『segakiyui短編集』

segakiyui

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SSS98『宇宙の記憶』(3)

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(ひどいじゃない、ずるいじゃない、セコイじゃない)
『だからさあ、早くお前には伝えてやろうと思ってたのに、お前は全然聞かないし」
 ベッドの上で不貞腐れて胡座をかいている兄は、ソファに埋まり込んでいる舞に吐息した。
「だからって、どうしてそんな大切な事を、真っ先に恋人に教えてくれないのよっ」
(八つ当たりだ)
 答えながら、舞は写真立ての俊の笑顔を睨みつける。
 俊は。
 本当ならば、俊は、巻き込まれた事故で死んでいるはずだった。体の半分近くがぐしゃぐしゃになり、諦めるしかないというところで、シーノの医科学者が俊を助けようと申し出てくれた。幸に一命を取り留めたものの、俊の体の半分以上はシーノで作られた生体臓器移植によって代用されていた。
「俊は移植後、3日ぐらいで能力の飛躍的な増大を報告していたそうだ。A級テレパスでありながら、5kg以下のものならテレキネシスで動かせたし、短距離ならテレポートもできるようになったと言っていた」
「でも、それだけじゃなかった…わけだ」
「ああ」
 いつの頃からか、俊は強烈な衝動を感じるようになった。一人、じっと夜空を見上げている時などに、ただ『帰りたい』と激しい思いに駆られるようになった。それを、俊は、自分に移植された体がシーノαに帰りたがっている、そう訴えた。額にシーノ人の特徴である、真紅の宝石じみた光沢を讃える組織が現れてくると、俊は本格的にシーノαに帰ろうと考え始めた。
「今度、第二次探索隊がシーノαに向かうんだ。普通なら、第一次に参加したA級テレパスは使わないんだが、俊が希望しているし、それにできる限り慣れたテレパスの方がいいって言うんで…」
「慣れたテレパスって……危ない任務なの?」
「う…ん」
 兄はことばを渋った。ジロリと睨め付ける舞の目に狼狽えて、急いでことばを継ぐ。
「いや、でも俊ぐらいのA級テレパスなら大丈夫だろうって長官が」
「どんな仕事?」
 舞は遮った。不安が広がる。
「ああ、うん。シーノαには微弱な精神波を出す動物が居て、ジャルノと言うんだが、こいつが少々厄介なんだ。シーノ人にはたいした影響はないんだが、地球人が長時間こいつの精神波を受けていると、ノイローゼ気味になってくるんだ、それで」
「バリャー?!」
 がばっと立ち上がった舞に、兄がぎくりとする。
「あ、ああ」
「俊一人に張らせようって言うの?!」
「あ、まあ」
「バリャー張るのがどれだけ大変か、知らないわけじゃないでしょう?!」
「いや、だから能力が増えた俊を……おい! 何処へ行くんだ!」
「止めてくる! そんなの、いくら俊がA級テレパスだって無理だもん!」
「止めてくるって……おい! 30分後には発進予定…」
 続くことばを無視して、舞は部屋を飛び出した。エレベーターを待つのももどかしく、階段を駆け降り、居住区を飛び出す。
「おーい、舞!」
 走る舞の頭上から声が降って来る。
「俊がお前に謝っておいてくれって! 1年待たせたのに、すまないって!!」
(だからどうしたって言うのよ!)
 舞は高速ムービング・ロードに飛び乗った。
(謝ってもらっても仕方ないじゃない)
 唇を噛み締める。舞がどうして父母の居ないKドームに一人で住むのに耐えられたと思っているのだろう、あの男は。
 ムービング・ロードの上を走る舞を周囲の人間が奇異の目で見ている。滲んでくる視界を首を振って振り払いながら、初めて俊と会った時のことを思い出す。
『君が舞ちゃんだね。僕、大野俊、君より三つ年上だよ』
 確かに俊はそう言った。耳の奥底に、今でも揺蕩うように優しい響き。
 たった8歳で父母と離されて、不安だった舞を、11歳にして既にA級テレパスだった俊は、穏やかに慰めてくれた。決して永久に会えないわけじゃないこと、能力がわかり、安定しさえすれば、いつでも会えることなどを、少年とはとても思えぬ落ち着きで舞に話してくれた。
 いつだったか、Kドームに殺人犯が紛れ込み、探索にB級以上のテレパスが全員駆り出されたことがあった。A級テレパスは1人、B級テレパスは2~3人組で、ドーム内をパトロールしていた時、どうした弾みか、舞はいつの間にか1人になっていた。どうしたらいいのか不安になりながら、それでも殺人犯の意識追跡(トレース)をしていた舞の心に、不意に同調した意識構造そっくりなものが掠めた。ぎょっとして立ち竦む舞の前に、角を曲がってきた男が同じように立ち竦み、一瞬後に舞の胸の記章に気づいて、掴みかかってきた。テレパシーと音声とで 悲鳴を上げて逃げ回る舞の首に殺人犯の手が届く。もうだめだ、と思った瞬間、舞と殺人犯の間に飛び込んできた人影があった。「舞ちゃん、逃げるんだ!」。一声叫んで殺人犯に向き直ったのは俊、自分に狙いを変えて襲いかかる殺人犯を睨み据える。次の一瞬に周囲を満たした精神波に、舞は必死になって遮断(ブロック)を試み、A級テレパスの所以を思い知らされた。目の前でくず折れた殺人犯を恐る恐る見つめる舞に、俊はゆっくりと振り返っていつもの穏やかな笑みを見せたものだ。「大丈夫だった、舞ちゃん?」
 テストの時も事件の時も、俊にとっては取るに足らない悩みを訴えた時も、いつもどれほどその笑みに助けられてきたことか。
(どうして今になって置いて行くのよ!!)
 轟音が響いた気がした。ムービング・ロードで立ち止まる。少し先の宇宙港から浮き上がっていく船を認める。俊が乗っているはずの船だ。じっと見つめて、舞は唇を引き結んだ。くるりと向きを変え、逆方向のムービング・ロードの上に足を運んだ。

「…舞」
「ただいま」
 まだ部屋に居た兄を一瞥して、舞はスーツケースを引っ張り出した。呆気に取られている兄に背を向け、T・Cに向き直る。幾つかの確認と予約、料金が引き落とされても貯金には十分余裕がある。大事に貯めていた俊との新生活支度金だ。
「おい、舞、お前まさか…」
「私、悲劇(アンハッピィ)って大嫌いなの」
 淡々と宣言して、旅に必要なものをスーツケースに詰め込む。
「トスカからじゃしばらく船は出ないけど、1時間後にテート行きの船があるの。そいでもって、テートから3日後にシーノαへ船が出るんだって」
「舞、お前」
「んしょっ」
 舞は愛用のクマさんぬいぐるみもスーツケースに押し込んだ。部屋の中を一通り見渡し、ぴたりと兄に視線を止める。
「兄さん」
 にっこりと舞が笑うのに、兄はぞくりと身を強張らせた。舞がこういう風に笑う時、禄なことがないのを身内だけによく知っている。そして、その予感は正しい。
「長官と父さん達によろしくね」
「舞、シーノαはまだ安全じゃないし、航路だって」
「俊が連れてってくれないなら、追っかけるしかないもん、そうでしょ、兄さん」
「そうでしょって、お前」
「おやすみなさい、兄さん」
 たぶん、舞の目はきらりと光っただろう。凝視していた兄がびくりと震えて、やがて眠そうに目を閉じてクタクタと崩れるのに、にっこり笑う。
「B級テレパスだって、これぐらいはできるもんね。追いかけられちゃ、困るの」
 さっきのテート行きのどうのも、実は事実ではない。1時間後に出るのはチラルへの船、そこからマグドシラ、レフルと渡って、イグラルスから2日後にシーノαへの第二次探索隊への物資輸送船が出る。物資だけではなくて、多少の追加人員を送り込むのも確認済だ。
 スーツケースを持ち上げ部屋を出ていく。宇宙港へのムービング・ロードに乗り、胸を張って宇宙に向かって指を上げ、宣言する。
「絶対捕まえるからね、俊! だって私、意識追跡(トレース)だけはA級だもん!」

                      終わり
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