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2.『忠誠を強制するなかれ』(2)
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「これから君は『斎京』に入る」
「……はい」
オウライカの話が全然色っぽくないばかりか、かなり真面目な内容だと気づいたらしく、カザルが座り直した。
こういうところの勘の良さは好ましいな。
オウライカは微笑む。
「君には想像つかないだろうが、『斎京』は思念波が物理的な力にまで高まる場所がある」
「思念波?」
「人の考えとか想いとかだ」
相手が落ち着いて話を聞きそうなので、オウライカもカザルの隣に腰を降ろした。無邪気にふんふん頷く相手に続ける。
「君が私を狙うのは構わない。いつだって、隙があれば殺してくれていい」
「……ふぅん」
「無理だぞ」
「……………はぁい……」
一瞬滲んだ殺気にじろりと見遣ると、カザルが中途半端な笑いを浮かべて力を抜く。
「いつだってって言ったのに……」
「隙があれば、だ」
「隙があるように見えた」
「鍛練が足りないな」
む、とカザルは唇を尖らせる。まるで悪戯を仕掛けたのを見つかった子どものような表情だ。
「……で、『斎京』に住んでる者ならそういう所は避けるし、めったに巻き込まれることはないが、君には見えないし危険性も感じないだろう。だからといって、向こうが待ってくれるわけもない。へたに巻き込まれて酷い目にあうのは面白くないから、とりあえずガードを作っておいた」
『塔京』は欲望渦巻く街だ。それは言い換えれば、そういうものを制御せずに野放しにしていても大きな問題にならないということでもある。
だが、『斎京』は違う。中途半端な情念は、自らを食い尽くす鬼を出現させ、都市のバランスを狂わせる。ましてや、カザルのように欲望を煽るために訓練された男などあっという間に魔性の餌食、それはそれで寝覚めが悪い。
オウライカの冷徹な計算に、カザルは予想とは違った反応をした。
「作った……?」
からかい半分に聞いていた顔が惚ける。瞬きをし、ためらいがちに問いを重ねる。
「…あんたが?」
「ああ」
「…これを?」
「ああ」
「………俺に?」
「……ああ」
何かとんでもない打ち明け話を聞いてしまったように、カザルは信じられないと言った顔でしげしげとベルトを見つめている。
居心地悪くなってオウライカは眉をしかめ、カザルの視点でベルトを眺め直した。
確かに多少急いで作り過ぎたかもしれない。出来も、専門の職人の物よりはいささか劣るだろう。処理も厳密ではないし、気配に敏感なものなら、ガードの甘さを指摘できるかもしれない。
「そうだ。確かに君の言う通り、犬用の首輪に見える。本当はもうちょっとデザインを選びたかったが『塔京』には素材がないから、今はそれで我慢して………カザル?」
「なんか……凄く綺麗な細工がしてあるよ?」
引け目があるのでさっさと謝っておこうとしたオウライカは、カザルがうってかわっておずおずとした様子でベルトの表面を撫でるのに気づいた。
「紋様だ。念を封じ込める形だ。君にどれだけ合うかわからないが」
表面に取り急ぎ彫り込んだ紋様は、一般的なものとオウライカが読み取ったカザルの紋章を絡ませて組上げている。それほど違ってはいないはずだ、抱いた感覚では。
「俺のために…?」
「ガードは本来一人一人違う。ひょっとしたら、もっと適切な形があるかも知れないが、まだ君のことはよくわからないからな。取り敢えず私の紋を入れて、ガードを強めたが」
「……俺の」
「ああ」
「………俺、専用」
「そうなる」
「他のやつは………つけない?」
「合わないからな」
「ふぅ、ん」
ちろり、と不安そうに見上げた視線を、カザルはすぐにベルトに戻した。
「もっと君のことがよくわかったら、作り直してやる」
今度は、ぴくん、と大きく体を震わせて、カザルはオウライカを見た。何か言いたげな唇、驚きに見開かれた琥珀の瞳が揺れている。一瞬ためらった後、
「…作り直す…?」
そっと問い直されて、疑われたのかと語気を強めた。
「そうだ、作り直す。『斎京』にいけば、もっといい素材もあるし、色も美しいのがある」
何を必死に弁解しているんだろうな。
思いつつ、さっき拘っていたことを思い出して、ことばを継いだ。
「まあ、少なくとも、『そういう用途』に見えないものを作り直してやる」
「あ」
ふいにカザルがみるみる真っ赤になった。うろたえた顔で俯き、ベルトを何度も愛しげに撫でる。
それはどう見ても恥じらいの顔、ベッドでさえ見たことがないのにとオウライカが密かに驚くと、苦しそうに掠れた声を絞り出した。
「……ごめん」
「え?」
「……ごめん………俺……そういうのしか……知らなくて……」
「ああ」
なんだそんなこと、と笑いかけたが、顔を上げたカザルが頬を紅潮させたまま半泣きになっているのに口を噤んだ。
「カザル?」
「……つけて?」
少し、首を傾げてみせた。細めた瞳が優しく甘く潤んでいる。
「自分でできるだろう?」
「……つけてよ」
差し出そうとしたベルトを押し返してくる。
「あんたの手で、つけて」
ねだる声には不思議に色気はなかった。ただただ、妙に嬉しそうな、華やいだ顔、大切なことばのように繰り返す。
「あんたがつけて」
「……そういう意味じゃないぞ?」
「……わかってる」
目を閉じ、ん、と差し出された首の付根にはこの前つけたキスマークが残っている。その少し上にベルトを巻いてきつくないように留めると、カザルは感触を味わうように息を詰め、やがて、ほう、と柔らかな息を吐いた。
「なんか………変な気分」
見開いた瞳が蕩けている。瞬きを繰り返すたびに、金の瞳が淫猥な色に濡れ始める。とろとろと形を失って、滴る蜜に似た甘い光。
「わん」
オウライカを見つめると、小さく鳴いた。ぺろり、と舌で唇を舐める。
「鳴かんでいいと言った」
「くぅん」
「自分で犬化してどうする」
「くぅ、ん」
目を閉じて上気した顔で唇を寄せてくる。
「キスしてほしいのか?」
「……わん……」
これはそのうち殺されるかもしれないな。
オウライカは溜め息をつきながら、甘えるカザルを抱き寄せた。
「……はい」
オウライカの話が全然色っぽくないばかりか、かなり真面目な内容だと気づいたらしく、カザルが座り直した。
こういうところの勘の良さは好ましいな。
オウライカは微笑む。
「君には想像つかないだろうが、『斎京』は思念波が物理的な力にまで高まる場所がある」
「思念波?」
「人の考えとか想いとかだ」
相手が落ち着いて話を聞きそうなので、オウライカもカザルの隣に腰を降ろした。無邪気にふんふん頷く相手に続ける。
「君が私を狙うのは構わない。いつだって、隙があれば殺してくれていい」
「……ふぅん」
「無理だぞ」
「……………はぁい……」
一瞬滲んだ殺気にじろりと見遣ると、カザルが中途半端な笑いを浮かべて力を抜く。
「いつだってって言ったのに……」
「隙があれば、だ」
「隙があるように見えた」
「鍛練が足りないな」
む、とカザルは唇を尖らせる。まるで悪戯を仕掛けたのを見つかった子どものような表情だ。
「……で、『斎京』に住んでる者ならそういう所は避けるし、めったに巻き込まれることはないが、君には見えないし危険性も感じないだろう。だからといって、向こうが待ってくれるわけもない。へたに巻き込まれて酷い目にあうのは面白くないから、とりあえずガードを作っておいた」
『塔京』は欲望渦巻く街だ。それは言い換えれば、そういうものを制御せずに野放しにしていても大きな問題にならないということでもある。
だが、『斎京』は違う。中途半端な情念は、自らを食い尽くす鬼を出現させ、都市のバランスを狂わせる。ましてや、カザルのように欲望を煽るために訓練された男などあっという間に魔性の餌食、それはそれで寝覚めが悪い。
オウライカの冷徹な計算に、カザルは予想とは違った反応をした。
「作った……?」
からかい半分に聞いていた顔が惚ける。瞬きをし、ためらいがちに問いを重ねる。
「…あんたが?」
「ああ」
「…これを?」
「ああ」
「………俺に?」
「……ああ」
何かとんでもない打ち明け話を聞いてしまったように、カザルは信じられないと言った顔でしげしげとベルトを見つめている。
居心地悪くなってオウライカは眉をしかめ、カザルの視点でベルトを眺め直した。
確かに多少急いで作り過ぎたかもしれない。出来も、専門の職人の物よりはいささか劣るだろう。処理も厳密ではないし、気配に敏感なものなら、ガードの甘さを指摘できるかもしれない。
「そうだ。確かに君の言う通り、犬用の首輪に見える。本当はもうちょっとデザインを選びたかったが『塔京』には素材がないから、今はそれで我慢して………カザル?」
「なんか……凄く綺麗な細工がしてあるよ?」
引け目があるのでさっさと謝っておこうとしたオウライカは、カザルがうってかわっておずおずとした様子でベルトの表面を撫でるのに気づいた。
「紋様だ。念を封じ込める形だ。君にどれだけ合うかわからないが」
表面に取り急ぎ彫り込んだ紋様は、一般的なものとオウライカが読み取ったカザルの紋章を絡ませて組上げている。それほど違ってはいないはずだ、抱いた感覚では。
「俺のために…?」
「ガードは本来一人一人違う。ひょっとしたら、もっと適切な形があるかも知れないが、まだ君のことはよくわからないからな。取り敢えず私の紋を入れて、ガードを強めたが」
「……俺の」
「ああ」
「………俺、専用」
「そうなる」
「他のやつは………つけない?」
「合わないからな」
「ふぅ、ん」
ちろり、と不安そうに見上げた視線を、カザルはすぐにベルトに戻した。
「もっと君のことがよくわかったら、作り直してやる」
今度は、ぴくん、と大きく体を震わせて、カザルはオウライカを見た。何か言いたげな唇、驚きに見開かれた琥珀の瞳が揺れている。一瞬ためらった後、
「…作り直す…?」
そっと問い直されて、疑われたのかと語気を強めた。
「そうだ、作り直す。『斎京』にいけば、もっといい素材もあるし、色も美しいのがある」
何を必死に弁解しているんだろうな。
思いつつ、さっき拘っていたことを思い出して、ことばを継いだ。
「まあ、少なくとも、『そういう用途』に見えないものを作り直してやる」
「あ」
ふいにカザルがみるみる真っ赤になった。うろたえた顔で俯き、ベルトを何度も愛しげに撫でる。
それはどう見ても恥じらいの顔、ベッドでさえ見たことがないのにとオウライカが密かに驚くと、苦しそうに掠れた声を絞り出した。
「……ごめん」
「え?」
「……ごめん………俺……そういうのしか……知らなくて……」
「ああ」
なんだそんなこと、と笑いかけたが、顔を上げたカザルが頬を紅潮させたまま半泣きになっているのに口を噤んだ。
「カザル?」
「……つけて?」
少し、首を傾げてみせた。細めた瞳が優しく甘く潤んでいる。
「自分でできるだろう?」
「……つけてよ」
差し出そうとしたベルトを押し返してくる。
「あんたの手で、つけて」
ねだる声には不思議に色気はなかった。ただただ、妙に嬉しそうな、華やいだ顔、大切なことばのように繰り返す。
「あんたがつけて」
「……そういう意味じゃないぞ?」
「……わかってる」
目を閉じ、ん、と差し出された首の付根にはこの前つけたキスマークが残っている。その少し上にベルトを巻いてきつくないように留めると、カザルは感触を味わうように息を詰め、やがて、ほう、と柔らかな息を吐いた。
「なんか………変な気分」
見開いた瞳が蕩けている。瞬きを繰り返すたびに、金の瞳が淫猥な色に濡れ始める。とろとろと形を失って、滴る蜜に似た甘い光。
「わん」
オウライカを見つめると、小さく鳴いた。ぺろり、と舌で唇を舐める。
「鳴かんでいいと言った」
「くぅん」
「自分で犬化してどうする」
「くぅ、ん」
目を閉じて上気した顔で唇を寄せてくる。
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「……わん……」
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オウライカは溜め息をつきながら、甘えるカザルを抱き寄せた。
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