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SSS86『ブックカード』
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「ふさちゃん! やえちゃんが!」
「えっ」
姉が逝ったことを知らされた私の手から本が落ちました。図書館で見つけた藍色の表紙の本に、なぜか強烈に魅かれて立ち寄った私、一人で帰った姉、そして突然の交通事故。
私はその本を憎みました。
姉と私は一卵性双生児、生まれた時から一緒、同じ顔、同じ気性のもう一人の私、私の分身。姉は私が助けを求めれば、どんなに遠く離れていても私の声が聞こえると笑っていました。そして、私も姉の声をどこにいても聞くことができたのです。なのに、どうしたというのでしょう、今度ばかりはほんの一瞬も姉の声が聞こえなかった。きっと私はあの美しい藍色の本に心を奪われ、助けを求める姉の声を聞かなかったのです。ああ、あの本さえなければ! 私は姉が逝ってからも図書館に通いましたが、あの藍色表紙の本だけは手に取ろうとはしませんでした。本当は読みたくて読みたくてたまらなかったのですが、姉を奪った本だと思うとどうしても読めませんでした。
そんな私を悲しんだのでしょうか。ある日、私は借りた本のブックカードに姉の名前を見つけました。丸っこい幼い字、ずいぶん前に読んだと見えます。私は不思議な感動で胸がいっぱいになりました。姉の跡を辿って行けるような、そしていつか姉に再び会えるような気がしたのです。それから私は、借りた本のブックカードをいつも詳細に調べることにしました。同じ考え、同じ好み、さまざまな時期に姉は私の前に本を借りていました。
やがて私は、ただ姉の書いたブックカードのみを追うようになっていました。姉の名前のあるブックカードを探し求めて、館員の人に日誌や貸出記録まで見せてもらいました。そしてついに、姉の読んだ最後の本、姉が事故に遭うわずか2日前の本にまで、たどり着いたのです。
けれど…何ということでしょう。その本、『海へ』という優しげな、タイトルの響きも快いその本は、あの藍色の表紙の本だったのです。私は竦むような思いで、本を手に取りました。凍てつく指でページを捲ると、そこに小さな水色の栞が挟んでありました。その栞には、あの姉の丸っこい字で、
『海よ、あなたは優しいから
私の愛しい人を愛して下さい』
一瞬に目の前が開けたようでした。裏表紙の小さなポケットに入った、同じく水色のブックカードに姉の名、同じ字が栞の中から話しかけていたのです。それでも依怙地な私は、目の前の海にわざわざ霧のヴェールをかけて、首を振りました。いいえ、いいえ、私は許されるはずがない!
と、その時、ブックカードの水色の奥が一瞬きらりと輝き、姉の名前を書いた万年筆の紺色がぐるりと私を取り巻きました。あっと声を上げる間もなく、透き通るような渦に巻かれ、私はただひたすらに青い世界にいました。水色、青水色、青色、青緑色……見える限りのあお色。遠い隅から囁きが……囁きが。……私、あの子好きなの、だから悲しませないでやってちょうだい………、ああ、あれはやはり姉の声なのでしょうか。あおい、あおい、私までもがあおい。それではこの本も、あなたの死の瞬間を見せまいと私を引き留めた、あなたの思いやりだったのでしょうか、姉さん。問いかける私の頬に流れたのは涙……拭き取っていってくれたのは、海の姿を借りた姉の指先……。
「…ちゃん、ふさちゃん!」
はっと我に返った私は、ずっと呼んでいたらしい友人にようやく気がつきました。
「どうしたの、夢を見てたみたい」
「うん…海に…酔ってたの…」
「海って、そのブックカード?」
「え?」
気づいてみれば、あの藍色の表紙の本はなく、私は水色のブックカードだけを持っていました。ふと、あの本は、姉の想いが作った本かも知れないと、そんな気がしました。
終わり
「えっ」
姉が逝ったことを知らされた私の手から本が落ちました。図書館で見つけた藍色の表紙の本に、なぜか強烈に魅かれて立ち寄った私、一人で帰った姉、そして突然の交通事故。
私はその本を憎みました。
姉と私は一卵性双生児、生まれた時から一緒、同じ顔、同じ気性のもう一人の私、私の分身。姉は私が助けを求めれば、どんなに遠く離れていても私の声が聞こえると笑っていました。そして、私も姉の声をどこにいても聞くことができたのです。なのに、どうしたというのでしょう、今度ばかりはほんの一瞬も姉の声が聞こえなかった。きっと私はあの美しい藍色の本に心を奪われ、助けを求める姉の声を聞かなかったのです。ああ、あの本さえなければ! 私は姉が逝ってからも図書館に通いましたが、あの藍色表紙の本だけは手に取ろうとはしませんでした。本当は読みたくて読みたくてたまらなかったのですが、姉を奪った本だと思うとどうしても読めませんでした。
そんな私を悲しんだのでしょうか。ある日、私は借りた本のブックカードに姉の名前を見つけました。丸っこい幼い字、ずいぶん前に読んだと見えます。私は不思議な感動で胸がいっぱいになりました。姉の跡を辿って行けるような、そしていつか姉に再び会えるような気がしたのです。それから私は、借りた本のブックカードをいつも詳細に調べることにしました。同じ考え、同じ好み、さまざまな時期に姉は私の前に本を借りていました。
やがて私は、ただ姉の書いたブックカードのみを追うようになっていました。姉の名前のあるブックカードを探し求めて、館員の人に日誌や貸出記録まで見せてもらいました。そしてついに、姉の読んだ最後の本、姉が事故に遭うわずか2日前の本にまで、たどり着いたのです。
けれど…何ということでしょう。その本、『海へ』という優しげな、タイトルの響きも快いその本は、あの藍色の表紙の本だったのです。私は竦むような思いで、本を手に取りました。凍てつく指でページを捲ると、そこに小さな水色の栞が挟んでありました。その栞には、あの姉の丸っこい字で、
『海よ、あなたは優しいから
私の愛しい人を愛して下さい』
一瞬に目の前が開けたようでした。裏表紙の小さなポケットに入った、同じく水色のブックカードに姉の名、同じ字が栞の中から話しかけていたのです。それでも依怙地な私は、目の前の海にわざわざ霧のヴェールをかけて、首を振りました。いいえ、いいえ、私は許されるはずがない!
と、その時、ブックカードの水色の奥が一瞬きらりと輝き、姉の名前を書いた万年筆の紺色がぐるりと私を取り巻きました。あっと声を上げる間もなく、透き通るような渦に巻かれ、私はただひたすらに青い世界にいました。水色、青水色、青色、青緑色……見える限りのあお色。遠い隅から囁きが……囁きが。……私、あの子好きなの、だから悲しませないでやってちょうだい………、ああ、あれはやはり姉の声なのでしょうか。あおい、あおい、私までもがあおい。それではこの本も、あなたの死の瞬間を見せまいと私を引き留めた、あなたの思いやりだったのでしょうか、姉さん。問いかける私の頬に流れたのは涙……拭き取っていってくれたのは、海の姿を借りた姉の指先……。
「…ちゃん、ふさちゃん!」
はっと我に返った私は、ずっと呼んでいたらしい友人にようやく気がつきました。
「どうしたの、夢を見てたみたい」
「うん…海に…酔ってたの…」
「海って、そのブックカード?」
「え?」
気づいてみれば、あの藍色の表紙の本はなく、私は水色のブックカードだけを持っていました。ふと、あの本は、姉の想いが作った本かも知れないと、そんな気がしました。
終わり
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