『segakiyui短編集』

segakiyui

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『砂の王国』(1)

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 公園の砂場には、王国が隠されています。砂の王と女王がいて、多くの家来達相手、子ども達が遊びに来る朝には幻のように消えてしまうのです。
 では、始まりはいつか、と言いますと、これは誰も知らないことなのですが、子ども達がそれぞれの家に帰った後、家の中でお母さんやお父さん、家族の人と一緒に夕ご飯を食べる頃です。
 その頃になると、誰もいなくなった公園で、砂が金色に光り始めます。
 初めはとても微かな弱い弱い光です。会社から帰ってくる人やこれから仕事に出かける人が見つけたとしても、それは本当に淡い光なので、気づくか気づかないかで通り過ぎてしまいます。
 夜がどんどん更けていき、人があまり通らなくなると、砂の光はみるみる強く明るく輝きだします。明るさがもうこれ以上増えなくなると、砂は突然むくむくと膨れ上がります。
 そうしてあっという間に、お城や会議場、街や劇場が現れて、砂の王国は短い夜を過ごすのです。
 さて、そんなある日。
 金色に輝く砂のお城の中では、王と女王、それに国の主な役目をする家来達が集まって、話し合いが行われていました。
「では、大臣、詳しく皆に話しておくれ」
 王がそう命じると、ぷっくり太った大臣が、えへん、と咳払いして話し始めました。
「この前から王国にいつもいつもおしっこをしていく猫は、先日、我が国の『オドカスゾ』隊の諸君が、大きな猫の形を砂で作ってくれたため、驚いて逃げ去り、その後一度もやって来ていません」
 パチパチパチ、と集まった人々が一斉に拍手をしました。
 大臣は嬉しそうににっこりし、もう一度声を張り上げました。
「それに加えて、夜遅くまで公園で遊び、我らの王国ができるのを邪魔していた子ども達も、『オドカスゾ』隊が幽霊の形を作って追い払いました。
 パチ、パチ、パチ、と、今度は少し頼りない拍手が響きましたが、得意になっている大臣は、気づかないまま、さらに声を大きくしました。
「そればかりではありません。我らの『オドカスゾ』隊は、もっと大きな計画を持っております。つまり、王国がもっと早く、もっと長く作っていられるように、子ども達を夕方には追い出そうというのです」
 パチ、パチ。
 今度ははっきりと、人々は拍手を止めてしまいました。それに重なるように、ざわめきが広がっていきます。大臣は、困ったように周りを見回しました。
「どうかしたのですか、みなさん」
「大臣」
 王がゆっくりと言いました。
「そなたは、一つ、忘れておる」
「は?」
 大臣は首を傾げました。王が重々しく首を振りながら答えます。
「良いか。我らの王国は、元々子ども達の中にあったものである。昼間、子ども達が、我らの王国の砂で、トンネルや線路、山や川、谷や広場を作ってくれる。そこへ、子ども達がいろんな夢を吹き込んでくれている。街を作る夢、海を渡る夢、道を作り、山に登る夢。それらの夢の想いが、我らの夜ごとの王国を作る。我らは、子ども達の夢の中に住み、夢の中に生きておる。これら素晴らしい宮殿も……」
 王は周りを見渡しました。釣られて人々も辺りを見た後、王に目を向け直しました。王は静かに言いました。
「我らのものではない。子ども達の夢なのだ。それどころか、我らの体も我らのものではない。子ども達が作り上げた砂の夢の仲間なのだ。その子ども達をあまりに早く砂場から追い出しては、我らの形も固まらぬ。子ども達の夢こそ、この王国を守るのだ」
 人々は大きく頷きました。
 けれども、大臣は強く首を振りました。
「王よ、あなたは賢明だが、臆病でもいらっしゃる。皆さんもよくお考え下さい。確かに、子ども達の夢は、我らの都を作り、我らの体を作っている。けれども、どうです。最近の子ども達は、本当に生き生きとした夢を、砂場の中に吹き込んでくれておりますか? 我らや我らの住む都を、真剣に考えてくれておりますか。もしそうならば、都の外れに溜められたゴミの山は、どういうことでありましょう」
 王も人々も、大臣のことばに黙り込みました。
 確かに、ここのところ、王国が出来上がる度ごとに、お城や街の中に、お菓子の包み紙や空き缶、アイスクリームの箱やキャンディの棒などが捨てられていて、王国に住むものは目覚める度ごとに、まずそれらの掃除から始めなくてはなりません。もっと可哀想なものは、体の中にゴミが入っていて、目覚めると同時に病院へ走って行ったり、壁の中に含まれたゴミのために、せっかく出来上がったばかりの建物が崩れて、その下敷きになったりしています。
「私の考えるに、子ども達には、もう、砂場で遊ぶ資格がないのです」
 大臣は厳しい声で言いました。
 王は眉を顰めて答えました。
「だが、大臣。子ども達がどうであれ、我らはやはり子ども達の夢から作られるもの。大人にはできないのだ。子ども達を砂場から追い払って、王国を作ることができようか」
「王よ、簡単なことです」
 大臣は胸を張りました。
「子ども一人、王国に閉じ込めれば良いのです。できるだけ夢の多い、できることなら一人ぼっちで遊ぶ子どもを。既に目安はつけてあります」
 ざわめいていた人々の中で、何人かが拍手をしました。王が再び首を振り、大臣に言いました。
「大臣よ。子どもは一人だけで生きているのではない。友達や家族、毎日暮らす日々があってこそ、生き生きと夢を紡げるのだ。この王国に閉じ込めて、子どもの夢は死なないものだろうか」
 その時です。
 ぐらぐらとお城が揺れました。街も人も揺れました。王と女王が不安そうに辺りを見回した途端、一人の家来が駆け込んできて言いました。
「王様、女王様、大変です」
「どうしたのか」
「街の外れのゴミ山が崩れました。また、そのせいで、街のあちこちに残っていたゴミが揺れ、都が壊れていっております」
「王よ、もうのんびりしておられません」
 家来のことばに、大臣はきっぱり言いました。
「選んだ子どもは、明日も公園にくるでしょう。王よ、私はこの都を守りたいのです」
 パチパチパチ。拍手が響きました。その拍手がどんどん大きくなっていくのに、王もとうとう頷きました。
「わかった、大臣。せめて、その子どもが苦しんだり悲しんだりすることがないように」
「わかっております」
 大臣は胸を張ってお辞儀をし、堂々とお城を出て行きました。
 次の日。
 久しぶりの雨が、砂場を深く濡らしました。もちろん、子ども達は砂場にやってきません。ところが、大臣が選んだ子どもだけは、雨の中をやってきました。
 黄色の雨合羽を着て黄色の長靴を履いたこの男の子に、どうして雨なのに外へ来たの、と尋ねれば、男の子はこう答えたことでしょう。
 だって、家の中に誰もいないもの。
 男の子の家は共働きです。お父さんもお母さんも、朝、男の子と一緒に家を出ます。男の子が学校にいる間も、男の子が家に帰ってからも、二人とも働いていて、夜の九時に遅い夕食が始まります。
 学校がお休みの時にも、二人共が仕事なので、男の子は一日をほとんど一人で過ごします。テレビゲームも飽きてしまいました。漫画も何度も読んだので、どこのページにどんな場面があるのか言うことができます。友達にはそれぞれに楽しい計画があるようで、電話をしても家に居る子は少ないのです。
 けれども公園に来ると、時々友達に会います。知らない子にも、まだ小さな赤ちゃんにも、ぼんやり座っている男の人やおしゃべりを続けている女の人にも会うのです。思ってもみないこと、いきなり口喧嘩が始まったり、木の枝が折れたり、公園の横を消防車が通ったりもします。それら全てを、男の子は楽しんでいたのです。
 けれども、さすがにこれだけたくさんの雨が降って来ると、公園に人はいなくなります。鳥もどこかに隠れているし、花も散ってしまいます。
 男の子はどこかしょんぼりとして、砂場の方へやって来ました。置き去られているオモチャでもないか。そんな目をして砂場を見つめた男の子は、ふいに大きく目を開きました。
 砂がむくむく動いています。
 雨に打たれて荒い粒が浮き出した砂が、もこもこ盛り上がっていくのです。
 男の子はそろそろと砂場に入りました。
 砂場に何かいるのでしょうか。首を傾げながら手を伸ばした男の子は、盛り上がった砂が山になり、その真ん中あたりにぼこりと穴が開くのにびっくりしました。
 穴はどうやらトンネルになっているようです。今まで何度も公園に来ましたが、こんなことがあったのは初めてです。
 男の子はトンネルの前にしゃがみ込み、中を覗き込みました。降りかかる雨を通して、少し遠くにもう一度見えるはずの雨の景色はありませんでした。何やらきらきら光る細かな粒が、トンネルの中いっぱいに詰まっています。
 男の子はどきどきする胸を、片手で抱え込みながら、もう片方の手をトンネルの中へ伸ばしました。
 トンネルの中はぼんやりと暖かでした。友達とトンネルを作り、両端から手を伸ばして、トンネルの中で手を繋ぎあった時のような暖かさでした。
 男の子は安心して、手を深く入れました。トンネルはかなり深く、肘まで入れても、肩まで入れても向こうへ手が出ません。男の子が不安になって手を引き抜こうとした途端、砂は男の子の足元を掬い上げました。トンネルが大きく大きく広がって、男の子の体をすっぽり包んで飲み込みます。くらくらと目が回って、男の子は眠りの中に落ちて行きました。
                                     
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