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『砂の王国』(2)
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砂の王国が目覚める夜がやって来ました。今夜の砂達は、男の子を抱きかかえて、ふくふくとした喜びを溜めています。いつもの夜より早く、いつもの夜より長く、砂の王国が残せるのです。
ところが、どうしたことでしょう。
男の子を抱え込んだ砂は、いつまでたっても王国の形を作りません。金色の光も満ちて来ないし、湧き上がるような塊も出て来ません。
王になる前の砂が呟きました。
「どうしたことだ、大臣」
大臣になる前の砂が答えました。
「わかりません、この雨のせいでしょうか」
「雨だからと言って、今まで王国が作れなかったことなどないぞ。それにこの雨、なぜにこれほど重いのだ」
砂のままの王が呟き、その後は誰も答えませんでした。
雨はずっと降り続きました。
砂場は一度も乾きません。子どもは一人もやって来ません。砂の王国も、あの夜から作られません。
「これはただ事ではない。大臣、砂の外へ出掛けて、様子を見て参れ。このままでは、王国自体が死んでしまう」
王はことばだけで呟きました。大臣はばらばらと崩れそうになる体をようやく幾つかの砂の塊にして、砂の面に浮かび上がりました。
始めに大臣が見たのは、晴れ上がった青い空でした。ブランコや滑り台から、遊んでいる子どもの声も聞こえます。砂場だけが濡れていて、砂場だけ子どもたちがこないのです。
大臣はふらふらしながら辺りを見回し、砂場の端で座り込んでいる女の人を見つけました。
女の人は顔を伏せ、両手で口を押さえています。その目から大粒の涙が幾つも幾つも砂場に落ちて、渇こうとする砂を濡らしていくのです。
大臣は驚き恐れて、王の元に帰って言いました。
「王よ、私が間違っておりました。砂を濡らしているのは母の涙、子どもを失った母親の祈りが、王国を作らせまいとしております」
「さもあろうよ。この雨が我らの夢を奪うのは、我らが母の夢を奪ったせいだ。早速に、あの子どもを帰してやるように」
王は消えかけようとする声で、必死に命じました。大臣は慌てふためきながら、砂に包まれて眠っている男の子の側へ寄りました。けれども、大変です。大臣にも王にも、男の子を砂の上に押し上げる力が残っていません。
「ああ、困った。今度こそ、この王国もおしまいだ」
大臣は呻きました。男の子が砂の中に居る限り、砂場に座り込んで泣いている母親の涙は止まらないでしょう。涙が止まらなければ、砂はどんどん重くなってくっつき合い、塊となって男のことを閉じ込めてしまいます。そうしてもっと母親は嘆き、砂はどんどん重くなり、王国はもう二度と作られなくなるでしょう。
次第に身動きが取れなくなって来るのに、大臣は悲しみの声を上げました。
「ああ、誰か助けて、助けてくれ!」
すると、その声が聞こえたのでしょうか。
男の子がぴくりと体を動かしました。
驚いた大臣が見守っていると、男の子はゆっくり目を開け、真っ暗な砂の中で小さく小さく呟きました。
「トンネル……」
その途端、砂がざらざら動き始めました。男の子の前に、細いトンネルが現れ、やがてその周りが金色に輝き始めました。男の子の顔が金色の光に照らされて、誇らしげに笑っています。男の子は、今度ははっきりと言いました。
「トンネル!」
砂はいよいよ激しく動き始めました。みるみる広がったトンネルが先へと繋がっていく中を、男の子は走り出しました。大きな声で叫びます。
「お母さん! ただいま!!」
男の子は、見る間にトンネルを駆け抜けて、砂場の外へ出て行きました。それと一緒に、砂が明るく豊かな金色を帯びました。どんどん光を集めていく中、街がお城が、次々作られていきます。
王と大臣がそれぞれの形を取り戻し、いつもより素晴らしい砂の王国が仕上がった時、二人は大きく溜息をついてお城の窓から外を眺めました。
砂場からゆっくりと歩いて去って行く母親と男の子の姿が見えます。それと入れ替わるように、公園のあちらこちらから、急にできた砂の王国めがけて、子どもたちが駆け寄ってきます。
「昼間の公園は賑やかだな」
王がぽつりと呟きました。
「あの子ども達はきっと、王国をめちゃくちゃにしますよ、王」
大臣が答えて溜息をつきました。それを聞いた王は、くすくすと楽しげに笑って言いました。
「構わぬ、構わぬ。子ども達が砂に触れれば触れるほど、夢はたくさん蓄えられる。今の王国は壊されても、蓄えられた夢が今宵により美しく、見事な王国を作るだろう。我らの夢は、日ごと夜ごとに壊されては作られてこそ、いつも新しく美しい」
「けれど王よ、きっとゴミも増えますよ」
「ああ、だが、子ども達はいつかゴミさえ王国の材料としてくれるだろう。我らの及びもつかぬ想像と力で。あの男の子一人でも、王国の運命を決められるのだ」
王のことばが終わるか終わらないかで、駆け寄ってきた最初の子どもが城の兵を踏み潰しました。
「ほうら……さあ、大臣、夜まで少し休むとしよう」
「はい、王よ」
楽しそうに笑いながら、王は大臣に言いました。大臣は溜息をつきながら頷きました。二人は子ども達に潰される前に砂に戻り、子ども達が蓄えてくれる夢を待ちました。
砂の王国は、今夜も一粒から作られます。そして、明け方、子ども達が来る遥か前に、最後の一粒まで元の砂に戻るのです。
終わり
ところが、どうしたことでしょう。
男の子を抱え込んだ砂は、いつまでたっても王国の形を作りません。金色の光も満ちて来ないし、湧き上がるような塊も出て来ません。
王になる前の砂が呟きました。
「どうしたことだ、大臣」
大臣になる前の砂が答えました。
「わかりません、この雨のせいでしょうか」
「雨だからと言って、今まで王国が作れなかったことなどないぞ。それにこの雨、なぜにこれほど重いのだ」
砂のままの王が呟き、その後は誰も答えませんでした。
雨はずっと降り続きました。
砂場は一度も乾きません。子どもは一人もやって来ません。砂の王国も、あの夜から作られません。
「これはただ事ではない。大臣、砂の外へ出掛けて、様子を見て参れ。このままでは、王国自体が死んでしまう」
王はことばだけで呟きました。大臣はばらばらと崩れそうになる体をようやく幾つかの砂の塊にして、砂の面に浮かび上がりました。
始めに大臣が見たのは、晴れ上がった青い空でした。ブランコや滑り台から、遊んでいる子どもの声も聞こえます。砂場だけが濡れていて、砂場だけ子どもたちがこないのです。
大臣はふらふらしながら辺りを見回し、砂場の端で座り込んでいる女の人を見つけました。
女の人は顔を伏せ、両手で口を押さえています。その目から大粒の涙が幾つも幾つも砂場に落ちて、渇こうとする砂を濡らしていくのです。
大臣は驚き恐れて、王の元に帰って言いました。
「王よ、私が間違っておりました。砂を濡らしているのは母の涙、子どもを失った母親の祈りが、王国を作らせまいとしております」
「さもあろうよ。この雨が我らの夢を奪うのは、我らが母の夢を奪ったせいだ。早速に、あの子どもを帰してやるように」
王は消えかけようとする声で、必死に命じました。大臣は慌てふためきながら、砂に包まれて眠っている男の子の側へ寄りました。けれども、大変です。大臣にも王にも、男の子を砂の上に押し上げる力が残っていません。
「ああ、困った。今度こそ、この王国もおしまいだ」
大臣は呻きました。男の子が砂の中に居る限り、砂場に座り込んで泣いている母親の涙は止まらないでしょう。涙が止まらなければ、砂はどんどん重くなってくっつき合い、塊となって男のことを閉じ込めてしまいます。そうしてもっと母親は嘆き、砂はどんどん重くなり、王国はもう二度と作られなくなるでしょう。
次第に身動きが取れなくなって来るのに、大臣は悲しみの声を上げました。
「ああ、誰か助けて、助けてくれ!」
すると、その声が聞こえたのでしょうか。
男の子がぴくりと体を動かしました。
驚いた大臣が見守っていると、男の子はゆっくり目を開け、真っ暗な砂の中で小さく小さく呟きました。
「トンネル……」
その途端、砂がざらざら動き始めました。男の子の前に、細いトンネルが現れ、やがてその周りが金色に輝き始めました。男の子の顔が金色の光に照らされて、誇らしげに笑っています。男の子は、今度ははっきりと言いました。
「トンネル!」
砂はいよいよ激しく動き始めました。みるみる広がったトンネルが先へと繋がっていく中を、男の子は走り出しました。大きな声で叫びます。
「お母さん! ただいま!!」
男の子は、見る間にトンネルを駆け抜けて、砂場の外へ出て行きました。それと一緒に、砂が明るく豊かな金色を帯びました。どんどん光を集めていく中、街がお城が、次々作られていきます。
王と大臣がそれぞれの形を取り戻し、いつもより素晴らしい砂の王国が仕上がった時、二人は大きく溜息をついてお城の窓から外を眺めました。
砂場からゆっくりと歩いて去って行く母親と男の子の姿が見えます。それと入れ替わるように、公園のあちらこちらから、急にできた砂の王国めがけて、子どもたちが駆け寄ってきます。
「昼間の公園は賑やかだな」
王がぽつりと呟きました。
「あの子ども達はきっと、王国をめちゃくちゃにしますよ、王」
大臣が答えて溜息をつきました。それを聞いた王は、くすくすと楽しげに笑って言いました。
「構わぬ、構わぬ。子ども達が砂に触れれば触れるほど、夢はたくさん蓄えられる。今の王国は壊されても、蓄えられた夢が今宵により美しく、見事な王国を作るだろう。我らの夢は、日ごと夜ごとに壊されては作られてこそ、いつも新しく美しい」
「けれど王よ、きっとゴミも増えますよ」
「ああ、だが、子ども達はいつかゴミさえ王国の材料としてくれるだろう。我らの及びもつかぬ想像と力で。あの男の子一人でも、王国の運命を決められるのだ」
王のことばが終わるか終わらないかで、駆け寄ってきた最初の子どもが城の兵を踏み潰しました。
「ほうら……さあ、大臣、夜まで少し休むとしよう」
「はい、王よ」
楽しそうに笑いながら、王は大臣に言いました。大臣は溜息をつきながら頷きました。二人は子ども達に潰される前に砂に戻り、子ども達が蓄えてくれる夢を待ちました。
砂の王国は、今夜も一粒から作られます。そして、明け方、子ども達が来る遥か前に、最後の一粒まで元の砂に戻るのです。
終わり
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