『segakiyui短編集』

segakiyui

文字の大きさ
76 / 148

『砂の王国』(2)

しおりを挟む
 砂の王国が目覚める夜がやって来ました。今夜の砂達は、男の子を抱きかかえて、ふくふくとした喜びを溜めています。いつもの夜より早く、いつもの夜より長く、砂の王国が残せるのです。
 ところが、どうしたことでしょう。
 男の子を抱え込んだ砂は、いつまでたっても王国の形を作りません。金色の光も満ちて来ないし、湧き上がるような塊も出て来ません。
 王になる前の砂が呟きました。
「どうしたことだ、大臣」
 大臣になる前の砂が答えました。
「わかりません、この雨のせいでしょうか」
「雨だからと言って、今まで王国が作れなかったことなどないぞ。それにこの雨、なぜにこれほど重いのだ」
 砂のままの王が呟き、その後は誰も答えませんでした。
 雨はずっと降り続きました。
 砂場は一度も乾きません。子どもは一人もやって来ません。砂の王国も、あの夜から作られません。
「これはただ事ではない。大臣、砂の外へ出掛けて、様子を見て参れ。このままでは、王国自体が死んでしまう」
 王はことばだけで呟きました。大臣はばらばらと崩れそうになる体をようやく幾つかの砂の塊にして、砂の面に浮かび上がりました。
 始めに大臣が見たのは、晴れ上がった青い空でした。ブランコや滑り台から、遊んでいる子どもの声も聞こえます。砂場だけが濡れていて、砂場だけ子どもたちがこないのです。
 大臣はふらふらしながら辺りを見回し、砂場の端で座り込んでいる女の人を見つけました。
 女の人は顔を伏せ、両手で口を押さえています。その目から大粒の涙が幾つも幾つも砂場に落ちて、渇こうとする砂を濡らしていくのです。
 大臣は驚き恐れて、王の元に帰って言いました。
「王よ、私が間違っておりました。砂を濡らしているのは母の涙、子どもを失った母親の祈りが、王国を作らせまいとしております」
「さもあろうよ。この雨が我らの夢を奪うのは、我らが母の夢を奪ったせいだ。早速に、あの子どもを帰してやるように」
 王は消えかけようとする声で、必死に命じました。大臣は慌てふためきながら、砂に包まれて眠っている男の子の側へ寄りました。けれども、大変です。大臣にも王にも、男の子を砂の上に押し上げる力が残っていません。
「ああ、困った。今度こそ、この王国もおしまいだ」
 大臣は呻きました。男の子が砂の中に居る限り、砂場に座り込んで泣いている母親の涙は止まらないでしょう。涙が止まらなければ、砂はどんどん重くなってくっつき合い、塊となって男のことを閉じ込めてしまいます。そうしてもっと母親は嘆き、砂はどんどん重くなり、王国はもう二度と作られなくなるでしょう。
 次第に身動きが取れなくなって来るのに、大臣は悲しみの声を上げました。
「ああ、誰か助けて、助けてくれ!」
 すると、その声が聞こえたのでしょうか。
 男の子がぴくりと体を動かしました。
 驚いた大臣が見守っていると、男の子はゆっくり目を開け、真っ暗な砂の中で小さく小さく呟きました。
「トンネル……」
 その途端、砂がざらざら動き始めました。男の子の前に、細いトンネルが現れ、やがてその周りが金色に輝き始めました。男の子の顔が金色の光に照らされて、誇らしげに笑っています。男の子は、今度ははっきりと言いました。
「トンネル!」
 砂はいよいよ激しく動き始めました。みるみる広がったトンネルが先へと繋がっていく中を、男の子は走り出しました。大きな声で叫びます。
「お母さん! ただいま!!」
 男の子は、見る間にトンネルを駆け抜けて、砂場の外へ出て行きました。それと一緒に、砂が明るく豊かな金色を帯びました。どんどん光を集めていく中、街がお城が、次々作られていきます。
 王と大臣がそれぞれの形を取り戻し、いつもより素晴らしい砂の王国が仕上がった時、二人は大きく溜息をついてお城の窓から外を眺めました。
 砂場からゆっくりと歩いて去って行く母親と男の子の姿が見えます。それと入れ替わるように、公園のあちらこちらから、急にできた砂の王国めがけて、子どもたちが駆け寄ってきます。
「昼間の公園は賑やかだな」
 王がぽつりと呟きました。
「あの子ども達はきっと、王国をめちゃくちゃにしますよ、王」
 大臣が答えて溜息をつきました。それを聞いた王は、くすくすと楽しげに笑って言いました。
「構わぬ、構わぬ。子ども達が砂に触れれば触れるほど、夢はたくさん蓄えられる。今の王国は壊されても、蓄えられた夢が今宵により美しく、見事な王国を作るだろう。我らの夢は、日ごと夜ごとに壊されては作られてこそ、いつも新しく美しい」
「けれど王よ、きっとゴミも増えますよ」
「ああ、だが、子ども達はいつかゴミさえ王国の材料としてくれるだろう。我らの及びもつかぬ想像と力で。あの男の子一人でも、王国の運命を決められるのだ」
 王のことばが終わるか終わらないかで、駆け寄ってきた最初の子どもが城の兵を踏み潰しました。
「ほうら……さあ、大臣、夜まで少し休むとしよう」
「はい、王よ」
 楽しそうに笑いながら、王は大臣に言いました。大臣は溜息をつきながら頷きました。二人は子ども達に潰される前に砂に戻り、子ども達が蓄えてくれる夢を待ちました。
 砂の王国は、今夜も一粒から作られます。そして、明け方、子ども達が来る遥か前に、最後の一粒まで元の砂に戻るのです。

                   終わり
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」

(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。 王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。 風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...