『ラズーン』第六部

segakiyui

文字の大きさ
59 / 119

5.リディノ哀歌(1)

しおりを挟む
「レス…」
 ユーノがアシャと内密の相談をすると言うことで、テラスの端で手持ち無沙汰に立っていたレスファートは、呼ばれて振り返った。
 夜目に青白い人の形、淡い月光に浮かび上がる姿にぞくりとし、相手を見極めて肩の力を抜く。
「リディ…」
 答えてもレスファートはすぐにリディノの側へ駆け寄らず、じっと相手が近づくのを待った。
「どうしたの、こんな所で」
 微笑む紅の唇を凝視するレスファートの脳裏には、ユーノが目覚めなかった不安な夜が蘇っている。

 あの夜。
 ユーノは昏々と眠り続けたまま、アシャはセシ公に呼ばれて部屋を出て行き、辺りは静かに眠りにつき、レスファート一人が仄かな明かりの下に残されて心細かった。
 頼みのユーノは目覚めずに、ひょっとしてこのまま自分を置いて逝くのではないか、いつかの母のように彼を一人にしてしまうのではないか……そんな想いに耐えきれずに泣き出しそうになっていた時、ふいとリディノが部屋に入って来た。リディノの心に打ち寄せる黒い波は気になるものの、それでも少しはほっとしたレスファートは、不安を訴えようとしてぎくりとした。
 青い顔、虚ろな瞳、血の気を失って白い唇、いつものリディノの柔らかな温かさは微塵もなく、影のように入って来てユーノの寝顔を覗き込む……その唇に何か禍々しい昏い笑みが濡れ濡れとした光を帯びて広がるのを、恐怖に駆られて見守った。心には、今までリディノに感じたことのないぽっかりと暗い深淵を思わせる心象がひたひたと寄せてくる。
 どこかでこれと似た心象を知っている、そう思ったレスファートの耳に、リディノの声が届く。
「まだ…目覚めないの」
(魔物(パルーク)? ……ううん、これは!)
「っっ!」
 その瞬間、レスファートは一歩後ろへ下がって、リディノとユーノの間へ割り込んだ。
 覚えがあるはずだ、この深淵、この闇は『運命(リマイン)』そのものだ。
 ユーノを背中に決死の覚悟でリディノの前に立ち塞がる。唇を噛み、リディノの白い無表情な顔を睨みつける。
 それほどその時のリディノの心は禍々しい邪悪さをたたえていた。断崖から落ちていく人間に命綱を投げ、掴んだ途端にこちらの手を離す、人の痛みをいたぶり屠る昏い喜び。
 アシャは居ない、イルファも居ない。ユーノは無防備なまま、守る者は自分しか居ない。
 不安は消えた、心細さも散った、ただ誇らしさだけが……旅で培われた、危機に際して己の全てを出し切ることへの気概だけが心に満ちる。
「レス…?」
「ユーノを…傷つける気?」
 訝しげなリディノに問う。はっとしたように、相手の薄緑の瞳から澱みが消えた。
「傷…つける…?」
 自分の行動を怪しむように、リディノはレスファートを見つめ返した。
「許さないから」
 自分でも驚くほどの厳しさで、レスファートは言い放っていた。
「許さない、これ以上ユーノを傷つける人を」
「…レス…」
「ユーノは、ぼくの、一番、大切な、人だから」
 恐怖なのか怒りなのか、体が震えた。感情が溢れて目元が熱くなる。
 それを聞いたリディノの瞳に、物憂い悲しみが満ちた。
「誰…よりも?」
 間髪入れずに応じたレスファートに、リディノは虚ろな目に戻って吐いた。
「…泣けば…ユーノは戻ってこないわ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

あやかしたちのとまりぎの日常

彩世幻夜
キャラ文芸
吉祥寺は井の頭公園界隈の一画で、ひっそりと営業するダイニング・バー【ペルシュ】に訪れるお客の大半はひとではないもの、いわゆるあやかしたち。 勿論店の店主や店員もまた人ではない。 そんな店でバイトをするとある専門学校生とあやかしたちが織りなす〝日常(?)〟物語

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

処理中です...