89 / 119
7.ミダスの裏切り(6)
しおりを挟む
「ふ…うっ…ううっ…」
「アシャ?」
レアナは不意に呻いたアシャを訝しく覗き込んだ。眠っているアシャの額には玉のような汗、濡れた髪が絡んで張り付き、厳しく結ばれた口元には薄く血が滲んでいる。
「血…?」
悪夢にうなされて唇でも噛んだのか。案じてレアナは水に湿した布で汗を拭き、口元を拭おうとしたが、
「ひっ」
小さく声を上げ、体を強張らせた。今の今まで目を閉じていたアシャが、カッと目を見開いている。瞳は紫紺、深く遠く、人間の体の一部とは思えぬほど硬質な輝きを宿して虚空を見つめている。
「アシャ…?」
レアナは恐る恐る声をかけた。だが、次に起こった出来事に、今度は声もなく立ち竦んだ。淡い金色の靄のようなものがアシャの体から湧き上がり、ゆっくりと中空に凝縮していくのだ。
「レアナ姫、アシャの容態は…」
「っ!」
無作法に合図もなく開けられた扉が、レアナの呪縛を解いた。身を翻し、入ってきたイルファの体にしがみつく。驚いたのはイルファの方で、思わずうろたえて剣に手をかけ、
「な、何です! 何があったんです!」
「イルファ、待って!」
叫んだイルファをレスファートが制した。指差す先に空中に凝った金の靄、見つけたイルファは剣を引き抜き、レアナを背後にかばいながら
「何者だ!」
「…」
金色の靄はイルファの声に一瞬たじろぐように揺れた。だが、再び凝縮を始め、次第に形を成していく。凝視していたレスファートがはっとしたように声を上げた。
「アシャ?!」
「何ィ?!」
「アシャ…?」
目を見張るイルファ、驚きを隠せないレアナ、唯一『こういう類』への理解は早くて的確なレスファートが続ける。
「どうしたの? どうして体を置いていくの?」
「………」
金の靄は揺らぎためらい、けれどやがて振り切るように開いた窓へ滑り寄った。
「アシャ、だめ!」
レスファートが慌てて靄を追う。
「イルファ、止めて!」
「止、止めてっても…」
「アシャ、何かおかしい! …アシャ!」
イルファが困惑しきった声を出すのに、助けにならないと悟ったのだろう、レスファートは金色の靄が出て行った窓を開け放ち叫ぶ。
「アシャ! だめ! 帰ってきてよ! 帰って、アシャ!!」
が、既に金色の靄は一筋の光となって、暮れかけた空を東へと疾って行った。
「アシャ?」
レアナは不意に呻いたアシャを訝しく覗き込んだ。眠っているアシャの額には玉のような汗、濡れた髪が絡んで張り付き、厳しく結ばれた口元には薄く血が滲んでいる。
「血…?」
悪夢にうなされて唇でも噛んだのか。案じてレアナは水に湿した布で汗を拭き、口元を拭おうとしたが、
「ひっ」
小さく声を上げ、体を強張らせた。今の今まで目を閉じていたアシャが、カッと目を見開いている。瞳は紫紺、深く遠く、人間の体の一部とは思えぬほど硬質な輝きを宿して虚空を見つめている。
「アシャ…?」
レアナは恐る恐る声をかけた。だが、次に起こった出来事に、今度は声もなく立ち竦んだ。淡い金色の靄のようなものがアシャの体から湧き上がり、ゆっくりと中空に凝縮していくのだ。
「レアナ姫、アシャの容態は…」
「っ!」
無作法に合図もなく開けられた扉が、レアナの呪縛を解いた。身を翻し、入ってきたイルファの体にしがみつく。驚いたのはイルファの方で、思わずうろたえて剣に手をかけ、
「な、何です! 何があったんです!」
「イルファ、待って!」
叫んだイルファをレスファートが制した。指差す先に空中に凝った金の靄、見つけたイルファは剣を引き抜き、レアナを背後にかばいながら
「何者だ!」
「…」
金色の靄はイルファの声に一瞬たじろぐように揺れた。だが、再び凝縮を始め、次第に形を成していく。凝視していたレスファートがはっとしたように声を上げた。
「アシャ?!」
「何ィ?!」
「アシャ…?」
目を見張るイルファ、驚きを隠せないレアナ、唯一『こういう類』への理解は早くて的確なレスファートが続ける。
「どうしたの? どうして体を置いていくの?」
「………」
金の靄は揺らぎためらい、けれどやがて振り切るように開いた窓へ滑り寄った。
「アシャ、だめ!」
レスファートが慌てて靄を追う。
「イルファ、止めて!」
「止、止めてっても…」
「アシャ、何かおかしい! …アシャ!」
イルファが困惑しきった声を出すのに、助けにならないと悟ったのだろう、レスファートは金色の靄が出て行った窓を開け放ち叫ぶ。
「アシャ! だめ! 帰ってきてよ! 帰って、アシャ!!」
が、既に金色の靄は一筋の光となって、暮れかけた空を東へと疾って行った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
生きるために逃げだした。幸せになりたい。
白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。
2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結
あやかしたちのとまりぎの日常
彩世幻夜
キャラ文芸
吉祥寺は井の頭公園界隈の一画で、ひっそりと営業するダイニング・バー【ペルシュ】に訪れるお客の大半はひとではないもの、いわゆるあやかしたち。
勿論店の店主や店員もまた人ではない。
そんな店でバイトをするとある専門学校生とあやかしたちが織りなす〝日常(?)〟物語
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる