『魔法講座』

segakiyui

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15.四日目、ニ時限

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 「痛みの回復」についての授業だったはずが、みなさんにすれば逸れた方向に進んでいると感じているようですが、これもまた同様です。
 私は授業時間内に起こったことは全て十分に生かす義務があります。
 世界の様々な気候について、それに対して工夫して生きる人々。
 それを適応、と呼びました。
 彼等は気候から自分達の生き方を学んでいるのです。
 どれほど容赦ない気候であっても、それはわずか一瞬の潤いや温かさのすばらしさを、人間の耐久力や克己心や努力の貴さを学ばせてくれます。
 穏やかで緩やかな気候は、そこに浸る安楽と緊張のない快さ、新たな可能性への挑戦や物事の本質への探究心を理解させてくれるでしょう。
 自然は過不足のない、まことにもって見事な教師ですが、「学ぶ力」のないものにとっては脅威でしかありません。
 同様、社会的地位や社会的資格を持っている人々にも、実は本来は同じ資質が求められるのです。
 自らの能力を誇示したり「前提」を押し付けても、受け取る方に「学ぶ力」が育っていなかったり、時期や内容が不適切であったりしては、脅威でしかありえません。
 脅威を押し付けられたとき、人には三つの方法があり、二つの結末があります。
 三つの方法とは、闘う、防御する、逃げ去る、です。
 二つの結末とは傷つく、傷つかない、です。
 これにはさまざまな組み合わせが考えられます。
 さて、『生意気』くん。
 今あなたが選んでいるのはどういう組み合わせですか。
 …………はい?
 なるほど、そうですね、授業に参加しないのでしたね。
 いえ、どうぞ。
 ……はい、おつかれさまでした。
 事務に顔を出して、履修変更を届けて下さい。
 では………はい、『疾走』くん。
 ………そうですね。
 逃げ去る、傷つかない、ですね。
 は?
 ………いえ、別にどの方法を取ってもいいのです。
 闘っても、防御しても、逃げ去ってもいい。
 それをどのように選択していくかが人生なのですから。
 私にみなさんの人生を規定する権利はありません………そうですね、勧告はしますが。
 命の第一条件は生存です。
 生きるために、命はそれぞれの方法を選択します。
 みなさんは「そこで何を得られるか」と「そこで生きられるか」ということ、その二つをバランスさせつつ生きています。バランスの中で脅威に対して限界を考えつつ、能力や資質を最大限に伸ばすように方法を選択するのです。
 能力・資質が十分に伸ばせる環境であっても、負荷が巨大すぎれば、傷は深く大きくなります。最悪の場合は命の停止、つまり死、が待っています。
 大抵の動物はそれほど危険な賭けをしないのですが、人間は時にそのバランスを見失います。
 一般的に「過剰適応」と呼ばれるものです。
 これを繰り返すと、次第に自分の「痛み」に無自覚になっていきます。
 ……………ええ、そうです。
 厳しい訓練をし続けると、忍耐力が上がって、もっと厳しい訓練に耐えられるようになりますね。
 そうしていくことで、すばらしい能力を得、資質を伸ばすことはできます。
 けれど反面、それはまた「痛み」に対して鈍感になっていく、ということでもあります。
 この「痛み」に対して鈍感である、ということは、個人的にはある意味では有意義なのですが、集団的には致命的な問題になります。
 後でまた話すかもしれませんが、自分の「痛み」に対して無自覚で鈍感になればなるほど、他者の「痛み」に対しても無自覚で鈍感になる傾向にあります。
 自分が既に十分傷ついているので、他者が傷ついている程度が軽々しく見えるのですね。
 中には「そんなことぐらいなんだ」と、他者の状況をわからないまま叱咤激励する場合もあります。
 お節介ならよろしいですが、時に取り返しのつかない悲劇を生むことの方が多いので注意しましょう。
 さて、集団的には問題となりますが、同じことが個人内部においても行われています。
 ………ああ、そうです、いいことばを思い出しましたね。
「これぐらい、なんだ」
 そう……そうですね、一度ぐらい呟いたことがあるのではないでしょうか。
 え? 
 ふふふ、まあそうですね。
 そうやって人は強くなるんだ、と?
 ………ええ。
 …………はい。
 ………そうです、それもまたバランスなのです。
 いつもいつも「これぐらい、なんだ」とやっていると、その「痛み」はやがて認識されなくなります。
 認識されないだけならいいですが、それは他者に吹き出したり、それに関わった内容で刺激されたときに激しく反応したりします。
 ……………そうです。
 さっき『疾走』くんが、熱い、と感じたのもそうですね。
 つまり、ある「痛み」が医療的処置を施し、外見的に回復しつつあるのに、なおも強く持続する場合には、実はその内側で、過去において存在しないことになってしまった「痛み」が、状況や痛みの部位、程度において非常に似通っているために、回復を求めて再燃していると考える必要があります。
 この場合、現在の「痛み」に対しての対応だけでは終了しません。
 え?
 …………そうです。
 その「痛み」をセンサーにして、時間を遡り、「過去の痛み」に辿り着く必要があるのです。
 
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