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1.『利き腕を傷つけるなかれ』(3)
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「…………」
「どうした?」
琥珀の瞳はまだ潤んだままだ。ぼんやりと光を帯びて、それはそれで美しい。
「………俺……気…失ってたの?」
「いや……少し眠り込んだだけだ。シャワーを浴びてくるか?」
「う…ん」
「歩けるか?」
「っ、歩けるよっ!」
うっすらと赤くなったカザルが、それでも腰を庇うようにベッド上をずるずるとシーツごと移動し始め、オウライカは吹き出した。
「何をしてる」
「べとべとなのっ」
「ああ、ずいぶん気持ちよさそうだったな」
「……あんたってさいてー」
「よく言われる」
「ちっ」
舌打ちしたカザルがバスルームに消え、やがて湯音が響いた。ふあー、とか、はあー、とか、緊迫感の抜ける声に苦笑いする。やがて、びしゃびしゃになったカザルがのそっと顔を出す。
「タオル……ないんだけど」
「ああ……ほら」
タオルとバスローブを渡してやると、何か言いた気に見つめ返してきたが、またバスルームに消えた。かなりたってから、のろのろと部屋に戻ってくると、一転して神妙な思い詰めた顔をして入り口に立ち竦んでいる。
「どうした?」
「俺の……服は…」
「そこにある」
「……ん……」
カザルはオウライカの目を避けながらごそごそと服のあちこちを探っている。
気づいたか。
特に足の付根のセンサーの真横には、濃くくっきりとキスマークを残している。覚えがあれば、それが何を意味するのか通じているはずだ。
服を探り、思い出したように髪の毛を梳き、一通り自分の身に付けていたものから発信機の類がなくなっているのを確認すると、カザルは小さく溜め息をついて俯いた。オウライカに背中を向けたまま、低い声で尋ねてくる。
「…………いつわかったの」
「始めっから………腕をあれだけ派手に切られて平気なやつは少ない……しかも、君は右ききだという。にしては、右腕で抵抗した様子がなかったからな。始めから怪我する予定だったんだろ」
「……そっか………そだね……」
「『塔京』か?」
「……ノーコメント」
「私を殺しに来たのか?」
「………ノーコメント」
「じゃあ、抱かれに来たのか」
「………………ノーコメント」
「これからどうする気だ?」
「……………ノーコメント……ていうか」
ひょいと振り返って見つめてくる。
「俺が決められるもんじゃないよね? こういうとき、こっちではどうなんの、俺みたいなやつは」
「……………」
「………殺されんの」
「………殺されたいのか」
「………その前に……もっかい……抱いてもらってもいいかなあ……とか」
ゆっくり振り返りながらバスローブの紐を解く。まだうっすら濡れた肌が際どい光を放つ。ぎりぎりのところで押さえた指を誘うように奥へ差し入れながら、ちろりと上目遣いに見た瞳に殺気が滲む。
「………一つ言っておいてやる」
「うん」
「そんな殺気まみれのやつを抱きたがる者はいないぞ」
「…………じゃあ………もう………終わりってこと……」
ちぇ、と低い声で呟いて微かにカザルは笑った。ふいに儚くなった印象の変化は見事だ。手を下ろし、ひょい、と肩を上げて見せる。
「あんた相手じゃ………俺……役不足だったね?」
ふて腐れたように曲げた唇が可愛らしい、と思ってしまった。
「……そうでもない」
「え?」
「そのうち、抱きたくなるかもしれないだろ」
「………何言ってんの?」
ぽかんとした顔で尋ねてきた。
「あんた………わかってないの? わかって、るんだろ? 俺があんた殺しに来たってわかってんだろ? なのに、俺を側においとくって言うの?」
「帰れるのか?」
「………帰れるわけないじゃん………あんたが生きてる限り」
「じゃあ、ここにいればいい」
「………はぁあ? ……あんた……何言ってるか、わかってんの? 俺、あんた殺しに来たんだってば!」
「だから、殺せるまでいればいい」
「は……あ?」
言いながら、そうか、と気がついた。
「そうか、そういう手があったな」
「何。いったい、何言ってんの」
「君は私を殺しに来たんだろう? だから、私を殺せるまで側にいればいい。私はそう簡単には殺せないぞ?」
「俺は…っ………」
ぐうぅううううう。
盛大に腹の鳴る音が響いて、カザルはうろたえた顔で真っ赤になった。
「……………とりあえず、腹が減ったらしいな」
「あ……う…」
「ルームサービスは何がいい」
「………でっかい肉………」
「………あったかな」
オウライカはメニューを探しながら呆然としているカザルを見た。にやりと笑ってバスローブの下の身体にこれみよがしに視線を止める。
「じゃあ、私は、君が飯を済ませた後で、また『それ』をもらおう」
「………っっ、ばっかじゃないっ!」
こちらの視線に、いまさら慌てて前を閉じながら服を掴んでバスルームに飛び込むカザルに、オウライカは静かに笑った。
「どうした?」
琥珀の瞳はまだ潤んだままだ。ぼんやりと光を帯びて、それはそれで美しい。
「………俺……気…失ってたの?」
「いや……少し眠り込んだだけだ。シャワーを浴びてくるか?」
「う…ん」
「歩けるか?」
「っ、歩けるよっ!」
うっすらと赤くなったカザルが、それでも腰を庇うようにベッド上をずるずるとシーツごと移動し始め、オウライカは吹き出した。
「何をしてる」
「べとべとなのっ」
「ああ、ずいぶん気持ちよさそうだったな」
「……あんたってさいてー」
「よく言われる」
「ちっ」
舌打ちしたカザルがバスルームに消え、やがて湯音が響いた。ふあー、とか、はあー、とか、緊迫感の抜ける声に苦笑いする。やがて、びしゃびしゃになったカザルがのそっと顔を出す。
「タオル……ないんだけど」
「ああ……ほら」
タオルとバスローブを渡してやると、何か言いた気に見つめ返してきたが、またバスルームに消えた。かなりたってから、のろのろと部屋に戻ってくると、一転して神妙な思い詰めた顔をして入り口に立ち竦んでいる。
「どうした?」
「俺の……服は…」
「そこにある」
「……ん……」
カザルはオウライカの目を避けながらごそごそと服のあちこちを探っている。
気づいたか。
特に足の付根のセンサーの真横には、濃くくっきりとキスマークを残している。覚えがあれば、それが何を意味するのか通じているはずだ。
服を探り、思い出したように髪の毛を梳き、一通り自分の身に付けていたものから発信機の類がなくなっているのを確認すると、カザルは小さく溜め息をついて俯いた。オウライカに背中を向けたまま、低い声で尋ねてくる。
「…………いつわかったの」
「始めっから………腕をあれだけ派手に切られて平気なやつは少ない……しかも、君は右ききだという。にしては、右腕で抵抗した様子がなかったからな。始めから怪我する予定だったんだろ」
「……そっか………そだね……」
「『塔京』か?」
「……ノーコメント」
「私を殺しに来たのか?」
「………ノーコメント」
「じゃあ、抱かれに来たのか」
「………………ノーコメント」
「これからどうする気だ?」
「……………ノーコメント……ていうか」
ひょいと振り返って見つめてくる。
「俺が決められるもんじゃないよね? こういうとき、こっちではどうなんの、俺みたいなやつは」
「……………」
「………殺されんの」
「………殺されたいのか」
「………その前に……もっかい……抱いてもらってもいいかなあ……とか」
ゆっくり振り返りながらバスローブの紐を解く。まだうっすら濡れた肌が際どい光を放つ。ぎりぎりのところで押さえた指を誘うように奥へ差し入れながら、ちろりと上目遣いに見た瞳に殺気が滲む。
「………一つ言っておいてやる」
「うん」
「そんな殺気まみれのやつを抱きたがる者はいないぞ」
「…………じゃあ………もう………終わりってこと……」
ちぇ、と低い声で呟いて微かにカザルは笑った。ふいに儚くなった印象の変化は見事だ。手を下ろし、ひょい、と肩を上げて見せる。
「あんた相手じゃ………俺……役不足だったね?」
ふて腐れたように曲げた唇が可愛らしい、と思ってしまった。
「……そうでもない」
「え?」
「そのうち、抱きたくなるかもしれないだろ」
「………何言ってんの?」
ぽかんとした顔で尋ねてきた。
「あんた………わかってないの? わかって、るんだろ? 俺があんた殺しに来たってわかってんだろ? なのに、俺を側においとくって言うの?」
「帰れるのか?」
「………帰れるわけないじゃん………あんたが生きてる限り」
「じゃあ、ここにいればいい」
「………はぁあ? ……あんた……何言ってるか、わかってんの? 俺、あんた殺しに来たんだってば!」
「だから、殺せるまでいればいい」
「は……あ?」
言いながら、そうか、と気がついた。
「そうか、そういう手があったな」
「何。いったい、何言ってんの」
「君は私を殺しに来たんだろう? だから、私を殺せるまで側にいればいい。私はそう簡単には殺せないぞ?」
「俺は…っ………」
ぐうぅううううう。
盛大に腹の鳴る音が響いて、カザルはうろたえた顔で真っ赤になった。
「……………とりあえず、腹が減ったらしいな」
「あ……う…」
「ルームサービスは何がいい」
「………でっかい肉………」
「………あったかな」
オウライカはメニューを探しながら呆然としているカザルを見た。にやりと笑ってバスローブの下の身体にこれみよがしに視線を止める。
「じゃあ、私は、君が飯を済ませた後で、また『それ』をもらおう」
「………っっ、ばっかじゃないっ!」
こちらの視線に、いまさら慌てて前を閉じながら服を掴んでバスルームに飛び込むカザルに、オウライカは静かに笑った。
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