『ラズーン』第六部

segakiyui

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4.2人の軍師(5)

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「戦況は?」
 ギヌアがシリオンに問いかけていた頃、アシャも同じく帰り着いた伝令、ジットーに尋ねていた。
「は…っ」
 疲れ切った表情、目の前に置かれた飲み物にも手を付けず、ジットーは俯いた。
 ミダス公屋敷の一室、開けた窓から風がゆっくりと渡っていく。
 部屋に詰めているのはミダス公、イルファ、アシャ、それに急を知らされ灰色塔(ガルン・デイトス)から戻ってきたセシ公、シートスの顔もある。そのどれもが、伝令の話が進むにつれて、重苦しく沈んでいった。
「…それで、私が伝令に発った時にはシャイラ様の姿が人波に呑まれ……兵が崩れるのがわかりました……もはやどうすることもできず……ラズーン外壁を目指し、散り散りに逃げるのが……精一杯で…」
 ジットーは喉を詰まらせことばを切った。
 戦況は悲惨だった。
 どこでどう漏れたのか、『銀羽根』『銅羽根』の動きは悉く敵に読まれ、進退窮まったところを力で抑えられた。元々圧倒的に数で劣る『ラズーン』軍が策を読まれて勝てるわけもなかった。
「負傷者、行方不明者……合わせて半数は越え…」
「どう…なされます」
 ミダス公が遠慮がちに問う。半眼になったアシャは低い声で、
「東の手配りは私の失策だ。だからと言って、このまま何もしないわけにはいかない。……東へは私が出よう、残った『羽根』を率いる。何としてもラズーンに攻め込ませるわけにはいかん」
「アシャ…」
「その間、ここの守りはイルファに頼みたい」
「うむ。任せておけ」
 ようやく出番が来た、と嬉しそうにイルファは請け負った。体を持て余して、時折兵達と鍛錬もしている。元はレクスファ国の兵士でもあった。兵を率いることができなくとも、守りを固めることぐらいできよう、と笑う。
「ミダス公も、ご不安でしょうが、留守をよろしくお願いします」
「わかりました」
 リディノと同じ緑の瞳に優しい色をたたえ、ミダス公は頷いた。
「『ラズーン』存亡の時、私は何もできないかもしれないが、協力は惜しみません」
 はっきりと約束し、ためらいながら立ち上がる。
「出られるのは明日ですね、アシャ殿」
「はい」
「では今宵、ささやかながら別れの宴を張りましょう。何、浮かれての騒ぎではない、戦士を戦地へ送り出し、留守を守るしかない我らの気休めとでも思ってください。それでは私はこれで………リディノがシャイラが戦死したと聞いて悲しんでおります。わずかでも慰めてやりたいと思います」
 一同が頷くのに席を離れ、ミダス公は出て行った。
 しばしの沈黙の後、セシ公が口を開く。
「どこまで乗ります?」
「へ?」
 イルファがきょとんとする。
「行き着くところまで、な」
「無茶なお人だ」
 アシャの答えにセシ公が苦笑いする。
「どういうことだ?」
「シートス」
 イルファに構わず、アシャは続ける。
「野戦部隊(シーガリオン)の手配は済んでいるな?」
「はい、命令一下、どこへでも」
 にやりと黄色の虹彩が笑う。
「ジットー」
「…はっ」
 沈み込んでいた伝令は、アシャに名前を呼ばれて慌てて顔を上げた。
「これを渡してくれ」
「は?」
 一通の封書を渡されて、伝令は訝しげな顔になる。
「再び戻るのだろう?」
「もちろんです。我らの長の体を連れ帰りもしな…い……で……アシャさま?!」
 宛名を確かめて叫び声を上げる。
「こ、これは?」
「渡せばいい。全て相手が知っている」
「は…はい」
 アシャのことばになおも不思議そうに宛名を見下ろした。
「けれども、どこへ行けばお会いできるのでしょう」
「負傷者用の天幕(カサン)の奥に、1人の怪我人が寝ているはずだ。体に緋色の衣をかけられて。な」
「で…では、あれが……!」
 叫びかけたジットーをセシ公がいたずらっぽく制する。
「静かに」
「何だよ、話が見えねえぞ?」
「世に有名なことばがある、世界を欺く前に家族を欺け、と」
「…は? あ……あれか!」
「あれだ」
 ようやく腑に落ちたらしいイルファの声に、アシャが溜め息を漏らし、セシ公が薄笑みを浮かべ、ジットーは呆然と、その2人の軍師を見比べていた。
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