートと呼ばれた少年に、親愛の情を込めたからかいを残して馬に乗り、手綱の一振りで杭を引き抜き、馬の向きを変える。
 はっとして追おうとしたユーノは、いつの間にか土台の端に来ているのに気づかなかった。あっという間に体勢を崩し、土台から落ちる。
「あ…!」
 したたか土に打ち付けられて、ユーノの意識は急速に闇に呑まれた。
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