『ラズーン』第六部

segakiyui

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4.2人の軍師(11)

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「あ…うっ」
 小さな声を漏らして身を強張らせたイリオールから、ジュナは体を離した。大きく息をしている肩を押さえつけ、再度体を重ね直す。
「あ…っ…あ…」
 イリオールが苦痛を浮かべて身を捩った。流れた汗に薄目を開け、呟く。
「どう…したの…」
「何が…?」
「ひど…い」
「ふ…ん」
 ジュナは鼻で嗤って、反り返るイリオールを押さえ込んだ。
「波が動き出したからな」
「な…み…?」
「そうだ」
「く…っう」
 イリオールは呻いて目を閉じた。
 体が自分のものでなくなっていく。崩されて削られて、次第に細かな肉片になっていく。求められて抵抗できずに押さえ込まれ、いつもの営みが始まる頃には、心は青い夢に突き落とされている。麻痺していく感覚を抉り直されてはふと、現実に戻る。
「西はもう動かん」
 イリオールを背後から責めながら、ジュナは低く唸った。
「東はシャイラが死んでアシャが出る。中央はガラ空きだ」
「……」
「ユーノ・セレディスがどれほどの腕だろうと所詮は女だ。狙えば中央はすぐに落とせる」
「ふ…」
「何? 何がおかしい」
「あ!」
 ぐっと力を入れられて、イリオールは声を上げた。が、唇の皮肉な笑みは消さずに、仰け反った姿勢で薄く目を開き一言、
「甘い…」
「甘い?」
「そう…甘いよ…」
 頼りなく体を前に倒れこませる。ぐったり寝そべり、目を閉じたまま、
「あの人を……甘く見過ぎてる…」
「何…」
「仮にも……野戦部隊(シーガリオン)? あの…連中に……自分を認めさせたほどの……女性(ひと)…」
 ジュナが沈黙する。
「『星の剣士』(ニスフェル)……と…人の呼ぶ…」
(誇り高くて、優しい女性(ひと)…)
 イリオールの胸の裡にに痛いような切なさが湧き上がった。
 あの胸に抱きしめられたのはいつのことだったのだろう。あの温かみから、自分はどれほど離れてしまっているのだろう。そして今もなお、こうしてラズーンを売る裏切り者に抱かれている自分は、どれほどの速さでユーノから遠ざかっていくのだろう…。
(ユーノ…)
 帰りたい、あの胸に。帰りたい、あの温かさに。恋なのか、愛なのか、それとも単なる思慕なのか、それさえもイリオールにはわからない。ただ、ギヌアから離された時の人恋しさが、今はユーノから離れていく速度を増していることだけはわかっている。
 誰か……側に居て欲しい……誰か…できれば……ユーノが。
 けれどもイリオールにはギヌアに抱かれていた過去があり、今またジュナに抱かれるしかない負い目があって、レスファートのように邪気なくユーノにまとわりつけない。
 そうしてイリオールは離れていく、ユーノから…どんどん……速度をあげながら。
「!」
「恋しいのか」
 ぐいと顎を向け直されて、イリオールは眉をしかめた。体が捻られ、痛みが増す。目を開けると酷薄そうなジュナの笑みがあった。
「誰を恋しがっている?」
「…」
「ギヌアか、ユーノか……まさか俺ではあるまい?」
「ふ…」
 ジュナの手が体を這い下りる。乱れていく呼吸に目を閉じる。
「が、俺を欲しがっているのも…確か、だな」
「ぐっ」
 放り出されて荒々しく体を揺さぶられ、イリオールは唇を嚙んだ。再び波に埋もれて崩れて行こうとした矢先、ジュナの声が冷ややかに響く。
「ユーノを殺せ」
「!!」
 瞬時に頭の中の霧が晴れた。体の芯が冷たい氷になったようだ。振り向くのが怖かった。振り向いて、ジュナの瞳が紛れもなく本当なのだと命じるのを見たくなかった。
「イリオール」
「あうっ」 
 激痛が走る。過敏になっていた半身を焼かれた気がして、イリオールはまた仰け反った。耳元に、再びジュナの声が繰り返す。
「ユーノを殺せ、イリオール」
 声は冷徹に続いた。
「西にリヒャルティ達が再出陣し、東にアシャとアギャンが出る。中央のユーノを殺れば、ラズーンは我ら『運命(リマイン)』に陥る。『銀羽根』のシャイラはセシ公とアシャの立てた西の囮作戦で、2人への信頼をなくして暴走、東の敗退を招いた…自らの策の穴埋めに出かけたアシャの不在を狙って『運命(リマイン)』主力が攻め込めば、兵はアシャへの信頼を失おう。セシ公は賢い男だ、不利なラズーンに留まるわけもない。ジーフォ公はアリオがアシャに走ったことで行方不明、今も消息がわからぬ……かくしてラズーンは散り散りになり、ユーノが死ねば、全ての望みは潰えよう。………そして、世は『運命(リマイン)』のものとなる」
 イリオールは喘ぎながら、微かに首を横に振った。
「ユーノを殺せ」
「いや…だ…」
「言われたいのか、お前がどんな風に俺に抱かれたか」
「っ」
「どんな風に俺を迎え入れているか」
「………」
「どんな風にお前の体が反応するか……俺を誘って、な」
「は、あっ!」
 熱いものがイリオールの体を駆け抜けた。自分の声がいつしか甘い悲鳴になるのを、イリオールは薄れていく意識の中でぼんやり聞いた。その悲鳴はやがてジュナを呼び、求め、そしてイリオールの心の中にあった、最後の砦を砕け散らせて行った。
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