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『手ぬぐい』
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山奥の村は寂れていました。
木々の緑は深く濃く、綺麗な泉も湧いていましたが、穏やかで静かでひっそりとして、元気一杯の若者には退屈なのです。
小さな家に住む者は減っていくばかり、遊ぶ子どももいなくなっていくばかり。
そんな村に、1人の男がやってきました。
とても大きなシャベルと土を運ぶ手押し車を持って来て、山の奥にある洞穴を掘りたいと言うのです。
少しでも村に人が増えるなら、と、村人達は男に許しを与えました。
次の日から、男は1人、黙々と洞穴の奥を掘り進めました。出て来た一杯の土は、手押し車で外まで運び出していきます。
土はすぐに盛り上がりました。
村に1人の娘が居て、他の所から来た男が珍しく、ちょっぴり悲しげな顔も気になって、時々話しかけました。
けれど男は答えません。
黙々と、ただ黙々と、シャベルを構えて土を掘り、手押し車を押しています。
それでもやっぱり気になって、娘は何度も尋ねました。
「ねえ、どうして穴を掘ってるの。どうして1人で掘ってるの」
さすがにうるさくなったのでしょう。
男はしかめっ面をして、娘に一言、
「金だ」
「金?」
「そうだ。俺の親父の親父の親父は、ずっと昔にこの村に居た。苦労して、ようやく金を掘り当てた。そしたらどうだ、村の奴らは親父を酷い目に合わせて追い出したんだ」
そこで男ははっとしたように当たりを見回しました。
「そうだ、お前、この事を他の奴らに話してみろ、酷い目に合わせてやる」
怒った顔で娘を脅しました。
娘はじっと男の顔を見ていましたが、やがてにっこり笑って言いました。
「いいわ。その代わり、掘り出した土をあたしにちょうだいね」
「土をどうする」
「花を植えるの」
「植えてどうする」
男のことばに、娘は悲しそうに笑って答えませんでした。
「まあいい。土は要らない。俺は金が欲しいんだ」
「ありがとう」
娘は男の掘り出した土を小さな袋で運び、洞穴の周りに広げて整え始めました。形が整うと、周りに石を並べて囲いを作り、その囲いの中に花の種を蒔きました。1つできれば次の1つへ。も1つできれば、また次の1つへ。
男が土を運べば、娘がそれを袋に詰める。時には男も運んでやる。
顔を合わせれば、娘はぽつりぽつりと声をかけてきます。
「ここの土は硬そうね」
とか、
「今日は暑くて大変だ」
とか。
むっつり黙っていた男も、いつとはなしに娘のことばに答えるようになりました。それでもどこかで、金が見つかるかどうか娘が見張っているような気がして、掘り進むごとに心配でした。
そうしたある日、男が泉で顔を洗ってくると、娘が洞穴から出て来ました。
「お前もあいつらと同じなのか」
男は怒鳴りました。
「俺の親父達を苦しめた奴らと同じなんだな。俺の金を持ち出そうとしやがったんだ。出てけ。どこかへ行っちまえ」
娘は泣き泣き、駆けて行きました。
男はなぜだかぐったりして、のろのろシャベルを取り上げました。
洞穴に入ると、小さな籠に、おにぎりが3つりんごが1つ、それに、真新しい手ぬぐいが入ったものが置いてありました。
男は首に掛けた、ぼろぼろの手ぬぐいを外しました。そっと新しい手ぬぐいを取って首に掛け、シャベルを手にして奥へ進みました。
今日に限って、シャベルが重くてなりません、首の手ぬぐいがずっしりと肩にかかって来ます。
「ちくしょう。ちくしょう」
男は向きになって掘り進みました。
と、ふいに固い音がして、暗い洞穴の明かりに、眩い輝きが跳ねました。
「金だ!」
男は夢中で両手で土を掻き分け、金を掴み上げました。腕に抱えて、洞穴から走り出しました。
「見ろ、やったぞ! 金だ! 金を手に入れた! 俺はやった、やり遂げた!」
男は大声で叫び、飛び上がり、笑いました。
けれども、そこには誰もいません。
風がゆっくり吹いていく、その風に、娘が植えた最初の花が、微かに揺れていくだけです。
男の首から手ぬぐいが外れて落ちました。
「金だ……金なんだ」
男は金を抱いて座り込みました。
そしてそのまま、静かに泣き始めました。
終わり
木々の緑は深く濃く、綺麗な泉も湧いていましたが、穏やかで静かでひっそりとして、元気一杯の若者には退屈なのです。
小さな家に住む者は減っていくばかり、遊ぶ子どももいなくなっていくばかり。
そんな村に、1人の男がやってきました。
とても大きなシャベルと土を運ぶ手押し車を持って来て、山の奥にある洞穴を掘りたいと言うのです。
少しでも村に人が増えるなら、と、村人達は男に許しを与えました。
次の日から、男は1人、黙々と洞穴の奥を掘り進めました。出て来た一杯の土は、手押し車で外まで運び出していきます。
土はすぐに盛り上がりました。
村に1人の娘が居て、他の所から来た男が珍しく、ちょっぴり悲しげな顔も気になって、時々話しかけました。
けれど男は答えません。
黙々と、ただ黙々と、シャベルを構えて土を掘り、手押し車を押しています。
それでもやっぱり気になって、娘は何度も尋ねました。
「ねえ、どうして穴を掘ってるの。どうして1人で掘ってるの」
さすがにうるさくなったのでしょう。
男はしかめっ面をして、娘に一言、
「金だ」
「金?」
「そうだ。俺の親父の親父の親父は、ずっと昔にこの村に居た。苦労して、ようやく金を掘り当てた。そしたらどうだ、村の奴らは親父を酷い目に合わせて追い出したんだ」
そこで男ははっとしたように当たりを見回しました。
「そうだ、お前、この事を他の奴らに話してみろ、酷い目に合わせてやる」
怒った顔で娘を脅しました。
娘はじっと男の顔を見ていましたが、やがてにっこり笑って言いました。
「いいわ。その代わり、掘り出した土をあたしにちょうだいね」
「土をどうする」
「花を植えるの」
「植えてどうする」
男のことばに、娘は悲しそうに笑って答えませんでした。
「まあいい。土は要らない。俺は金が欲しいんだ」
「ありがとう」
娘は男の掘り出した土を小さな袋で運び、洞穴の周りに広げて整え始めました。形が整うと、周りに石を並べて囲いを作り、その囲いの中に花の種を蒔きました。1つできれば次の1つへ。も1つできれば、また次の1つへ。
男が土を運べば、娘がそれを袋に詰める。時には男も運んでやる。
顔を合わせれば、娘はぽつりぽつりと声をかけてきます。
「ここの土は硬そうね」
とか、
「今日は暑くて大変だ」
とか。
むっつり黙っていた男も、いつとはなしに娘のことばに答えるようになりました。それでもどこかで、金が見つかるかどうか娘が見張っているような気がして、掘り進むごとに心配でした。
そうしたある日、男が泉で顔を洗ってくると、娘が洞穴から出て来ました。
「お前もあいつらと同じなのか」
男は怒鳴りました。
「俺の親父達を苦しめた奴らと同じなんだな。俺の金を持ち出そうとしやがったんだ。出てけ。どこかへ行っちまえ」
娘は泣き泣き、駆けて行きました。
男はなぜだかぐったりして、のろのろシャベルを取り上げました。
洞穴に入ると、小さな籠に、おにぎりが3つりんごが1つ、それに、真新しい手ぬぐいが入ったものが置いてありました。
男は首に掛けた、ぼろぼろの手ぬぐいを外しました。そっと新しい手ぬぐいを取って首に掛け、シャベルを手にして奥へ進みました。
今日に限って、シャベルが重くてなりません、首の手ぬぐいがずっしりと肩にかかって来ます。
「ちくしょう。ちくしょう」
男は向きになって掘り進みました。
と、ふいに固い音がして、暗い洞穴の明かりに、眩い輝きが跳ねました。
「金だ!」
男は夢中で両手で土を掻き分け、金を掴み上げました。腕に抱えて、洞穴から走り出しました。
「見ろ、やったぞ! 金だ! 金を手に入れた! 俺はやった、やり遂げた!」
男は大声で叫び、飛び上がり、笑いました。
けれども、そこには誰もいません。
風がゆっくり吹いていく、その風に、娘が植えた最初の花が、微かに揺れていくだけです。
男の首から手ぬぐいが外れて落ちました。
「金だ……金なんだ」
男は金を抱いて座り込みました。
そしてそのまま、静かに泣き始めました。
終わり
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