『ハレルヤ・ボイス』

segakiyui

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 中谷が次に向かったのは、『ソシアル』のCD制作に関わる会社だ。一昨日、問屋と、パッケージデザインを担当した印刷会社、CDそのものを作ったプレス会社を訪ねた。『ソシアル』の情報を音楽出版社からはたどれないが、もっと物質的なところ、CDそのものがどう流れてきたかを追うことでたどろうとしている。
 今日はその制作を請け負っている制作会社だった。
 予想していたものよりうんと規模が小さく、あまり聞いたことがない。『ふぇいく』という名前自体からうさんくさい。
「いらっしゃいませ。『ソシアル』の取材なんて久しぶりよ」
 ごま塩頭なのに髭だけは黒々とした丸顔の男が責任者だと名乗った。
「で、何聞きたいの?」
「今度五年ぶりに『DVD』が出るそうですね?」
「あら、業界の人? 詳しいのね、そう、出すよ、『ソシアル・リボリューション』。もう原盤届いてるし」
「届いている?」
 どき、と中谷の胸が不規則に打った。
「あら失言。でも言っちゃったし、おにーさんいい男だから教えてあげる、『ソシアル』ってね、実は歌手じゃなくて一種のプログラムなのよ、バグルズって知ってる?」
「いや」
「79年に『ラジオスターの悲劇』っての出した、有名な曲よ、聞けばわかる。あれがヒットしたときにね、ボーカルの肉声かコンピューターかって騒ぎになったもんよ。あれと似てるわ、こっちは完全にパソコンのプログラムだけど」
 うふふ、と相手は媚びるように笑った。その相手の手が、いつの間にか、机に置いていた中谷の右手の手首に乗せられていてぎょっとする。とっさに手を引こうとしたが、なぜか腕が動かせなくて、中谷は戸惑った。
 それほど強く押さえつけられているわけではないのに、机に張りつけられたように右手が動かせない。
(何だ?)
 視線を手から相手に移すと、相手はまたうふふ、と妙な笑いを見せた。
「おにーさん、かわいいわね、何だかもったいないぐらいだけど…」
「…は?」
「でも後々考えるとね、やっぱり。あら、ごめんなさい、はい、もしもし」
 言いかけた相手の胸ポケットにおさまっていた携帯が鳴り、相手は中谷の手を解放した。慌てて手を取り戻す中谷をちら、と見て「ええ、もう来られたんですけど? はい?」と顔を背ける。どうやら仕事がらみの電話で、あまり聞かれたくないらしい。
 中谷はねっとりとした相手の指の感触がまだ張りついているような右手首をそっと摩った。背中にじんわり気持ちの悪い汗がにじんでいる。まるで、蛇か何かの巣穴へ間違って手を突っ込んでしまい、冷たくしっとりした肌で締めあげられたようだ。
「はいはい、ではそうさせてもらいます、いえ、準備はできてますけど。まあね、大丈夫かと、ええ、それじゃ……ごめんなさい、お話中断してたわね」
 通話を終えて相手は中谷に向き直った。
「どこまで話してたかな、あそう、つまりね、『ソシアル』っていうのはいないの、幻。一人のプログラマーがいてね、その人が持ち込んだ原盤をここで」
「田尾、ですか?」
「あら」
 中谷の突っ込みに相手は目を見開いて口に手を当てた。
「やだ。知ってるんじゃない。あ、ひょっとして、おにーさん、田尾さんのお知り合い? なら、渡したいものがあるんだけど」
「渡したいもの?」
 今度は中谷が目を見開く番だった。
「そ。ほら、何か事件起こして、同僚の人刺したって、まあ、僕はお仕事きた後だったから、発売どーしよーかと思ったけど、考えてみたら、田尾さんが『ソシアル』作ってるなんて誰も知らないじゃない、あ、だからこれオフレコね、DVD売れなかったら言ってもいいから」
「渡したいものって」
「あ、これ、私物の入ってる鞄なのよ、どーしたんだか、この前来た時急いでて帰りに寄りますってそれっきり来ないから」
「いつです?」
「三、四日前ね……そしたら、ほら、田尾さん、死んだって噂が」
「噂じゃないですよ」
「あら、まあ!」
 中谷は大仰に驚く相手の目の前で鞄を開いた。ごちゃごちゃとしたメモやチラシが挟み込まれているノート、薄汚れたタオル、びっしりと細かな文字が並んだ書類がバインダーに閉じられ、あちこちに書き込みがある。中谷も何度か見たことのある田尾の取材鞄だ。
「ん?」
 そのナップの奥の方にどこかで見たような小さなカードが落ちていた。ごそごそと物をかき分け取り出してみると、それは水色とクリーム色のカードで、表面に田尾の名前がローマ字で浮き彫りになっている。
「…っ、これ」
 まさかと思いつつ、田尾の名前の下にある文字を読んで、中谷は思わず腰を浮かせた。
『大月シンフォニア』
「ああ、それね、田尾さん、ときどき疲れからか頭が痛くなるって通ってたみたいよ?」
(田尾が?)
「すみません、急用を思い出したんですが」
「あ、そ、またどうぞー」
 相手がひらひら手を振るのにおざなりに頭を下げて、中谷は田尾のナップサックを手に『ふぇいく』を飛び出した。
(どういうことだ?)
 田尾が大月医師と関わっていた。しかも、この診療カードを見る限り、一度や二度の通院ではない。浮き出した名前はうっすらと掠れ、カード自体もどことなく汚れた感じがある。
 脳裏に週刊誌やスポーツ紙のトップを飾った『ハレルヤ・ボイス』に関わる記事が蠢いている。異様に詳細な、まるで音楽に関する専門家が加わってのコメントとしか思えないような内容。あれは実は、『音楽家』ではなく、『音楽療法に携わる医師』からの情報だったとしたら、『エンジェル・ホール』と笙子の声の関係を全く反対に理解しているのも辻褄があう。
(大月先生は『ソシアル』に関係がある?)
 考えてみれば、『ハレルヤ・ボイス』に興味を示した大月が、『ソシアル』に関してはこだわった様子がないというのもおかしな話だ。今の今まで、全くそれに気づかなかった。
(くそ!)
◆ 電車に乗り込み、駅の改札を駆け抜けたとき、時刻はもう『大月シンフォニア』が診療を終える時間になっていた。とんでもないものを掴んだという焦りで必死に道路を駆け続け、ようやく『大月シンフォニア』のある7階フロアに辿りついたとき、それでも診療時間を三十分は過ぎていただろう。
「先生っ!」
 入り口のドアの辺りで戸締まりだろうか、屈み込んでいる大月を見つけ、中谷は思わず叫んだ。
「……中谷さん?」
 きょろきょろと首を回して体を起こした相手が振り返り、息せき切って駆け寄っていく中谷に驚いた顔になる。白衣を脱いだ大月は、がっしりとした体に淡い水色のポロシャツとグレイのスラックス姿で、いかにも初夏の装いだ。
「どうされましたか?」
 突然の中谷の訪問に、それでも大月は落ち着いた笑顔を向けた。
「せ、先生、先生はっ……っは」
 勢い込んで問いかけて、中谷は咳き込んだ。からからに渇いた口で熱い息を吐きながら、何とかことばを紡ごうとするのだが続かない。見兼ねたように大月が、
「ちょっと待って」
 苦笑しながら閉めたドアを開けた。するりと奥へ入り込み、ほどなく紙コップに水を入れて戻ってくる。
「何があったか知らないけど」
 はあはあと喘ぎながら膝に手をつき、肩を上下させている中谷の右手を引き、コップを渡してくれた。
「とりあえず、水でも」
「……す、すみませ…」
 中谷はまた咳き込み、少しおさまってから大月に渡された紙コップの水を一気に飲み干した。干涸びる寸前だった喉に冷えた水が甘くひんやりとしてうまく、最後の一滴まで吸い取る。
「……っん」
「……で、どうしたんですか?」
「あの、先生は」
 大月の戸惑いながらも微笑んだ顔に力づけられて、中谷は単刀直入に問いかけた。
「田尾をご存知なんですか?」
「田尾、さん?」
「田尾、渡です。ここの診療カードを持ってました」
「田尾、渡さん……うーん……」
 大月は目を閉じて考え込みながら、
「もしおられたら、どうなんでしょうか。患者の情報は守秘義務に関わることなんですよ?」
「以前、俺、事故で怪我をしたって言いましたけど、あれ、実は田尾に刺されたんです」
「……どういうことですか?」
 大月が目を開けて訝しげに中谷を見返した。
「それに、その田尾は今日、殺された」
「……物騒な話ですね」
 眉をしかめた大月の顔に曇りや憂いはない。
「先生は田尾が『ソシアル』に関わっていたことをご存知なんじゃないですか?」
 大月は中谷をまっすぐ見つめ返した。
「週刊誌やスポーツ紙に『ハレルヤ・ボイス』の問題点を伝えたの、大月先生じゃないんですか?」
「……確かに、『ハレルヤ・ボイス』の治癒効果について尋ねられたことはあります。しかし」
 中谷に静かに微笑む。
「私は私の考えを言ったまでです。それに、田尾さんに関しては、ときどき酷い頭痛があるということで、数回お見えになったと思いますが、最近は来られていませんね。パソコンで細かな仕事をしているとしか聞いてませんよ?」
 落ち着いた声だった。
「そう……ですか」
 気負っていたものが一瞬にして抜けた気がして、中谷は肩を落とした。ここまで走ってきた熱が半端に内側に籠ってしまったのか、体がまだうっすらと熱い。
「田尾が『ソシアル』を作っていたんです」
「つまり………田尾さんが『ハレルヤ・ボイス』に何らかの加工をしたということですね?」
「はい、だから、『ハレルヤ・ボイス』がどうこうというより、田尾のやつの細工が問題で」
「そうでしょうか」
「!」
 ふいに大月に右手首をぎゅっと握られて中谷は固まった。その中谷の反応に気づかなかったように、真剣なあまりに近づいたという様子で、大月がことばを重ねる。
「もともと『ハレルヤ・ボイス』に特別な要素があって、それを田尾さんが取り出し利用しただけ、とも言えるのではないでしょうか」
(手を、離してほしい)
 ふいに中谷はそう思った。大月はごく自然に中谷の右手首を握り込んでいるけれど、考えてみれば診療中でもないのにおかしな動作だ。きつくもなく緩くもなく、まるで中谷の手首のサイズにきちんとあった手錠のようだ。
(手錠?)
 昼間の『ふぇいく』での妙な感覚が甦る。右手に手を重ねられただけなのに、なぜ中谷は手を引き抜けなかったのだろう。
 そう考えたとたん、ぞくりと悪寒が走った。
「先生…」
 絞り出した声が掠れていた。
「すみませんが、手を離してもらえませんか…」
「ああ、これはどうも」
 大月はすぐに気づいたように手を離した。
「どちらにせよ、田尾さんが『ソシアル』に関わっていたというのは初耳です」
「そうですか」
 無意識に体を引いている自分に気づく。
(何だ?)
 中谷は右手をそろそろと背後に庇った。気を抜くと、もう一度大月に手首を握られ引きずり倒されそうな気がした。
(馬鹿な)
 そう思うのに、もう一分一秒でもここにいたくない、そんな感覚に襲われて、中谷はそれを必死に押し殺しながら、引きつった笑みを浮かべた。
「すみません、俺、早とちりしたようで」
「構いませんよ、誤解が解けたなら。次の診療はいつでしたっけ」
「えっと……三日後、です」
「じゃあ、またお待ちしてますから。もし何かあったら」
 大月はにっこりと笑った。
「いつでも、どうぞ」

(手がかりが見つかった、ような気がしたのに)
 中谷は興奮から一気に突き落とされたような気がして、ぼんやりしながらマンションに戻った。
 体が重だるくて何だか息苦しい。
(無理しすぎたか)
 一日中走り回って、わかったのは、笙子の声が一般に知られているよりもパワフルだということ。
(そんなことなら知っている)
 あの公園の、あの衝撃。思い出すだけで、身体の奥に火が灯る。
 肝心の『ソシアル』については、振り返ってみれば巧みに『大月シンフォニア』に田尾が受診していたということで逸らされてしまった感じが強い。
(もう一度、追い込んでみるか)
 溜息をつきながら、部屋の鍵を取り出して鍵穴に差し込もうとし。
 ちゃりん。
 落とした。
「え?」
 指の間からすり抜けた鍵を、中谷は茫然と見た。
 確かに握っていたはずだが、やはり疲れきってしまっているのだろうか。のろのろと俯いて鍵を拾おうとして世界がぐらぐら揺れるのにうろたえる。
「なに……ぁ」
 背骨から一気に何かを引き抜かれたような気がした。足下が崩れ、ドアにすがりつく前に廊下に倒れ込む。
「く…ぅっ」
 どう、と酷く打ったはずの体の痛みが遠かった。頭がじんじんと過熱していて、まるで高熱を出しているようだ。突然の異変に困惑していると、朦朧とする視界に何かがゆっくり上下しながらこちらへ近づいてきた。
「中谷さん?」
 静かで穏やかな声が笑みを含んで響いた。
「大丈夫ですか?」
 診療室で問いかける口調そのままに、思いやりを満たした柔らかさで。
「…っぁ」
 ぐい、と右手首を握り込まれて、体が強ばった。不安が広がり、それが恐怖にとって変わったのは、そのまま背後へ捻り上げられたせいだ。
「ぅあ……っ」
 廊下にうつ伏せに押しつけられ、左手も同じように背中に回され、強くきつく押さえ込まれて呼吸ができなくなった。僅かな酸素を求めて反らせた喉から緩められたネクタイが抜かれる。左右直角に肘を曲げられたまま、背中で腕を縛られた。
(な、にが)
「…っ!」
 そのまま腕を引っ張り上げられて起こされ、中谷は小さく悲鳴を上げた。ぐずぐずになった脚は全然使いものにならない。全身が熱くて、汗が流れ、呼吸が乱れる。
「少し薬を切っていましたから」
 淡々とした声が背中からつぶやいた。
「よく効くでしょう。量も少し増やしてありますし」
(薬……?)
「く!」
 どん、と突き放されるように壁に押しつけられた。一人で立てない中谷の体を、胸元一つ掴みあげるだけで固定して、俯いた相手が廊下の床から拾った鍵を確認し、自分の部屋であるかのように鍵を開けて振り返る。
「『ふぇいく』が惜しがってましたよ、あなたは彼の好みだそうです」
 にこやかな笑みで大月は続けた。
「けれど、私もあなたが必要ですし」
「大…月……」
「しゃべれるんですね。けっこう」
「う…」
 中谷は大月に抱え込まれるように部屋の中に連れ込まれた。背後で閉まるドアに、熱さと恐怖で混乱していた意識が一瞬はっきりする。
「なに……する……」
「何を、する気か?」
 大月は中谷を床に転がして靴を脱がせた。そのまま部屋を出ていき、すぐに戻ってくる。手にしているのは銀色の機械だ。
「いい質問です」
 にこ、と笑った顔は明るかった。そのまま機械を持ったまま視界から消える。どこへ行ったのか、中谷が顔を巡らすまでもなく戻ってきて、再び中谷を引きずり上げた。
「中谷さん、人の声の情報量は凄いって知っていますか」
 相変わらず、透明感がある明るい声で話し掛けながら、大月は中谷を引きずっていく。体の熱さと何が起こってるのか理解できない戸惑いでぼうっとしていた中谷は、その方向に何があるのか突然気づいた。
「やめ……ろ」
「どれだけコンピューターで合成を重ねても、人の声には感情がある、それにはまだ叶わないんです」
「やめ……やめて……くれ……」
 力の入らない脚をじたばた揺らしてもがくが、そんなことでは止まらない。竦んでいく体を必死によじって、中谷は呻く。
「豊かで激しい感情」
「いや……だ……や……め……」
「それを集めるには、やはり人の声からではなくてはね」
「おお……つき……っ」
 自分の声が掠れて悲鳴に近くなっていく。境の扉を引きずられ、そのまま抱え上げられる。
「いや……だ………っあ!」
 どさっ、と落とされたのは浴槽だ。背中に縛られた腕を下に、落とし込まれて見上げた視界、まっすぐ上を見上げると、中谷を覗き込むようなシャワーヘッドが飛び込んでくる。
「ふぅ……あ……っ」
 悲鳴が口をついた。
 もともと中谷の部屋の浴室はビジネスホテルのような狭い空間で、家族用マンションなら浴槽の外にセットするシャワーが、浴槽の上から注げるようになっている。湯を溜めずにシャワーだけで済ませる企業戦士向きの味もそっけもない造りで、浴槽の大きさも中谷が脚を伸ばしてはくつろげない。両足を軽く折り曲げて何とか湯に浸れる程度のものだ。
 その狭い浴槽に、今中谷は底に背中をくっつけるような形で落ち込んでいる。両足は不安定に跳ね上げられて縁にかかり、それでなくとも動けないのが二重に身動きできない。
「ひ!」
 大月がシャワーへッドを取り上げ、蛇口を捻って水を流し始め、中谷は声を上げた。竦んだ中谷の体にまるで何もない湯舟に水を張っていくような無造作な態度で、大月がシャワーを当てていく。首、胸、腹、腰、脚、爪先に至るまで丁寧に、今度は逆に足下から這い上がってくるように。何度も何度もシャワーの水で中谷の全身を舐め回すように濡らしていく。
「っ……わ……あ……あっ……!!」
 堪えきれるものではなかった。見る間に濡れるカッターシャツもスラックスも吸い込むだけ水を吸い込むと、中谷の体にずっしりと張りつきのしかかってくる。それはまるで中谷を浴槽に押しつけ沈めていくようだ。シャワーの細かな刺激が波のように身体を這い回る。あの日、行為の後に突き落とされて、それでもなお燻って揺れていた身体の感覚が甦り、寸分違わず重なってくる。身をよじって逃れようとするが、薬のせいか、浴槽の狭さのせいか、ほとんど動けず繰り返し水に全身を叩かれる。ほてった体に痛いほどの冷水、それでなくてもがたがた震えていた体が痙攣するように震えを増す。
「やめて……っ………やめてくれっ……やだ………あああっ! ……っ!」
 もがいた拍子に溜まり始めた水の中に顔を突っ込みそうになって、中谷は必死に身もがいた。脚を曲げようとしてもうまく動かせない。むしろもがけばもがくほど、顔が水に沈んでいく。
「あぐ……っ……ぶっ……あ……っは」
 跳ね散る水が顔にかかる。見開いた視界が濡れて潤む。口に鼻に水が押し寄せる。このまま溺れるのかと思いかけた矢先、ぐいと胸元を掴まれて水から引き上げられる。
「うっ……はっ……は……」
「あんまり暴れてはいけませんよ?」
 喘ぐ中谷の顔に囁くようにつぶやいて、大月は笑った。
「そんなに早く壊れてしまっては困ります」
 咳き込み涙を流す中谷の顔をゆっくりとタオルで拭った。これで終わりのはずがない、そう思った中谷の思考を読み取ったように、ひょいと背後を指し示す。のろのろとそちらを向いた中谷は、脱衣所の棚に丁寧にテープで固定されている銀色の機械を見て取った。
(あれは)
 ハンディカメラ。
 レンズがまっすぐ中谷を見返す。その意味が中谷の頭にしみ込んだ瞬間、頭の中が真っ白になる。
「中谷さん?」
 耳元で柔らかく大月が呼んだ。
「人間はどうやって壊すか、ご存知ですか?」
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