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2.『忠誠を強制するなかれ』(1)
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「ほら」
『斎京』行きの列車を待っている間にと、ホームでオウライカが手にしたものを差し出してやると、カザルは奇妙な顔でそれを凝視した。
つやつやとした茶色の革ベルト。ただし、大きさは腰に巻くというより、もっと細いところ、さしづめ首回りならちょうどいい。
ベルトそのものに紋様を押印してある。銀の大きめの金具がベルトの細さにはいささか無骨だ。
「………こういう趣味があんの」
「は?」
受け取りもしないでねめつけ、険しい顔をして唸った後、カザルはふいににやりと唇を綻ばせた。細めてオウライカを見返す瞳の奥に、笑顔と反対の剣呑な光が散らつく。
「あんたも好き者だね? リードはついてないわけ?」
「くっ」
隣に居たブライアンが吹き出し、オウライカは眉を寄せた。
「ブライアン」
「は、申し訳ありません。失礼いたしました」
「……いい」
やっぱりそう見えてしまうのか、と溜め息をつく。生真面目な声で謝ってきたブライアンが、笑いを噛み殺しきれないのは震えている空気でわかる。
ああ、そうだ、カザルは『塔京』の人間だったのだ、ならばこういうものを性の玩具と捉える方が普通なのだ。
今さらながらにオウライカは思い出した。
「……何さ」
ブライアンの笑いとオウライカの呆れた声に不愉快そうにカザルが唇を曲げる。大きな瞳が噛みつきそうな怒りに揺れる。
「何がおかしいの」
「リード、は必要がない。君は犬じゃないだろう」
「でもこれ、首輪でしょ?」
居直ったようにひょいとカザルはベルトを手に取った。
「俺はどうせあんたに飼われてる身だから? どう、似合う?」
首元に当てて、ちら、と媚びを含めてオウライカを見遣る。
「わん」
「鳴かんでいい」
オウライカは溜め息をとともに唸った。同時に列車が入ってきて、オウライカはカザルの手からベルトを奪い取った。
「あ」
思わずと言った気配の不安そうな声に笑う。
「中で話してやる」
「うわ………すげえ……」
階段を上がって列車の二階席に入ったカザルは呆然とした顔で周囲を見回した。
「これかあ…………VIP用って……ソファに……テーブルに………バーまである! うわ、ふかふかっ!」
嬉しそうに飛び込んで、ばふんばふんとソファで跳ねる相手にブライアンがくすくす笑う。不躾で野放図な男は嫌いなはずだが、カザルは気に入ったらしい。さすがに人の心に入り込むのはうまいな、と思いながら、オウライカははしゃぐカザルに声をかけた。
「カザル」
「すげえっ! ここで眠れるよねっ」
期待満面で振り向かれて一瞬ことばを失う。
「…寝室は向こうにある」
「向こうっ? え、ほんとにあんのっ!」
跳ね起きてばたばたと走っていく姿は遊園地に初めてきた子どものようだ。
「カザ……」
「うわあああっ、ベッドにシャワーまであるっ! 準備万端じゃんっ!」
邪気のない言動とは反対の際どい台詞、何が準備万端なんだ、と突っ込みたくなるのを眉を寄せてやり過ごし、オウライカは寝室を走り回ってはしゃいでいるカザルの腕を掴んだ。
「カザル」
「なに」
振り返ったカザルが瞳を光らせる。唇の片端を上げた笑み、そのままよろけたようにベッドに座り込み、くたりと寝そべってみせた。
「もう………やんの?」
「………カザル」
目をきらきらさせて誘うカザルを静かに見下ろす。微かに仰け反らせた首、こくりと動く温かそうな喉仏は、相手も待っていると知らせて挑発的だ。掴まれた腕から力を抜いているのも、おそらくは計算づく、思うがままに貪れる、その欲望を煽り立てる。ブライアンが側に居るのも構わない、それほど切羽詰まった願いをどうにかしてやろう。そう囁きかける声が聞こえる。
心得たようにブライアンが寝室を出ていくのに溜め息をついた。カザルに相手をさせておけばオウライカは退屈しない、早くもそう考えるようになったらしい。
大柄な後ろ姿が階段下の定位置につくのを見遣り、カザルに目を戻す。
「……君は抱かれるのが不本意だと思っていたが?」
「違うよ、不本意なのはあんたの方でしょ」
くすくすとカザルは笑った。柔らかで優しい声、この前のように容赦なく、ではなく、ゆっくり追い上げて喘がせてみればもっと楽しいだろう。だが。
「………どっちでもいい。とにかく起きろ。それでは話にならない」
「話?」
「これのことだ」
ベルトを見せると、カザルはごそごそと起き上がった。乱れた髪の毛をかきあげる。
「うん、だからいいよ? 別に俺はそういうの嫌いじゃないし」
むしろ、新しい体験にどきどきしている、そういう気配で微笑む。
「君は勘違いしている」
「なんで? ベッドを刺激的にするための道具」
オウライカの手にしたベルトにふっくらとした唇を尖らせ、ちゅ、とキスして見せる。
「でしょ?」
上目遣いに誘う瞳は潤み始めている。
それならこちらも楽だったんだが、とオウライカは吐息を重ねた。
「違う」
「は?」
「これは『そういう用途』じゃない。確かに手元に適切なものがなくて、こういうサイズになったのは悪かったが、ガード容量を考えると手首サイズじゃ無理だろうと思ったからな」
「ガード容量?」
『斎京』行きの列車を待っている間にと、ホームでオウライカが手にしたものを差し出してやると、カザルは奇妙な顔でそれを凝視した。
つやつやとした茶色の革ベルト。ただし、大きさは腰に巻くというより、もっと細いところ、さしづめ首回りならちょうどいい。
ベルトそのものに紋様を押印してある。銀の大きめの金具がベルトの細さにはいささか無骨だ。
「………こういう趣味があんの」
「は?」
受け取りもしないでねめつけ、険しい顔をして唸った後、カザルはふいににやりと唇を綻ばせた。細めてオウライカを見返す瞳の奥に、笑顔と反対の剣呑な光が散らつく。
「あんたも好き者だね? リードはついてないわけ?」
「くっ」
隣に居たブライアンが吹き出し、オウライカは眉を寄せた。
「ブライアン」
「は、申し訳ありません。失礼いたしました」
「……いい」
やっぱりそう見えてしまうのか、と溜め息をつく。生真面目な声で謝ってきたブライアンが、笑いを噛み殺しきれないのは震えている空気でわかる。
ああ、そうだ、カザルは『塔京』の人間だったのだ、ならばこういうものを性の玩具と捉える方が普通なのだ。
今さらながらにオウライカは思い出した。
「……何さ」
ブライアンの笑いとオウライカの呆れた声に不愉快そうにカザルが唇を曲げる。大きな瞳が噛みつきそうな怒りに揺れる。
「何がおかしいの」
「リード、は必要がない。君は犬じゃないだろう」
「でもこれ、首輪でしょ?」
居直ったようにひょいとカザルはベルトを手に取った。
「俺はどうせあんたに飼われてる身だから? どう、似合う?」
首元に当てて、ちら、と媚びを含めてオウライカを見遣る。
「わん」
「鳴かんでいい」
オウライカは溜め息をとともに唸った。同時に列車が入ってきて、オウライカはカザルの手からベルトを奪い取った。
「あ」
思わずと言った気配の不安そうな声に笑う。
「中で話してやる」
「うわ………すげえ……」
階段を上がって列車の二階席に入ったカザルは呆然とした顔で周囲を見回した。
「これかあ…………VIP用って……ソファに……テーブルに………バーまである! うわ、ふかふかっ!」
嬉しそうに飛び込んで、ばふんばふんとソファで跳ねる相手にブライアンがくすくす笑う。不躾で野放図な男は嫌いなはずだが、カザルは気に入ったらしい。さすがに人の心に入り込むのはうまいな、と思いながら、オウライカははしゃぐカザルに声をかけた。
「カザル」
「すげえっ! ここで眠れるよねっ」
期待満面で振り向かれて一瞬ことばを失う。
「…寝室は向こうにある」
「向こうっ? え、ほんとにあんのっ!」
跳ね起きてばたばたと走っていく姿は遊園地に初めてきた子どものようだ。
「カザ……」
「うわあああっ、ベッドにシャワーまであるっ! 準備万端じゃんっ!」
邪気のない言動とは反対の際どい台詞、何が準備万端なんだ、と突っ込みたくなるのを眉を寄せてやり過ごし、オウライカは寝室を走り回ってはしゃいでいるカザルの腕を掴んだ。
「カザル」
「なに」
振り返ったカザルが瞳を光らせる。唇の片端を上げた笑み、そのままよろけたようにベッドに座り込み、くたりと寝そべってみせた。
「もう………やんの?」
「………カザル」
目をきらきらさせて誘うカザルを静かに見下ろす。微かに仰け反らせた首、こくりと動く温かそうな喉仏は、相手も待っていると知らせて挑発的だ。掴まれた腕から力を抜いているのも、おそらくは計算づく、思うがままに貪れる、その欲望を煽り立てる。ブライアンが側に居るのも構わない、それほど切羽詰まった願いをどうにかしてやろう。そう囁きかける声が聞こえる。
心得たようにブライアンが寝室を出ていくのに溜め息をついた。カザルに相手をさせておけばオウライカは退屈しない、早くもそう考えるようになったらしい。
大柄な後ろ姿が階段下の定位置につくのを見遣り、カザルに目を戻す。
「……君は抱かれるのが不本意だと思っていたが?」
「違うよ、不本意なのはあんたの方でしょ」
くすくすとカザルは笑った。柔らかで優しい声、この前のように容赦なく、ではなく、ゆっくり追い上げて喘がせてみればもっと楽しいだろう。だが。
「………どっちでもいい。とにかく起きろ。それでは話にならない」
「話?」
「これのことだ」
ベルトを見せると、カザルはごそごそと起き上がった。乱れた髪の毛をかきあげる。
「うん、だからいいよ? 別に俺はそういうの嫌いじゃないし」
むしろ、新しい体験にどきどきしている、そういう気配で微笑む。
「君は勘違いしている」
「なんで? ベッドを刺激的にするための道具」
オウライカの手にしたベルトにふっくらとした唇を尖らせ、ちゅ、とキスして見せる。
「でしょ?」
上目遣いに誘う瞳は潤み始めている。
それならこちらも楽だったんだが、とオウライカは吐息を重ねた。
「違う」
「は?」
「これは『そういう用途』じゃない。確かに手元に適切なものがなくて、こういうサイズになったのは悪かったが、ガード容量を考えると手首サイズじゃ無理だろうと思ったからな」
「ガード容量?」
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