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13
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我は傷みを抱えるもの
魔を滅し
闇を裂き
紅蓮の炎をあげるもの
幼子を葬り
老人を見送り
命ある全てのものに
その終焉を教えるもの
よって立つその場所に
永遠を約束するがゆえに
全ての誓いと願いから
時間と運命を奪うもの
我は究極の支配者
存在を許された
ただ一つの光
人は我を真実と呼ぶ
13
がくっ、と震えた中谷の体を大月はしっかりと支えた。
「自尊心を砕けばいいんです」
目がハンディカメラのレンズから離せない。
「プライドが高い人間を壊すのは簡単です。たとえば性的に暴行を加えれば……半分はだめになる」
体が痙攣した。
「けれどね、あなたみたいにプライドも何にも残ってない人を壊すのは、ちょっと難しい」
くすり、と耳元で息を吹き掛けながら笑われた。
「性的にいたぶっても快楽でごまかしますからね。暴力だって記憶を飛ばしてしまう。どれほど惨めな思いをさせても、そのときは仕方なかったんだと言い訳できる」
遊ぶように、ぴちゃりと手で水を胸にかけられて、震えがまた酷くなった。
「ましてや、生きてても仕方ないと思ってる人間は……そうそう壊せるもんじゃないんですよ。もう壊れてますからね?」
ふいに、止まっていたシャワーを開けられて、強い水流を下半身に当てられた。
「……っ……っ……!」
がく、がく、と跳ねる体を押さえつけられ、下腹部に温いものが吹き上がる。大月が微かに笑って、中谷はきつく噛みしめた口元に汗でも水でもないものが滑り落ちてくるのを感じた。目的は達したというように、大月が再びシャワーを止める。
「なら、どうやって壊すか。一番簡単で効率よく人を壊せるのは『戦争』なんですが」
角の喫茶店に新しいメニューが増えていたよ、と言うようなさりげない口調だった。
「手間暇をかければ、それなりにうまく壊せますよ……そうですね……人として扱って……大事なものが何か教えて」
大月は優しい声で続けた。
「それから、その大事なものが、傷つくことを知らせるんです、自分のせいでね」
中谷は乱れた呼吸のまま、のろのろと大月を見上げた。その顎を掴んで、大月は中谷の顔をゆっくりとカメラに向け直す。
「あのカメラはあなたがどれほど酷い目に合ったのか、笙子さんに教えるんですよ」
「……っ」
体が強ばり、視界が潤んで歪んだ。その顔を微笑みながら見返して、大月は中谷を浴槽に降ろした。ざぶりと耳元近くまで水が浸し、慌てて顔を持ち上げる。もがく中谷を横目に、大月はシャワーヘッドを中谷の頭上にセットして、栓を捻る。
ぽとん。
「ぅあっ!」
まっすぐに落ちてきた水滴が中谷の額を打ち、思わず声を上げた。
「中国では昔こういう拷問があったそうです」
大月は嬉しそうにつぶやいた。震えるような長い吐息を漏らす。
「あなたが悲鳴をあげるたび、あなたが助けを求めるたび、笙子さんは自分の無力を思い知る。あなたがゆっくり壊れていくのを見て、きっと自分を呪いますよ」
「な……んで…っ」
「はい?」
「なんで……そこまで……笙子を……」
「愛しい人を奪ったからです」
大月の声から感情が抜け落ちた。
「越智美重子……彼女の母親……私の子どもを宿しててくれたんですが」
笙子の母親には愛人がいた。その愛人との間に子どもができていて、笙子の歌を聞いて母親は追いつめられ、命を絶った。
「あんた……がっ」
ぽとん。
「……っっっ」
何とか声を噛み殺し、仰け反るだけで震えを堪える。
だが、長くはもたない、と中谷は感じた。
胸の奥に暗い海が広がりつつある。夜光虫の揺れる海。
押し寄せる波の音が心臓の鼓動を呑み込み始める。体の震えが酷くなる。
「それに、あなたの声……悲鳴と叫び声は『ソシアル・リボリューション』の完成に必要です。絶望と、嘆きと、傷みを背負った声……生身の声が」
「おお……つきっ……」
一体『ソシアル』で何を企んでるんだ、という問いは声にならなかったが、相手は確実に中谷の意志を読み取った。
「ヒットラーがワーグナーを使ったのは知っているでしょう?」
大月が目を細めて笑った。
「戦意高揚のため、団結を固め、自分のしていることに誇りを持たせ、世界にとって正しいことをしているんだと信じさせるために使った音楽ですよ」
浴槽に腰かけて、ちらりとカメラを振り返った。
「人をほんとに壊すっていうことは自由意志を奪うことじゃない。自由意志で寸分の疑いもなしに服従させることです。自分の意志で快感を持って支配者の意志を全うすること、それが『正しい』と信じて死に臨ませること……幸福な人生だと思いませんか」
全身の震えがもう止まらなかった。
「私は誰が支配者になろうと構わない」
淡々とした声が続ける。
「私は見たいだけです、人がどこまで集団の歯車に落ちるのか」
くるりと中谷を振り返った目が楽しそうだった。
「そのためにもあなたが必要です。あなたの、苦悶に満ちた声が」
ぽとん。
今度の一滴は背けた首筋にあたって跳ねた。
「……ぁっ」
堪えそこねて悲鳴を上げ、中谷は跳ね上がる。刺激を忘れたころに落ちてくる水滴、落ちてくることだけではなく、落ちてくるかもしれない無音の時間にも体が竦む。緊張が続く神経はささくれだって見る間に疲弊してくる。
大月が笑みを含んで囁いた。
「あなたが未来永劫、笙子さんを苦しめることが、もうわかりましたよね?」
中谷は強く息を引いた。
(俺が、未来永劫、笙子を)
支えてきた気持ちが一気に崩れ落ちた。
意識は闇の中にある。
たゆたゆと揺れる記憶の海を漂いながら、幾つもの分岐点が指し示される。
たとえば高岡に納得できないと告げたこと。
たとえば笙子を追いかけたこと。
たとえば『大月シンフォニア』を受診したこと。
たとえば田尾を逃がしたこと。
たとえば『ソシアル』を聴いたこと。
たとえば……深雪の死に疑問を抱いてしまったこと。
もし、深雪の死を自殺だと受け入れて、笙子に近づくこともなく、両親に反発せずに、不安も怒りも押し殺して、ただ日々を耐えて生き延びていたのなら、こんなことにはならなかったのだろうか。
あの風呂場で。
母親に貪られて。
快楽に溺れて。
そうやって、いれば。
コレは違う。
何かが違う。
そんなことは気づかなかったふりをして。
体を震わせて、涙を零して、俯いて、それでも暴走する立ち上がったものの感覚に怯えて。
果てしない罪悪感。
濡れた髪から、濡れた頬から、濡れたそれから雫は落ちる。
罪の代償を、支払え。
ぽとん。
ずいぶん長い間意識を失っていたのだろう。
凍りつくような寒さで目覚める。がたがた震えていて、歯の根が合わない。
「あ……あああっ」
目を開いたとたん、シャワーヘッドからきらきら光るものが落ちてきて、中谷は悲鳴を上げた。
ぽとん。
「ぐ……っ」
身をよじる。だが両腕は固定されて下敷きになって感覚がない。必死に体を反らせたのがよかったのか、体に当たる水滴の感触はなかった。
(でも、次のがくる)
怯えて見上げれば、潤んで揺らめく視界にまたつるつると膨れ上がる銀の雫。
(く、るっ!)
ぽとん。
「うぁあっ」
今度はよじって逃げ切れなかった体に確実に滴り落ちた。右肩の先に鋭い針を打ち込まれたような傷み、仰け反りながら声をあげる。
もがくとばしゃんと体が水に揺れて、危うく顔が沈みかけた。
「いやだ………ぁああっ」
突っ張る脚が滑り、ざぶ、とまた水に沈む。
その間にも容赦なく水滴が。
ぽとん。
「わぁっ」
体が跳ね上がって浴槽にぶつかった。その打撲の痛みよりも何よりも、次の雫の恐怖が勝る。
中途半端に緩められた栓の隙間を伝って、繰り返し落ち続けてくる針、記憶の奥から傷みと恐怖を引きずり出しながら。
視界にはいないが、大月がどこかで見ているのだろうか。いや、大月がいなくても、あのカメラのレンズが、もがく中谷を、あげる悲鳴を、静かに記録し続けているのだ。
(いつ、まで)
きっと、中谷がもう、反応できなくなる、まで。
怖い。
怖い。
どこまで続くのかわからない責め苦。
「うっ……うっ」
びくっ、びくっ、と体が動く。力を込めて歯を食いしばってもひきつけるのが止められない。固く目を閉じ、光る粒を見ないようにする。
けれど神経は尖って鋭く落ちてくる気配を感じ取る。
「くぅっ」
こめかみを穿たれる。
意識がまた吹き飛ぶ。
夜光虫の浜にいる。
夜の海は遠くて深い。
揺らめく青白い曲線が中谷の足下を浸し、中谷は飛び退って逃げる。
走って、走って。
けれど波は、果てしなく中谷を追い掛ける。
中谷の正気と狂気の境を侵食し続ける。
呼吸を荒げて、崩れる砂を蹴りつけて、手を前方へ差し出して、逃げる、逃げ続けるのに。
「あああ!」
波が覆いかぶさって、そのぎらぎらする触手で中谷を水底へ引きずり込む。
ぽとん。
「あっっ……」
覚醒した瞬間に体が跳ねた。
ぽとん。
「ひぃっ」
また、跳ねる。
ぽとん。
「こわ……れ……」
跳ねる。
がく、と仰け反ったとたんに、強く頭を打った。
一瞬感覚が鈍る。
それを救いにがん、と今度は自分から頭を打ちつけた。
まだ体が震えているのがわかる。
もう一度。
強く、とても強く。
闇。
暗転。
けれど、一瞬でしかない。
ぽとん。
「…っ!」
頭を打ちつける。
ぽとん。
「っっ!……っ!」
もっと強く。
何度も、何度も。
ぽとん。
もっと強く。
がき、と嫌な音がして、鼻の奥が痛くなる。
動けない。
ぽとん。
びくりと体が跳ね、水を散らす。
声が出ない。
見上げた視界に白いシャワーヘッド。
ぽとん。
また跳ねる。もう痙攣に近い。
瞬きして、それでも意識を失えなくて。
身体だけが覚えのある感覚を追う。
熱に揺らめく視界。
遠くに光る銀色の機械を見る。
ぽとん。
体を硬直させながら、そのレンズが見ているものを思った。
マンションの狭苦しい浴槽で水音に反応してびくびくと跳ね回る、死にかけた魚のような一人の男。
濡れそぼり、虚ろな目をして、体を痙攣させながら、無気味なおもちゃのように。
異様に静かな空気。
きりきりと引き絞って、耳が、痛い。
このまま、死ぬのかも、しれない。
それはあの日の感覚。
このまま、意識が消えてしまって。
ぽとん。
身体が震える。
喜びに?
恐れに?
我を失う、衝撃に。
ぽとん。
いく。
どこかに、いってしまう。
身体が、心が。
それは、死と重なっていたのだと気づく。
子ども時代の死。
無防備で安全だった世界の終わり。
「あ、ああっ」
甦るのは背中合わせの快楽。
中谷は熱い息を吐いて震えながら背中を逸らせる。
ぽとん。
また少し、気を失っていたのかもしれない。
「あ……」
体が水音に反応して痙攣したのに、ふいに何かどこかが違う気がした。
かたかた震えながら、合間に身体をひくつかせて、上を見上げる。
「ふ…?」
シャワーヘッドから水が落ちてきていない。
いつの間に。
いつから。
ぽとん。
びくっ、と、身体はまた勝手に跳ねた。
自分のものとは思えない固まった腕を浴槽にぶつける。
だが、痛みはもう感じない。
もう一度、叶わぬ願いを込めて、シャワーヘッドを見上げる。
だが、そこはむしろ乾いている。
水滴一つ、ついていない。
「あ………」
視界が滲んで歪んだ。呼吸が一気に乱れていく。
なら、一体、この音は。
ぽとん。
「はっ……は……っは」
空回りする思考。
冷えた水に浸かった身体が今度はいぶされるように熱くなっていく。
胸が苦しい。
呼吸ができない。
絶望とともに甦ったのは、『ソシアル』。
けれど、中谷は今耳を塞ぐ術はない。
「ひ……ぅ……」
掠れた声が漏れる。
「も……」
やめて、くれ。
頬が、濡れる。
ぽとん。
がくっ、がくがくがくがくっと立て続けに痙攣が襲った。
「あ、あっ…」
悲鳴が遠い。意識が千切れ飛んでいく。
とめて。
ぽとん。
「はっ…っっ」
とめて。
声にならない。
跳ね上がる身体が押さえ切れない。
ぽとん。
とめて。
浴槽のあちこちにぶつかった顔が、中谷の漏らした様々なものが混じった水の中に滑り込んでいく。
「あっ……あっ……あふっ」
とめて。
息をつめることさえできずに、大きく目を見開いたまま激しく震える。
迫る水。
ぽとん。
迫る『水音』。
とめて。
「はっ……ああっ…」
闇が中谷を蹂躙する。
喘ぐ口に、水が。
「中谷ッッ!!」
いきなり強い力で抱え起こされた。衝撃に体が反応して、勝手に何度も痙攣する。
「…………ぁ」
開いた口から微かに漏れた声に、がしっと体が抱き込まれた。背中で縛られていた手が外される。だが腕は痺れて垂れ下がったままだ。薬がまだ残っているのか、それとも水で冷えきったのか、体に力が入らない。
ぎゅ、と強く温かなものに押しつけられ、微かに息をつく。
「しっかりしろっ! 中谷っ!中谷っ!」
きりきりと絞り込んでくるような声が何度も中谷を呼ぶ。
「くそおっ!」
ぎり、と何かを擦りあわせるような音が響いて、がしがしがしと背中と腕が摩られた。
「中谷っ!!」
尖って鼓膜を突き通しそうな声がようやく誰のものかわかった。
「キ……ィ……」
ぽとん。
「は…っ」
安堵感に一瞬気を失いそうになったが、水音が高く響いて仰け反った。腕から中谷の身体がこぼれそうになったのか、相手が力を込めて引き戻す。
視界がぼやけて歪んでいる。せわしなく繰り返す呼吸に抱き込まれた胸が苦しい。
「キィ…」
凄まじい勢いで打っている心臓の音で、ことばが消されてしまいそうだ。
「……『ソシ……アル』……とめ……て」
それでも必死に声を絞り出すと、刺激になったのか、びくっとまた体が勝手に跳ねた。
「『ソシアル』?」
キィの声が訝しげな響きを宿す。
「何も鳴ってないぞ」
「…え…?」
理解できなかった。
ぽとん。
水音がはっきり響く。
「あぅ」
条件反射のように、体が大きく跳ねた。
(じゃあ、これは…?)
「中谷?」
また激しく震えだした中谷をキィが押さえつけるように抱え込んできた。
「おい? 中谷?」
声が不安そうに揺れる。
「どうしたんだ、中谷」
その声が耳を通り過ぎて虚空に散っていき、意味のあるものに聞こえない。
聞こえるのはただ。
(この、『水音』は)
ぽとん。
「くぅ……っ」
「中谷? おい、どうした! しっかりしろっ」
既に体はもう、中谷の意志には従わなかった。ただひたすら、響く『水音』に反応し、仰け反って跳ねる。
跳ねて硬直するたびに、胸が締めつけられ、呼吸が止まった。次第に熱くなってくる頭、視界に揺れる光景が意味を為さずに崩れ始める。
『ソシアル』は鳴っていない。
けれど、水音は聞こえ続けている。
ならば、それは。
(俺の、中の)
「ひっ……く」
理解と同時に引きつけて喉が詰まった。
身もがいて首を振る。
息が、できない。
「中谷っ」
ぽとん。
水音が、聞こえる。
「く、あ……ああっ」
悲鳴を上げた。
詰まった喉を破るぐらいに。
「あああああっ」
その声で、もう一つの音が遮られるのを期待するように。
だが、それは虚しかった。
悲鳴より遥かにくっきりと、滴る水音は中谷の耳に突き刺さる。
ぽ、と、ん。
「うあああっ」
「中谷! 中谷っ!」
体内に響く『水音』がみるみる大音量で鳴り響いていく。
耳を圧する轟音。
中谷は痙攣を繰り返しながら痺れた腕で必死に相手にすがりついた。
「きぃ………っ……」
ぽと、んっ。ぽとっ。
「何だっ」
「……止まら……っ……ねえ………っ」
自分の声が聞こえない。
ぽとっ、ぽとんっ。
(おしまいだ)
思考を砕く音に身悶えしながら呻く。
「うぅっ」
びくびくっ、と大きな震えが身体を走った。下腹部で弾けた温みが張りついたスラックスの内側を確かな質量をもってだらだらと滑り落ちていく。
「中っ…」
キィの体がぎくりと強ばった。
「おい!」
ぽと、ぽとっ、ぽ、ぽたっ。
「中谷っ!」
わずかに繋ぎ止めていた正気が一気に切れていく。
(……もた…ねえ……)
明滅する意識に微かに浮かび上がった映像を追う。
(笙、子)
口を開いて空気を求めた。
焼き切れる寸前の神経を、ほんの少しでももたせるために。
これでもう終わりなら。
中谷にできる最後のことは。
ぽた、ぽたっ、ぽたたっ。
「か…めら……」
「何っ?」
研いだ刃物のような声が浴室に反響した。
「カメラっ?」
ぽたたっ。ぽたたたたっ。
「まわ……てる……」
「シットッ!」
きつい破裂音が耳元で響いて、また体が跳ねた。
「とめ……るな……っ」
息が苦しい。頭が痛い。体が重い。
ぽたたたた……ぽたたたた…。
「お……とせ…」
「何だと?」
「……それで……『ソシアル』……落とせ…………」
「!」
中谷を抱えたキィの腕がぶるっと震えて力がこもった。
ことばがどんどん頭から消え去っていく。水音に反応して痙攣し続ける体を堪えながら、中谷は必死にことばを絞った。
「……ぜんぶ………にせもの…でも……俺………狂うの………ほんもの……だから……」
「なに……」
手から力が抜ける。掴んでも掴んでも指先が弛んでずり落ちていく。耐えられないほどの深みに沈み込んでいく。
「カメラに……それが……のこ……てる……から……っ」
まともに話せているのだろうか。
身体が何度も跳ねるのを押さえることさえできない。
「……『ソシアル』……追いつめ…………笙子……助け……っ………っ!」
いきなり真っ黒な波が下腹部から背筋を走り上がってきた。ぞくぞくと、心を砕き、気持ちを砕き、意識を貫きながら駆け上がってくる暗黒の塊。
「く……あ……ぁ……っ」
唇を噛みしめても漏れる声、身体が激しく痙攣していく。
「中谷っっっ!」
「……っは……」
堪えていた堰が切れた。滴っていた水音が溢れかえる水量をたたえた奔流となり、中谷の意識を呑み尽くす。
限界だった。
魔を滅し
闇を裂き
紅蓮の炎をあげるもの
幼子を葬り
老人を見送り
命ある全てのものに
その終焉を教えるもの
よって立つその場所に
永遠を約束するがゆえに
全ての誓いと願いから
時間と運命を奪うもの
我は究極の支配者
存在を許された
ただ一つの光
人は我を真実と呼ぶ
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がくっ、と震えた中谷の体を大月はしっかりと支えた。
「自尊心を砕けばいいんです」
目がハンディカメラのレンズから離せない。
「プライドが高い人間を壊すのは簡単です。たとえば性的に暴行を加えれば……半分はだめになる」
体が痙攣した。
「けれどね、あなたみたいにプライドも何にも残ってない人を壊すのは、ちょっと難しい」
くすり、と耳元で息を吹き掛けながら笑われた。
「性的にいたぶっても快楽でごまかしますからね。暴力だって記憶を飛ばしてしまう。どれほど惨めな思いをさせても、そのときは仕方なかったんだと言い訳できる」
遊ぶように、ぴちゃりと手で水を胸にかけられて、震えがまた酷くなった。
「ましてや、生きてても仕方ないと思ってる人間は……そうそう壊せるもんじゃないんですよ。もう壊れてますからね?」
ふいに、止まっていたシャワーを開けられて、強い水流を下半身に当てられた。
「……っ……っ……!」
がく、がく、と跳ねる体を押さえつけられ、下腹部に温いものが吹き上がる。大月が微かに笑って、中谷はきつく噛みしめた口元に汗でも水でもないものが滑り落ちてくるのを感じた。目的は達したというように、大月が再びシャワーを止める。
「なら、どうやって壊すか。一番簡単で効率よく人を壊せるのは『戦争』なんですが」
角の喫茶店に新しいメニューが増えていたよ、と言うようなさりげない口調だった。
「手間暇をかければ、それなりにうまく壊せますよ……そうですね……人として扱って……大事なものが何か教えて」
大月は優しい声で続けた。
「それから、その大事なものが、傷つくことを知らせるんです、自分のせいでね」
中谷は乱れた呼吸のまま、のろのろと大月を見上げた。その顎を掴んで、大月は中谷の顔をゆっくりとカメラに向け直す。
「あのカメラはあなたがどれほど酷い目に合ったのか、笙子さんに教えるんですよ」
「……っ」
体が強ばり、視界が潤んで歪んだ。その顔を微笑みながら見返して、大月は中谷を浴槽に降ろした。ざぶりと耳元近くまで水が浸し、慌てて顔を持ち上げる。もがく中谷を横目に、大月はシャワーヘッドを中谷の頭上にセットして、栓を捻る。
ぽとん。
「ぅあっ!」
まっすぐに落ちてきた水滴が中谷の額を打ち、思わず声を上げた。
「中国では昔こういう拷問があったそうです」
大月は嬉しそうにつぶやいた。震えるような長い吐息を漏らす。
「あなたが悲鳴をあげるたび、あなたが助けを求めるたび、笙子さんは自分の無力を思い知る。あなたがゆっくり壊れていくのを見て、きっと自分を呪いますよ」
「な……んで…っ」
「はい?」
「なんで……そこまで……笙子を……」
「愛しい人を奪ったからです」
大月の声から感情が抜け落ちた。
「越智美重子……彼女の母親……私の子どもを宿しててくれたんですが」
笙子の母親には愛人がいた。その愛人との間に子どもができていて、笙子の歌を聞いて母親は追いつめられ、命を絶った。
「あんた……がっ」
ぽとん。
「……っっっ」
何とか声を噛み殺し、仰け反るだけで震えを堪える。
だが、長くはもたない、と中谷は感じた。
胸の奥に暗い海が広がりつつある。夜光虫の揺れる海。
押し寄せる波の音が心臓の鼓動を呑み込み始める。体の震えが酷くなる。
「それに、あなたの声……悲鳴と叫び声は『ソシアル・リボリューション』の完成に必要です。絶望と、嘆きと、傷みを背負った声……生身の声が」
「おお……つきっ……」
一体『ソシアル』で何を企んでるんだ、という問いは声にならなかったが、相手は確実に中谷の意志を読み取った。
「ヒットラーがワーグナーを使ったのは知っているでしょう?」
大月が目を細めて笑った。
「戦意高揚のため、団結を固め、自分のしていることに誇りを持たせ、世界にとって正しいことをしているんだと信じさせるために使った音楽ですよ」
浴槽に腰かけて、ちらりとカメラを振り返った。
「人をほんとに壊すっていうことは自由意志を奪うことじゃない。自由意志で寸分の疑いもなしに服従させることです。自分の意志で快感を持って支配者の意志を全うすること、それが『正しい』と信じて死に臨ませること……幸福な人生だと思いませんか」
全身の震えがもう止まらなかった。
「私は誰が支配者になろうと構わない」
淡々とした声が続ける。
「私は見たいだけです、人がどこまで集団の歯車に落ちるのか」
くるりと中谷を振り返った目が楽しそうだった。
「そのためにもあなたが必要です。あなたの、苦悶に満ちた声が」
ぽとん。
今度の一滴は背けた首筋にあたって跳ねた。
「……ぁっ」
堪えそこねて悲鳴を上げ、中谷は跳ね上がる。刺激を忘れたころに落ちてくる水滴、落ちてくることだけではなく、落ちてくるかもしれない無音の時間にも体が竦む。緊張が続く神経はささくれだって見る間に疲弊してくる。
大月が笑みを含んで囁いた。
「あなたが未来永劫、笙子さんを苦しめることが、もうわかりましたよね?」
中谷は強く息を引いた。
(俺が、未来永劫、笙子を)
支えてきた気持ちが一気に崩れ落ちた。
意識は闇の中にある。
たゆたゆと揺れる記憶の海を漂いながら、幾つもの分岐点が指し示される。
たとえば高岡に納得できないと告げたこと。
たとえば笙子を追いかけたこと。
たとえば『大月シンフォニア』を受診したこと。
たとえば田尾を逃がしたこと。
たとえば『ソシアル』を聴いたこと。
たとえば……深雪の死に疑問を抱いてしまったこと。
もし、深雪の死を自殺だと受け入れて、笙子に近づくこともなく、両親に反発せずに、不安も怒りも押し殺して、ただ日々を耐えて生き延びていたのなら、こんなことにはならなかったのだろうか。
あの風呂場で。
母親に貪られて。
快楽に溺れて。
そうやって、いれば。
コレは違う。
何かが違う。
そんなことは気づかなかったふりをして。
体を震わせて、涙を零して、俯いて、それでも暴走する立ち上がったものの感覚に怯えて。
果てしない罪悪感。
濡れた髪から、濡れた頬から、濡れたそれから雫は落ちる。
罪の代償を、支払え。
ぽとん。
ずいぶん長い間意識を失っていたのだろう。
凍りつくような寒さで目覚める。がたがた震えていて、歯の根が合わない。
「あ……あああっ」
目を開いたとたん、シャワーヘッドからきらきら光るものが落ちてきて、中谷は悲鳴を上げた。
ぽとん。
「ぐ……っ」
身をよじる。だが両腕は固定されて下敷きになって感覚がない。必死に体を反らせたのがよかったのか、体に当たる水滴の感触はなかった。
(でも、次のがくる)
怯えて見上げれば、潤んで揺らめく視界にまたつるつると膨れ上がる銀の雫。
(く、るっ!)
ぽとん。
「うぁあっ」
今度はよじって逃げ切れなかった体に確実に滴り落ちた。右肩の先に鋭い針を打ち込まれたような傷み、仰け反りながら声をあげる。
もがくとばしゃんと体が水に揺れて、危うく顔が沈みかけた。
「いやだ………ぁああっ」
突っ張る脚が滑り、ざぶ、とまた水に沈む。
その間にも容赦なく水滴が。
ぽとん。
「わぁっ」
体が跳ね上がって浴槽にぶつかった。その打撲の痛みよりも何よりも、次の雫の恐怖が勝る。
中途半端に緩められた栓の隙間を伝って、繰り返し落ち続けてくる針、記憶の奥から傷みと恐怖を引きずり出しながら。
視界にはいないが、大月がどこかで見ているのだろうか。いや、大月がいなくても、あのカメラのレンズが、もがく中谷を、あげる悲鳴を、静かに記録し続けているのだ。
(いつ、まで)
きっと、中谷がもう、反応できなくなる、まで。
怖い。
怖い。
どこまで続くのかわからない責め苦。
「うっ……うっ」
びくっ、びくっ、と体が動く。力を込めて歯を食いしばってもひきつけるのが止められない。固く目を閉じ、光る粒を見ないようにする。
けれど神経は尖って鋭く落ちてくる気配を感じ取る。
「くぅっ」
こめかみを穿たれる。
意識がまた吹き飛ぶ。
夜光虫の浜にいる。
夜の海は遠くて深い。
揺らめく青白い曲線が中谷の足下を浸し、中谷は飛び退って逃げる。
走って、走って。
けれど波は、果てしなく中谷を追い掛ける。
中谷の正気と狂気の境を侵食し続ける。
呼吸を荒げて、崩れる砂を蹴りつけて、手を前方へ差し出して、逃げる、逃げ続けるのに。
「あああ!」
波が覆いかぶさって、そのぎらぎらする触手で中谷を水底へ引きずり込む。
ぽとん。
「あっっ……」
覚醒した瞬間に体が跳ねた。
ぽとん。
「ひぃっ」
また、跳ねる。
ぽとん。
「こわ……れ……」
跳ねる。
がく、と仰け反ったとたんに、強く頭を打った。
一瞬感覚が鈍る。
それを救いにがん、と今度は自分から頭を打ちつけた。
まだ体が震えているのがわかる。
もう一度。
強く、とても強く。
闇。
暗転。
けれど、一瞬でしかない。
ぽとん。
「…っ!」
頭を打ちつける。
ぽとん。
「っっ!……っ!」
もっと強く。
何度も、何度も。
ぽとん。
もっと強く。
がき、と嫌な音がして、鼻の奥が痛くなる。
動けない。
ぽとん。
びくりと体が跳ね、水を散らす。
声が出ない。
見上げた視界に白いシャワーヘッド。
ぽとん。
また跳ねる。もう痙攣に近い。
瞬きして、それでも意識を失えなくて。
身体だけが覚えのある感覚を追う。
熱に揺らめく視界。
遠くに光る銀色の機械を見る。
ぽとん。
体を硬直させながら、そのレンズが見ているものを思った。
マンションの狭苦しい浴槽で水音に反応してびくびくと跳ね回る、死にかけた魚のような一人の男。
濡れそぼり、虚ろな目をして、体を痙攣させながら、無気味なおもちゃのように。
異様に静かな空気。
きりきりと引き絞って、耳が、痛い。
このまま、死ぬのかも、しれない。
それはあの日の感覚。
このまま、意識が消えてしまって。
ぽとん。
身体が震える。
喜びに?
恐れに?
我を失う、衝撃に。
ぽとん。
いく。
どこかに、いってしまう。
身体が、心が。
それは、死と重なっていたのだと気づく。
子ども時代の死。
無防備で安全だった世界の終わり。
「あ、ああっ」
甦るのは背中合わせの快楽。
中谷は熱い息を吐いて震えながら背中を逸らせる。
ぽとん。
また少し、気を失っていたのかもしれない。
「あ……」
体が水音に反応して痙攣したのに、ふいに何かどこかが違う気がした。
かたかた震えながら、合間に身体をひくつかせて、上を見上げる。
「ふ…?」
シャワーヘッドから水が落ちてきていない。
いつの間に。
いつから。
ぽとん。
びくっ、と、身体はまた勝手に跳ねた。
自分のものとは思えない固まった腕を浴槽にぶつける。
だが、痛みはもう感じない。
もう一度、叶わぬ願いを込めて、シャワーヘッドを見上げる。
だが、そこはむしろ乾いている。
水滴一つ、ついていない。
「あ………」
視界が滲んで歪んだ。呼吸が一気に乱れていく。
なら、一体、この音は。
ぽとん。
「はっ……は……っは」
空回りする思考。
冷えた水に浸かった身体が今度はいぶされるように熱くなっていく。
胸が苦しい。
呼吸ができない。
絶望とともに甦ったのは、『ソシアル』。
けれど、中谷は今耳を塞ぐ術はない。
「ひ……ぅ……」
掠れた声が漏れる。
「も……」
やめて、くれ。
頬が、濡れる。
ぽとん。
がくっ、がくがくがくがくっと立て続けに痙攣が襲った。
「あ、あっ…」
悲鳴が遠い。意識が千切れ飛んでいく。
とめて。
ぽとん。
「はっ…っっ」
とめて。
声にならない。
跳ね上がる身体が押さえ切れない。
ぽとん。
とめて。
浴槽のあちこちにぶつかった顔が、中谷の漏らした様々なものが混じった水の中に滑り込んでいく。
「あっ……あっ……あふっ」
とめて。
息をつめることさえできずに、大きく目を見開いたまま激しく震える。
迫る水。
ぽとん。
迫る『水音』。
とめて。
「はっ……ああっ…」
闇が中谷を蹂躙する。
喘ぐ口に、水が。
「中谷ッッ!!」
いきなり強い力で抱え起こされた。衝撃に体が反応して、勝手に何度も痙攣する。
「…………ぁ」
開いた口から微かに漏れた声に、がしっと体が抱き込まれた。背中で縛られていた手が外される。だが腕は痺れて垂れ下がったままだ。薬がまだ残っているのか、それとも水で冷えきったのか、体に力が入らない。
ぎゅ、と強く温かなものに押しつけられ、微かに息をつく。
「しっかりしろっ! 中谷っ!中谷っ!」
きりきりと絞り込んでくるような声が何度も中谷を呼ぶ。
「くそおっ!」
ぎり、と何かを擦りあわせるような音が響いて、がしがしがしと背中と腕が摩られた。
「中谷っ!!」
尖って鼓膜を突き通しそうな声がようやく誰のものかわかった。
「キ……ィ……」
ぽとん。
「は…っ」
安堵感に一瞬気を失いそうになったが、水音が高く響いて仰け反った。腕から中谷の身体がこぼれそうになったのか、相手が力を込めて引き戻す。
視界がぼやけて歪んでいる。せわしなく繰り返す呼吸に抱き込まれた胸が苦しい。
「キィ…」
凄まじい勢いで打っている心臓の音で、ことばが消されてしまいそうだ。
「……『ソシ……アル』……とめ……て」
それでも必死に声を絞り出すと、刺激になったのか、びくっとまた体が勝手に跳ねた。
「『ソシアル』?」
キィの声が訝しげな響きを宿す。
「何も鳴ってないぞ」
「…え…?」
理解できなかった。
ぽとん。
水音がはっきり響く。
「あぅ」
条件反射のように、体が大きく跳ねた。
(じゃあ、これは…?)
「中谷?」
また激しく震えだした中谷をキィが押さえつけるように抱え込んできた。
「おい? 中谷?」
声が不安そうに揺れる。
「どうしたんだ、中谷」
その声が耳を通り過ぎて虚空に散っていき、意味のあるものに聞こえない。
聞こえるのはただ。
(この、『水音』は)
ぽとん。
「くぅ……っ」
「中谷? おい、どうした! しっかりしろっ」
既に体はもう、中谷の意志には従わなかった。ただひたすら、響く『水音』に反応し、仰け反って跳ねる。
跳ねて硬直するたびに、胸が締めつけられ、呼吸が止まった。次第に熱くなってくる頭、視界に揺れる光景が意味を為さずに崩れ始める。
『ソシアル』は鳴っていない。
けれど、水音は聞こえ続けている。
ならば、それは。
(俺の、中の)
「ひっ……く」
理解と同時に引きつけて喉が詰まった。
身もがいて首を振る。
息が、できない。
「中谷っ」
ぽとん。
水音が、聞こえる。
「く、あ……ああっ」
悲鳴を上げた。
詰まった喉を破るぐらいに。
「あああああっ」
その声で、もう一つの音が遮られるのを期待するように。
だが、それは虚しかった。
悲鳴より遥かにくっきりと、滴る水音は中谷の耳に突き刺さる。
ぽ、と、ん。
「うあああっ」
「中谷! 中谷っ!」
体内に響く『水音』がみるみる大音量で鳴り響いていく。
耳を圧する轟音。
中谷は痙攣を繰り返しながら痺れた腕で必死に相手にすがりついた。
「きぃ………っ……」
ぽと、んっ。ぽとっ。
「何だっ」
「……止まら……っ……ねえ………っ」
自分の声が聞こえない。
ぽとっ、ぽとんっ。
(おしまいだ)
思考を砕く音に身悶えしながら呻く。
「うぅっ」
びくびくっ、と大きな震えが身体を走った。下腹部で弾けた温みが張りついたスラックスの内側を確かな質量をもってだらだらと滑り落ちていく。
「中っ…」
キィの体がぎくりと強ばった。
「おい!」
ぽと、ぽとっ、ぽ、ぽたっ。
「中谷っ!」
わずかに繋ぎ止めていた正気が一気に切れていく。
(……もた…ねえ……)
明滅する意識に微かに浮かび上がった映像を追う。
(笙、子)
口を開いて空気を求めた。
焼き切れる寸前の神経を、ほんの少しでももたせるために。
これでもう終わりなら。
中谷にできる最後のことは。
ぽた、ぽたっ、ぽたたっ。
「か…めら……」
「何っ?」
研いだ刃物のような声が浴室に反響した。
「カメラっ?」
ぽたたっ。ぽたたたたっ。
「まわ……てる……」
「シットッ!」
きつい破裂音が耳元で響いて、また体が跳ねた。
「とめ……るな……っ」
息が苦しい。頭が痛い。体が重い。
ぽたたたた……ぽたたたた…。
「お……とせ…」
「何だと?」
「……それで……『ソシアル』……落とせ…………」
「!」
中谷を抱えたキィの腕がぶるっと震えて力がこもった。
ことばがどんどん頭から消え去っていく。水音に反応して痙攣し続ける体を堪えながら、中谷は必死にことばを絞った。
「……ぜんぶ………にせもの…でも……俺………狂うの………ほんもの……だから……」
「なに……」
手から力が抜ける。掴んでも掴んでも指先が弛んでずり落ちていく。耐えられないほどの深みに沈み込んでいく。
「カメラに……それが……のこ……てる……から……っ」
まともに話せているのだろうか。
身体が何度も跳ねるのを押さえることさえできない。
「……『ソシアル』……追いつめ…………笙子……助け……っ………っ!」
いきなり真っ黒な波が下腹部から背筋を走り上がってきた。ぞくぞくと、心を砕き、気持ちを砕き、意識を貫きながら駆け上がってくる暗黒の塊。
「く……あ……ぁ……っ」
唇を噛みしめても漏れる声、身体が激しく痙攣していく。
「中谷っっっ!」
「……っは……」
堪えていた堰が切れた。滴っていた水音が溢れかえる水量をたたえた奔流となり、中谷の意識を呑み尽くす。
限界だった。
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