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『思い出冷凍庫』
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さくら村の村長さんの家には、とても大きな冷凍庫があります。
冷凍庫にはかっちりとした鍵が掛かっていて、鍵を村長さんが預かっています。
思い出を凍らせてある冷凍庫だからです。
時々、村の人が村長さんに鍵を貸してもらって、思い出を取り出して行きます。
「やあ、村長さん」
「おう、花屋の親父さん、いらっしゃい」
頭に鉢巻きを締めてランニングシャツを着た親父さんが、くすぐったそうに笑います。
「また、女房と喧嘩しちまったんだ。それでな、ほら、あれだよ」
「はいはい、冷凍庫の鍵、ね」
村長さんはくすくす小さく笑いながら、掌一杯ほどの大きな鍵を渡します。
「いやさ、俺はね、あいつが怒ってても構やしないのさ、けどね、飯が不味くて、こいつは困る。飯は旨くないとね、働けないしさ」
「いいから、さっさと出しといでよ。良いのを選んだほうがいい」
村長さんが促すと、親父さんは慌てて家の奥へ入って行きます。
村長さんは付いて行きません。親父さんのためにお茶を淹れてのんびり待っていると、やがて、締めていた鉢巻きで汗を拭き拭き、親父さんが戻って来ました。
片方の手にきらきら光るピンクの氷を持っています。
「慌てたんで、クーラーボックス持ってくるのを忘れちまった。村長さん、鍵は返したぜ」
親父さんは村長さんに鍵を渡すと、せっかくのお茶に見向きもしないで飛び出して行ってしまいました。
次に来たのは、忘れん坊のけんじです。
「村長さん、鍵、貸して下さい。ファミコン、あつしに貸したのに借りてないって言うんだ。ファミコン貸した時の約束、出して来たいんだ」
「はいよ、他の人のと間違えんようにな」
「うん、わかった」
けんじは鍵を両手で握り締めて、奥へ入って行きました。それからすぐに出て来て、恥ずかしそうに、
「村長さん、ファミコン貸したの、ひろしだったんだ。ぼく、ひろしの所に行ってくる。これ、使わなかった」
鍵を返して出て行きました。
駆け出して行ったけんじの後ろ姿を、村長さんはにこにこして見送りました。
それから、もうよかろう、と呟いて、冷凍庫の鍵を持って奥に行きました。
明日、村長の娘が遠い国へお嫁に行きます。そのお祝いの席で、思い出を一つ、融かそうと思っているのです。
幾つかの部屋を通り抜け、一番奥の正面に置かれた大きな白い冷凍庫の前で、村長さんはしばらく考え込んでいました。
翌日。
晴れてせいせいするような青空の下、村長さんの娘の結婚式が行われました。
村中の人が集まって、花やお酒やご馳走に囲まれた中で、娘はいつもより綺麗で凛として見えました。
村長さんが誇らしく寂しく見守っていると、娘は花束を抱えてやって来ました。
「お父さん、ありがとうございました」
娘が差し出す花束を黙って受け取った村長さんは、足元のクーラーボックスの蓋をそっと開けました。
昨日からゆっくり融かした思い出の氷は、眩く輝きながら霧のように溢れます。
おほげあ、おほげあ、おほげあ。
元気な赤ん坊の泣き声とともに、村長さんのまだ若々しい声が響きます。
広がった霧に包まれて、村の人たちは、村長になる前の村長さんが、産まれたばかりの娘を抱き上げているのを見ました。
『ほうら、よく来た、よく産まれてくれた、お前は世界で一番の宝物だ』
堪えかねて俯いた娘の肩を、相手の青年がそっと抱き寄せます。
村長さんは、自分が、あれやこれやと詰め込んではちきれそうな、小さな思い出冷凍庫になった気がしました。
終わり
冷凍庫にはかっちりとした鍵が掛かっていて、鍵を村長さんが預かっています。
思い出を凍らせてある冷凍庫だからです。
時々、村の人が村長さんに鍵を貸してもらって、思い出を取り出して行きます。
「やあ、村長さん」
「おう、花屋の親父さん、いらっしゃい」
頭に鉢巻きを締めてランニングシャツを着た親父さんが、くすぐったそうに笑います。
「また、女房と喧嘩しちまったんだ。それでな、ほら、あれだよ」
「はいはい、冷凍庫の鍵、ね」
村長さんはくすくす小さく笑いながら、掌一杯ほどの大きな鍵を渡します。
「いやさ、俺はね、あいつが怒ってても構やしないのさ、けどね、飯が不味くて、こいつは困る。飯は旨くないとね、働けないしさ」
「いいから、さっさと出しといでよ。良いのを選んだほうがいい」
村長さんが促すと、親父さんは慌てて家の奥へ入って行きます。
村長さんは付いて行きません。親父さんのためにお茶を淹れてのんびり待っていると、やがて、締めていた鉢巻きで汗を拭き拭き、親父さんが戻って来ました。
片方の手にきらきら光るピンクの氷を持っています。
「慌てたんで、クーラーボックス持ってくるのを忘れちまった。村長さん、鍵は返したぜ」
親父さんは村長さんに鍵を渡すと、せっかくのお茶に見向きもしないで飛び出して行ってしまいました。
次に来たのは、忘れん坊のけんじです。
「村長さん、鍵、貸して下さい。ファミコン、あつしに貸したのに借りてないって言うんだ。ファミコン貸した時の約束、出して来たいんだ」
「はいよ、他の人のと間違えんようにな」
「うん、わかった」
けんじは鍵を両手で握り締めて、奥へ入って行きました。それからすぐに出て来て、恥ずかしそうに、
「村長さん、ファミコン貸したの、ひろしだったんだ。ぼく、ひろしの所に行ってくる。これ、使わなかった」
鍵を返して出て行きました。
駆け出して行ったけんじの後ろ姿を、村長さんはにこにこして見送りました。
それから、もうよかろう、と呟いて、冷凍庫の鍵を持って奥に行きました。
明日、村長の娘が遠い国へお嫁に行きます。そのお祝いの席で、思い出を一つ、融かそうと思っているのです。
幾つかの部屋を通り抜け、一番奥の正面に置かれた大きな白い冷凍庫の前で、村長さんはしばらく考え込んでいました。
翌日。
晴れてせいせいするような青空の下、村長さんの娘の結婚式が行われました。
村中の人が集まって、花やお酒やご馳走に囲まれた中で、娘はいつもより綺麗で凛として見えました。
村長さんが誇らしく寂しく見守っていると、娘は花束を抱えてやって来ました。
「お父さん、ありがとうございました」
娘が差し出す花束を黙って受け取った村長さんは、足元のクーラーボックスの蓋をそっと開けました。
昨日からゆっくり融かした思い出の氷は、眩く輝きながら霧のように溢れます。
おほげあ、おほげあ、おほげあ。
元気な赤ん坊の泣き声とともに、村長さんのまだ若々しい声が響きます。
広がった霧に包まれて、村の人たちは、村長になる前の村長さんが、産まれたばかりの娘を抱き上げているのを見ました。
『ほうら、よく来た、よく産まれてくれた、お前は世界で一番の宝物だ』
堪えかねて俯いた娘の肩を、相手の青年がそっと抱き寄せます。
村長さんは、自分が、あれやこれやと詰め込んではちきれそうな、小さな思い出冷凍庫になった気がしました。
終わり
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