88 / 119
7.ミダスの裏切り(5)
しおりを挟む
クサリヲトイテクレ。
その声は遠い彼方の闇より、幼い頃からアシャの心に囁き続けていた。
鎖ヲ解イテクレ。
巨大な力の気配。圧倒的なエネルギー、他者の存在を許さぬほどの強烈な自己肯定、猛々しい『魔』の匂い。
鎖ヲ、解ケ!
(駄目だ)
アシャは心の中で身もがいて拒否した。
ナゼダ。
(お前は『魔』だ)
オ前モ同ジダ。
(違う。俺はお前と『同じ』ではない!)
ドコガ違ウ。
気配は心底不審そうに問いかけた。
オ前ハ俺ノ分身、イヤ、オ前ハ、俺デハナイノカ。
(違う!)
叫ぶアシャの心には、幼い頃のことが蘇っている。
『氷の双宮』の中、ひとりぼっちの遊びの毎日。
気に入りの『鳴き鳥』(メール)がいた。青と銀がかった羽根、美しい声で囀っていた。
ある日、何に怯えたのか、アシャの手から逃げ、いくら呼んでも戻って来ない。近くの木の枝に止まり、囀りながら跳ね回っている。アシャは何度も呼び、ついには焦れて木に登った。呼びながら上へ上へと登ってゆき、手を伸ばし、チチチッと口真似をしながら指を伸ばすが、あちらこちらへと動く『鳴き鳥』(メール)は落ち着かない。ようやく指先までやってきて乗るかと思った次の瞬間、まるでからかうように『鳴き鳥』(メール)はアシャの指を飛び越え、逃げた。
はっとして体重を前に掛け手を伸ばす。一瞬後、枝はアシャの体を支えきれず、音を立てて折れた。悲鳴、木から転げ落ちて地面に全身を打ち付けた、その痛みがアシャの心のどこかを切った。眉をしかめながら見上げた空に、今しも消え去ろうとする『鳴き鳥』(メール)、「行かないで!」と叫ぶ声と同時に心が命じていた、「行クナ!」
びくっと『鳴き鳥』(メール)が羽ばたきを止めた。鈍い、濡れた布を叩きつけながら引き裂いたような音、チュグッと呻くような声が空に響き、『鳴き鳥』(メール)の姿が四散し赤いものが飛び散った。ぽたっとアシャの額に生温かいものが降り落ち、呆然と空を見上げているアシャの眉間を伝って頬へと流れ落ちる。何もなくなってしまった空にふわふわと舞う儚げな青い羽根……熱いものが瞳に溢れた。
こんなことを望んだんじゃない。側を離れて欲しくなかっただけだ。こんなことを望んだんじゃない。
子どもの姿で立ち竦むアシャの背後の地面がいきなり割れた。暗い気配が立ち昇る。男とも女ともつかぬ顔がにんまりと妖しく嗤う。
王よ、と『それ』はアシャに呼びかけた。
我ら『運命(リマイン)』、『魔』の王、アシャよ。
(違う!!)
叫ぶアシャの前で、その顔は『運命(リマイン)』のシリオンと名乗る姿に変わった。
『運命(リマイン)』の軍門に下れ、いや、王として迎えもしよう。
いつかの夜に誘いをかけてきた相手は、ゆるゆると形を変え、やがてギヌア・ラズーンの酷薄そうな禍々しい笑みになった。
ドコガ第一正当後継者、オ前ニハ『魔』ノ匂イガスルゾ。
殺した『鳴き鳥』(メール)、足を失った馬、傷だらけになった『太皇(スーグ)』。
繰り返された封印は、ユーノの危機に切れ、今やアシャの力は自制しか『魔』を抑える術は無い。
だが、ユーノ、あの愛しい娘は戦場へ旅立っている。守るものなく、ただ一人、刃の中にその身を晒して。
空に雲散霧消した『鳴き鳥』(メール)の最後がユーノと交錯した。折り重なる屍、噎せ返る血の臭い、その中にユーノの朱に塗れた身体!
(ユーノ!!)
叫んで走り寄ろうとするのに、体が動かなかった。
ソノ身デハ無理ダ。
昏い嗤いを含んで声が囁いた。
生身ノオ前ハ床ニイル。ゆーのガ死ヌノヲ黙ッテ見テオレ。
(やめろーっ!!)
影が走り、倒れたユーノに覆い被さった。華奢な首をぐいと掴む。そのまま無造作に持ち上げる、体は踏みつけたままだ、ごぶっとユーノの口が紅を吐いた。細く白い首筋に朱色の亀裂、見る見るちぎれてぬるりと肉塊がはみ出る、ユーノの瞳がガラス玉となり反転する。
声にならぬ声が己の喉を突き、何かがアシャの体を押し出した。金の炎が己の指先から爪先から髪から噴き出し、アシャは全ての枷を断ち切って、東へと走り出した。
その声は遠い彼方の闇より、幼い頃からアシャの心に囁き続けていた。
鎖ヲ解イテクレ。
巨大な力の気配。圧倒的なエネルギー、他者の存在を許さぬほどの強烈な自己肯定、猛々しい『魔』の匂い。
鎖ヲ、解ケ!
(駄目だ)
アシャは心の中で身もがいて拒否した。
ナゼダ。
(お前は『魔』だ)
オ前モ同ジダ。
(違う。俺はお前と『同じ』ではない!)
ドコガ違ウ。
気配は心底不審そうに問いかけた。
オ前ハ俺ノ分身、イヤ、オ前ハ、俺デハナイノカ。
(違う!)
叫ぶアシャの心には、幼い頃のことが蘇っている。
『氷の双宮』の中、ひとりぼっちの遊びの毎日。
気に入りの『鳴き鳥』(メール)がいた。青と銀がかった羽根、美しい声で囀っていた。
ある日、何に怯えたのか、アシャの手から逃げ、いくら呼んでも戻って来ない。近くの木の枝に止まり、囀りながら跳ね回っている。アシャは何度も呼び、ついには焦れて木に登った。呼びながら上へ上へと登ってゆき、手を伸ばし、チチチッと口真似をしながら指を伸ばすが、あちらこちらへと動く『鳴き鳥』(メール)は落ち着かない。ようやく指先までやってきて乗るかと思った次の瞬間、まるでからかうように『鳴き鳥』(メール)はアシャの指を飛び越え、逃げた。
はっとして体重を前に掛け手を伸ばす。一瞬後、枝はアシャの体を支えきれず、音を立てて折れた。悲鳴、木から転げ落ちて地面に全身を打ち付けた、その痛みがアシャの心のどこかを切った。眉をしかめながら見上げた空に、今しも消え去ろうとする『鳴き鳥』(メール)、「行かないで!」と叫ぶ声と同時に心が命じていた、「行クナ!」
びくっと『鳴き鳥』(メール)が羽ばたきを止めた。鈍い、濡れた布を叩きつけながら引き裂いたような音、チュグッと呻くような声が空に響き、『鳴き鳥』(メール)の姿が四散し赤いものが飛び散った。ぽたっとアシャの額に生温かいものが降り落ち、呆然と空を見上げているアシャの眉間を伝って頬へと流れ落ちる。何もなくなってしまった空にふわふわと舞う儚げな青い羽根……熱いものが瞳に溢れた。
こんなことを望んだんじゃない。側を離れて欲しくなかっただけだ。こんなことを望んだんじゃない。
子どもの姿で立ち竦むアシャの背後の地面がいきなり割れた。暗い気配が立ち昇る。男とも女ともつかぬ顔がにんまりと妖しく嗤う。
王よ、と『それ』はアシャに呼びかけた。
我ら『運命(リマイン)』、『魔』の王、アシャよ。
(違う!!)
叫ぶアシャの前で、その顔は『運命(リマイン)』のシリオンと名乗る姿に変わった。
『運命(リマイン)』の軍門に下れ、いや、王として迎えもしよう。
いつかの夜に誘いをかけてきた相手は、ゆるゆると形を変え、やがてギヌア・ラズーンの酷薄そうな禍々しい笑みになった。
ドコガ第一正当後継者、オ前ニハ『魔』ノ匂イガスルゾ。
殺した『鳴き鳥』(メール)、足を失った馬、傷だらけになった『太皇(スーグ)』。
繰り返された封印は、ユーノの危機に切れ、今やアシャの力は自制しか『魔』を抑える術は無い。
だが、ユーノ、あの愛しい娘は戦場へ旅立っている。守るものなく、ただ一人、刃の中にその身を晒して。
空に雲散霧消した『鳴き鳥』(メール)の最後がユーノと交錯した。折り重なる屍、噎せ返る血の臭い、その中にユーノの朱に塗れた身体!
(ユーノ!!)
叫んで走り寄ろうとするのに、体が動かなかった。
ソノ身デハ無理ダ。
昏い嗤いを含んで声が囁いた。
生身ノオ前ハ床ニイル。ゆーのガ死ヌノヲ黙ッテ見テオレ。
(やめろーっ!!)
影が走り、倒れたユーノに覆い被さった。華奢な首をぐいと掴む。そのまま無造作に持ち上げる、体は踏みつけたままだ、ごぶっとユーノの口が紅を吐いた。細く白い首筋に朱色の亀裂、見る見るちぎれてぬるりと肉塊がはみ出る、ユーノの瞳がガラス玉となり反転する。
声にならぬ声が己の喉を突き、何かがアシャの体を押し出した。金の炎が己の指先から爪先から髪から噴き出し、アシャは全ての枷を断ち切って、東へと走り出した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
生きるために逃げだした。幸せになりたい。
白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。
2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
あやかしたちのとまりぎの日常
彩世幻夜
キャラ文芸
吉祥寺は井の頭公園界隈の一画で、ひっそりと営業するダイニング・バー【ペルシュ】に訪れるお客の大半はひとではないもの、いわゆるあやかしたち。
勿論店の店主や店員もまた人ではない。
そんな店でバイトをするとある専門学校生とあやかしたちが織りなす〝日常(?)〟物語
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる