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第3章
22
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「美並」
目を開いた。
呟いて、伊吹を抱き寄せる。
「キスして」
一瞬目を見開いた伊吹がちらっと視線を横に投げる。
「見せつける気か」
どこまでいってもお前っていうのは人に見られてそんなことをするのを喜ぶ最低な奴で……。
大輔の声がゆっくり遠ざかり、聞こえなくなる。
目を閉じた伊吹の綺麗な唇、さすがに『ハイウィンド・リール』とはいえ、ロビーで堂々とキスを交わす恋人達は見ないだろうけど、今京介に必要なのはその温かな柔らかさで。
重ねた口から少し舌を出してくれた伊吹が嬉しくて、ちょっと舐めて微笑みながら顔を離す。薄赤く上気した伊吹がこのうえなく可愛くて愛おしい。
「馬鹿馬鹿しい、一体そんなことが何の意味があるんだ、京介」
動じない京介に苛立ったように大輔が声を強めた。
「特別な意味なんかないよ」
「は?」
「僕には、当然のこと」
じっと伊吹を覗き込んで、それからそっと身体を離して背後に庇った。
抱き締めてわかった、伊吹も体中ぴりぴりしている。その緊張を微塵も見せずに大輔と渡り合った強さ、その強さを少しでも受け取りたくて、人前で、他ならぬ大輔の前で唇を重ねた。
「でも、大輔には意味があるんだよね?」
振り向いて、ふてくされたように見上げている大輔の顔を見下ろす。
乱されたネクタイを整えた。崩れたスーツの襟を直した。ぴしり、と上着を引いて、その動作一つ一つを食い入るように見ている大輔の視線に改めて気づく。
「…どういうことだ」
「大輔は、僕が欲しいんだ?」
舐めるように見る視線、京介が快楽に負けて大輔を求めているように嬲ることば、今の今まで、その真意にどうして気付かなかったのか、それらが欲するゆえだ、と。
「………」
じろり、と大輔が険しい視線で睨み上げてきた。
「僕が欲しいけど、手に入らないから、それで」
「自惚れるな」
吐き捨てるように大輔が唸った。
「お前みたいに汚い奴をどうして俺が」
「じゃあ、手放して」
間髪入れずに続けたことばに相手が息を呑む。
「そんな汚い僕なんか、気にしなくていいでしょう」
「……」
「それほど不愉快なら、二度と会わなければいいよね?」
「……できるならな」
「できるよ、簡単でしょう?」
大輔がごそりと体を動かして椅子に座り直す。神経質な仕草で取り出した煙草をくわえて火をつける間、何かを必死に考えている、そういう顔でライターを見つめていたが、
「ああ、そうだな、できるな、『ニット・キャンパス』に参加しなけりゃ、俺とお前の間に接点なんかない」
「参加しないよ」
「え?」
「『ニット・キャンパス』は要らない」
言い放ったことばに大輔が一瞬茫然とした顔で見上げてくる。
「僕は、大輔を選ばない」
京介は静かに繰り返した。
もし、考えていることが真実なら、きっとこれでうまくいく。
「だから『ニット・キャンパス』も選ばない」
「……他に手があるのか」
「大輔には関係がない」
「……俺が関わるから参加しないというのか」
「この先ずっと」
京介は視界の端を横切った姿に気付き、そちらへ大輔の視線を動かさないように自分から深くテーブルに屈み込んだ。執着に揺れた眼の色で、大輔が京介の喉から顎、近付いた唇を舐めるように見つめてくる。。
ふいに不愉快きわまりない、そういう表情で顔を歪めた理由はすぐにわかった。伊吹から移った口紅の色だ。
それを意識したまま、少し笑った。
揺さぶれ。
お手のものだ、こういうやり方は。
「大輔とは関わらない」
「お前は、よくても」
唸るようなきしむような声で大輔が続けた。
「会社は、桜木通販はどうする。今俺に……」
「俺に、何?」
近付いてくる二人連れが視界の隅からどんどん大きくなる。大輔は京介の唇に魅いられたように見つめ返していて、意識がそちらへ向いていないようだ。
こちらに気づいたのか、不審そうに立ち止まる二人を見ないまま、京介は繰り返す。
「じゃあ、僕がどうすれば、大輔は桜木通販を『ニット・キャンパス』に参加させてくれるの?」
汚い僕なんか要らないんでしょう?
畳みかけ、不安そうに声を揺らせ、少し視線を伏せてみせる。
伊吹が見ていても構わない。どんな京介だって、伊吹はきっと嫌わない。
ならば、その伊吹と一緒に生きていくために、自分に得られる手段は何でも利用する、ただし自分を傷つけることなく。
内側の刃が光り輝きながら抜き放たれていくのがわかる。
「ねえ…大輔…?」
声を低めると、大輔が微かに唾を呑んだ。
「…その女を帰せ」
「……伊吹さんを?」
「話は、それからだ」
一晩かけて、じっくり。
「……方法を…教えてやる…」
伊吹に流した視線が嘲笑う。掠れた声で勝利の笑いを零れさせかけた次の瞬間、
「方法、とは?」
「っっ!」
背後から響いた声に大輔が跳ねるように振り返った。
目を開いた。
呟いて、伊吹を抱き寄せる。
「キスして」
一瞬目を見開いた伊吹がちらっと視線を横に投げる。
「見せつける気か」
どこまでいってもお前っていうのは人に見られてそんなことをするのを喜ぶ最低な奴で……。
大輔の声がゆっくり遠ざかり、聞こえなくなる。
目を閉じた伊吹の綺麗な唇、さすがに『ハイウィンド・リール』とはいえ、ロビーで堂々とキスを交わす恋人達は見ないだろうけど、今京介に必要なのはその温かな柔らかさで。
重ねた口から少し舌を出してくれた伊吹が嬉しくて、ちょっと舐めて微笑みながら顔を離す。薄赤く上気した伊吹がこのうえなく可愛くて愛おしい。
「馬鹿馬鹿しい、一体そんなことが何の意味があるんだ、京介」
動じない京介に苛立ったように大輔が声を強めた。
「特別な意味なんかないよ」
「は?」
「僕には、当然のこと」
じっと伊吹を覗き込んで、それからそっと身体を離して背後に庇った。
抱き締めてわかった、伊吹も体中ぴりぴりしている。その緊張を微塵も見せずに大輔と渡り合った強さ、その強さを少しでも受け取りたくて、人前で、他ならぬ大輔の前で唇を重ねた。
「でも、大輔には意味があるんだよね?」
振り向いて、ふてくされたように見上げている大輔の顔を見下ろす。
乱されたネクタイを整えた。崩れたスーツの襟を直した。ぴしり、と上着を引いて、その動作一つ一つを食い入るように見ている大輔の視線に改めて気づく。
「…どういうことだ」
「大輔は、僕が欲しいんだ?」
舐めるように見る視線、京介が快楽に負けて大輔を求めているように嬲ることば、今の今まで、その真意にどうして気付かなかったのか、それらが欲するゆえだ、と。
「………」
じろり、と大輔が険しい視線で睨み上げてきた。
「僕が欲しいけど、手に入らないから、それで」
「自惚れるな」
吐き捨てるように大輔が唸った。
「お前みたいに汚い奴をどうして俺が」
「じゃあ、手放して」
間髪入れずに続けたことばに相手が息を呑む。
「そんな汚い僕なんか、気にしなくていいでしょう」
「……」
「それほど不愉快なら、二度と会わなければいいよね?」
「……できるならな」
「できるよ、簡単でしょう?」
大輔がごそりと体を動かして椅子に座り直す。神経質な仕草で取り出した煙草をくわえて火をつける間、何かを必死に考えている、そういう顔でライターを見つめていたが、
「ああ、そうだな、できるな、『ニット・キャンパス』に参加しなけりゃ、俺とお前の間に接点なんかない」
「参加しないよ」
「え?」
「『ニット・キャンパス』は要らない」
言い放ったことばに大輔が一瞬茫然とした顔で見上げてくる。
「僕は、大輔を選ばない」
京介は静かに繰り返した。
もし、考えていることが真実なら、きっとこれでうまくいく。
「だから『ニット・キャンパス』も選ばない」
「……他に手があるのか」
「大輔には関係がない」
「……俺が関わるから参加しないというのか」
「この先ずっと」
京介は視界の端を横切った姿に気付き、そちらへ大輔の視線を動かさないように自分から深くテーブルに屈み込んだ。執着に揺れた眼の色で、大輔が京介の喉から顎、近付いた唇を舐めるように見つめてくる。。
ふいに不愉快きわまりない、そういう表情で顔を歪めた理由はすぐにわかった。伊吹から移った口紅の色だ。
それを意識したまま、少し笑った。
揺さぶれ。
お手のものだ、こういうやり方は。
「大輔とは関わらない」
「お前は、よくても」
唸るようなきしむような声で大輔が続けた。
「会社は、桜木通販はどうする。今俺に……」
「俺に、何?」
近付いてくる二人連れが視界の隅からどんどん大きくなる。大輔は京介の唇に魅いられたように見つめ返していて、意識がそちらへ向いていないようだ。
こちらに気づいたのか、不審そうに立ち止まる二人を見ないまま、京介は繰り返す。
「じゃあ、僕がどうすれば、大輔は桜木通販を『ニット・キャンパス』に参加させてくれるの?」
汚い僕なんか要らないんでしょう?
畳みかけ、不安そうに声を揺らせ、少し視線を伏せてみせる。
伊吹が見ていても構わない。どんな京介だって、伊吹はきっと嫌わない。
ならば、その伊吹と一緒に生きていくために、自分に得られる手段は何でも利用する、ただし自分を傷つけることなく。
内側の刃が光り輝きながら抜き放たれていくのがわかる。
「ねえ…大輔…?」
声を低めると、大輔が微かに唾を呑んだ。
「…その女を帰せ」
「……伊吹さんを?」
「話は、それからだ」
一晩かけて、じっくり。
「……方法を…教えてやる…」
伊吹に流した視線が嘲笑う。掠れた声で勝利の笑いを零れさせかけた次の瞬間、
「方法、とは?」
「っっ!」
背後から響いた声に大輔が跳ねるように振り返った。
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