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『金色のバリャー』(1)
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『それ』に僕が気がついたのは、3歳ぐらいの時だった。
お昼寝や夜眠る時、僕はいつもお母さんと寄り添って寝ていた。
夢や幻、形にならないのに怖くてならないものが、僕を追いかけてくる時、僕ははっと息を呑んで目を覚まし、お母さんが側にいるのを確かめる。
温かで優しい体を触って、お母さんの匂いを吸い込んで、僕はようやく安心する。
そんな時、目を凝らして見ると、いつの間にか僕とお母さんを包むようにすっぽりと、金色の袋のようなものが見えた。
きらきら光る、小さな光の粒でできた卵のようなもの。僕とお母さんを丸く囲んで、僕とお母さんを卵の白身と黄身のように守るもの。袋を通して、部屋の中はよく見える。体を起こすと、ふわふわと頼りなく消えてしまう。けれども、お母さんの腕にもう一度頭を載せると、袋はゆっくり湧き上がって、僕とお母さんを包んでいく。
その袋の中にいれば、怖いものも恐ろしいものも、小さな『芽』のうちに消えてしまう。外から入ってくることもできない。
僕はいつも、大きく溜息をついて、袋の中で眠った。
ある夜。
夢の中の怪物に追われて、僕は目を覚ました。
いつものようにお母さんを触り、辺りを見回して袋を探した。
すると、不思議なことに、金色の袋がひどく薄っぺらいものになっていた。
袋の外に漂っている奇妙な怖いものが、今にも入ってきそうだ。
僕はびっくりして、あちらこちらを見た。
ふと気がつくと、お母さんのお腹の辺りに、今まで僕とお母さんを包んでいたような、金色の幕がかかっている。
ぼんやりと丸くて、まだ卵の形はしていなかったけど、じっと見ていると、その金色の袋が大きく明るくなって行く度、僕とお母さんを包んでいた金色の袋が薄く弱くなるようだ。
僕は、その夜、眠れなかった。
次の日、僕はけんじくんに金色の袋の話をした。
公園の砂場で、大きく山を作りながら、けんじくんは言った。
「そりゃ、バリャーが弱ってるんだ」
「バリャーって?」
「俺らを守る袋のことさ。俺の妹ができた時、俺のお母さんのバリャーも弱った。もう俺だけを守るわけにはいかなくなったんだ。バリャーは、赤ちゃんのものなんだ」
けんじくんは4歳で、僕より賢い。
僕は、けんじくんの話を聞いて、とても怖くなった。
もう、お母さんは僕と一緒にいてくれないんだろうか。
お母さんのお腹に『赤ちゃん』がいて、僕はいらなくなったんだろうか。
「大人っていうのは、あれはあれで大変なんだ」
けんじくんは、鼻をこすって、そう教えてくれた。
けんじくんの言ったことは本当だった。
僕とお母さんを守るバリャーは、だんだん薄く弱くなった。
僕は眠るのが怖くなり、お母さんが僕をいらないというかも知れないと思って、また怖くなった。お祈りや呪文を唱えても、バリャーはどんどん消えていく。お母さんも赤ちゃんやバリャーと一緒に消えていくかも知れない。
僕は寝るたびに、大きくはっきり光り出した、お母さんのお腹のバリャーを睨みつけた。バリャーが見えない時は、できるだけお母さんにくっついて、お母さんが消えないようにした。
「最近、あきらが『甘えた』で困るわ」
お母さんがお父さんに話している。
「下が出来たってわかってるんじゃないか」
「話した方がいいのよね。ねえ、あきら」
僕はテレビを見ているふりをした。
「あきら。お母さん、赤ちゃんができたのよ。弟か妹か、よくわからないけど」
そら来た。
けんじくんの言った通りだ。
バリャーは赤ちゃんのものなんだ。もう、僕はいらなくなったんだ。
僕は泣きそうになるのを、一生懸命我慢した。
お昼寝や夜眠る時、僕はいつもお母さんと寄り添って寝ていた。
夢や幻、形にならないのに怖くてならないものが、僕を追いかけてくる時、僕ははっと息を呑んで目を覚まし、お母さんが側にいるのを確かめる。
温かで優しい体を触って、お母さんの匂いを吸い込んで、僕はようやく安心する。
そんな時、目を凝らして見ると、いつの間にか僕とお母さんを包むようにすっぽりと、金色の袋のようなものが見えた。
きらきら光る、小さな光の粒でできた卵のようなもの。僕とお母さんを丸く囲んで、僕とお母さんを卵の白身と黄身のように守るもの。袋を通して、部屋の中はよく見える。体を起こすと、ふわふわと頼りなく消えてしまう。けれども、お母さんの腕にもう一度頭を載せると、袋はゆっくり湧き上がって、僕とお母さんを包んでいく。
その袋の中にいれば、怖いものも恐ろしいものも、小さな『芽』のうちに消えてしまう。外から入ってくることもできない。
僕はいつも、大きく溜息をついて、袋の中で眠った。
ある夜。
夢の中の怪物に追われて、僕は目を覚ました。
いつものようにお母さんを触り、辺りを見回して袋を探した。
すると、不思議なことに、金色の袋がひどく薄っぺらいものになっていた。
袋の外に漂っている奇妙な怖いものが、今にも入ってきそうだ。
僕はびっくりして、あちらこちらを見た。
ふと気がつくと、お母さんのお腹の辺りに、今まで僕とお母さんを包んでいたような、金色の幕がかかっている。
ぼんやりと丸くて、まだ卵の形はしていなかったけど、じっと見ていると、その金色の袋が大きく明るくなって行く度、僕とお母さんを包んでいた金色の袋が薄く弱くなるようだ。
僕は、その夜、眠れなかった。
次の日、僕はけんじくんに金色の袋の話をした。
公園の砂場で、大きく山を作りながら、けんじくんは言った。
「そりゃ、バリャーが弱ってるんだ」
「バリャーって?」
「俺らを守る袋のことさ。俺の妹ができた時、俺のお母さんのバリャーも弱った。もう俺だけを守るわけにはいかなくなったんだ。バリャーは、赤ちゃんのものなんだ」
けんじくんは4歳で、僕より賢い。
僕は、けんじくんの話を聞いて、とても怖くなった。
もう、お母さんは僕と一緒にいてくれないんだろうか。
お母さんのお腹に『赤ちゃん』がいて、僕はいらなくなったんだろうか。
「大人っていうのは、あれはあれで大変なんだ」
けんじくんは、鼻をこすって、そう教えてくれた。
けんじくんの言ったことは本当だった。
僕とお母さんを守るバリャーは、だんだん薄く弱くなった。
僕は眠るのが怖くなり、お母さんが僕をいらないというかも知れないと思って、また怖くなった。お祈りや呪文を唱えても、バリャーはどんどん消えていく。お母さんも赤ちゃんやバリャーと一緒に消えていくかも知れない。
僕は寝るたびに、大きくはっきり光り出した、お母さんのお腹のバリャーを睨みつけた。バリャーが見えない時は、できるだけお母さんにくっついて、お母さんが消えないようにした。
「最近、あきらが『甘えた』で困るわ」
お母さんがお父さんに話している。
「下が出来たってわかってるんじゃないか」
「話した方がいいのよね。ねえ、あきら」
僕はテレビを見ているふりをした。
「あきら。お母さん、赤ちゃんができたのよ。弟か妹か、よくわからないけど」
そら来た。
けんじくんの言った通りだ。
バリャーは赤ちゃんのものなんだ。もう、僕はいらなくなったんだ。
僕は泣きそうになるのを、一生懸命我慢した。
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