『闇から見る眼』

segakiyui

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第3章

30

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 主導権はとうの昔になくなっていた。
 ベッドに寝転んで、つるりと何もかも脱ぎ捨ててきた伊吹にのしかかられた瞬間、皮膚がざわめいて伸び上がるように伊吹を抱き寄せてしがみつく。
「ん…っ」
 キスが欲しい。
 そう囁くとすぐに唇をくれた。京介の両脇に手を軽くついて、しがみつく京介の口に何度もキスしてくれる。
「もっと…」
 唇を開いて舌を求める。身もがいたせいで外れたバスタオルをはねのけるように飛び出したのを、一瞬体を強ばらせた伊吹がそっと隙間をつくってくれて、痛くないように場所を与えてくれた。まだひんやりとした下腹で押さえられてうっとりする京介の舌は、伊吹の舌に舐め取られる。
「…ん…ん」
 甘い。零れ落ちてくる唾液に吸いつきながらくらくらする。温かくて甘いのは、伊吹も欲しがってくれているからだとわかっている。夢中で舌を動かしていると、伊吹の片手が胸に忍び入ってくる。
「は…っ」
 微かに触れた、と思った瞬間、さっき望んだままに強めに摘まれて思わず仰け反った。
「あ…あっ」
 開いた口から漏れた自分の声が切なげで顔が熱くなる。
 唇を離した伊吹が次に口を落としたのは、いつかのキスマークの場所、鎖骨を這う舌の感触に震えたとたんに脇腹で手を動かされて、大きく震えた。
「気持ちいい?」
「……は、」
 もっと。
 熱を帯びていく体を波打たせてねだる。
 もっと、触って。
「どこを?」
 いじわるだ、伊吹さん。
 崩れそうな思考が頭の隅を逃げ惑う。
「そこ…」
「そこ?」
 ここ?
「ん、う」
 優しく尋ねられながら触れられたのはわずかに逸れた場所。唇もまだ欲しいところには来てくれていない。
「ちが…」
「じゃあどこ?」
 京介が教えてくれなくちゃ。
 甘い囁きに頭の芯が痺れたみたいに抵抗できない。
「…こ…こ」
 喘ぎながら指を降ろしていこうとすると、その指先にちゅ、と口づけられた。そのまま一緒に降りてくるから、堪えきれなくなって胸の先へ唇を導く。
「ここ?」
 ちゅ。
「っっ」
 濡れた音が響いて啄まれてシーツを掴む。挟まれた部分が痛いほど張り詰める。
 どうなっちゃったんだろう、僕。
 喘ぎながら思ったのは一瞬、伊吹の唇が開いて吸いつかれたまま、先を舌で遊ばれて声を上げた。
「あ、ああっ」
 駆け抜けた衝撃がまともに腰に溜まる。
「う、うあ」
 そっと抱えられるように腹を抱かれて胸を舌で愛撫されながら体を揺らされ、思いきり脚を開いて伊吹の体を引き寄せた。強く押し付け、自分でも揺さぶる。二人の体の間で擦られて容赦なく揉み込まれるのが、どんどん京介を追い立てていく。
 どうなっちゃったの。
 まるで娼婦みたい。
 伊吹を銜え込もうとしているみたい。
 シーツにしがみついて、腰を開いて振り立てて、まるで大輔にされてるみたいに振る舞ってる。でも大輔はこんなふうに優しくキスを続けたりしなくて。
 そこまで思ったときに霞む視界を瞬いて開く。
 伊吹さん、だよね?
 覗き込む顔を必死に確認する。
「京介?」
「みなみ…」
「気持ちいいの?」
「うん…」
 泣きそうになったのは、きっと明らかに男とは違う振る舞いをしている京介を訝しがったり不審がったりする色が、伊吹の目には一切なかったことで。
「キス、して」
「はい」
 呼吸を弾ませたままねだると、唇を合わせてくれた。欲しくて我慢できなくて突っ込んだ舌も受け入れて絡めてくれた。下半身は擦られ揺さぶられて、まるで伊吹に犯されているみたいだけれど、キスは京介が伊吹の中に入って貪っていて、それがつながった快楽の輪のように京介を狂わせていく。
「あ、あ、あ」
 自分が声を上げているのはわかっていた、伊吹がキスをしながら、何度も胸を摘み、脇腹を撫でて煽ってくれるのに甘えて、ひたすら自分の衝動を追う。
「みなみっ……みなみ…っ」
「な、に」
「さ、わって」
「どこを」
「こ、こ…っ」
 無我夢中で伊吹の手を取り導いた。開いた脚、擦られて濡れた部分、そこに手を押し付けて、でも同時にぐっと体を曲げて望んだところに伊吹の指が触れて。
「く、」
 視界が弾ける。
「ここね」
「ひ……っ」
 ふいにひどく冷静な声が応じた次の瞬間、そのままもっと奥まで指先を伸ばされて体が跳ねた。
 体の中で砕け散る快感、弾けて零れる感覚、同時に全身融けるような感覚に叫びながら喉を反らせた瞬間、自分が何を伊吹にさせたかいきなり覚る。
 スローモーションのように顔を戻していく。血の気が引いている。自分のものが腹で濡れている。伊吹の片手は京介の脇腹にあって、もう片方の手は京介が呼び込むように開いた脚の奥にあって、その指先をまだ感じるばかりか、意識したとたんにぎゅ、と押された部分から堪え切れないものが走り上がって、
「う……や……や……っ…あ…っっ」
 止められもせず、悲鳴を上げながらもう一度駆け上がった。
 零れ落ちたのは弾けたものと、視界を埋めた涙。全身がたがた震えながら、覗き込んだ伊吹の顔から目が放せない。白い顔、抱き合っているはずなのに熱の失せたその顔に、自分が取り返しのつかないことをしたと理解する。
 僕は。
 僕は、何を。
 十分刺激されて煽られてとても気持ちよかった、久し振りに我を忘れる快楽に溺れて、あまりにも夢中で、自分がどんな愛撫を求めているか意識から吹き飛んでしまっていた。
「み…なみ…」
 そっと指を外されるのに、それでもひくりと体が動いた。萎えた自分が冷えていく。地の底に落ち込むような絶望感で、体に力が入らなかった。
 こんな形で証明するなんて。
 こんなふうに嫌われるなんて。
 最低、最悪。
「気持ちよかった?」
 伊吹が静かに尋ねてくる。
「……う…ん」
 頷きながら眼を閉じた。ぼろぼろ涙が零れてくる。
 おしまいだ。
 今度こそおしまいだ。
 あんなところを刺激されて喜ぶような男だって気付かれた。普通にできないって思われてる。
 けれど何より、きっと、伊吹は京介の中にある大輔の刻印に気付いただろう。どれだけ否定しても、どれだけ消そうとしても、京介の体は大輔に抱かれた手順を覚えている。生き延びるために、それを受け入れることを、その中で快感を得ることを学んでいる。いや、むしろ、京介の中にはそれしかない。大輔に抱かれるような愛され方しかないのだ。
 京介には大輔しかいない、そういうことだ。
 酷い。
 吐きそうになって喉を鳴らす。
 あんまり、酷い。
 こんなこと。
 こんなことって、酷すぎる。
「ふ……っく…う…っ」
 歯を食いしばりながら、溢れた涙を見せまいと両手で顔を覆った。
 
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