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3.『鎧を信じるなかれ』
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「ん……」
列車が駅についた微かな振動にカザルが目を覚ました。しばらくぼんやりと、ここがどこだかわからないと言った顔で天井を見上げていたが、はっとしたように跳ね起きる。
「おはよう」
「っ、あ、ああ……」
オウライカがネクタイを締めているのを見つけて、露骨にほっとした顔で溜め息をつき、続いたオウライカのことばに我に返って悔しそうに歯を食いしばる。
「大丈夫だ、どこへも行かない」
「そんなこと…っ、聞いてねえっ」
「ふぅん? 夜中にずいぶんしっかりと人にしがみついていたようだが?」
「それは…っ」
赤くなりながら反論しても仕方ないと思ったのだろう、勢いよく布団をはねのけ、下着一枚の自分の身体を検分する。
「……?」
「何もしてないぞ」
「……なんで」
ひょい、と肩ごしに振り返った瞳が怒りできらきら光っている。首に嵌まった革のベルトが妙に似合って、獲物を逃がして機嫌を損ね、猛々しく苛立ってる猟犬という感じだ。
「何が」
上着を羽織り、身支度を整えながら応じて、オウライカはうっすら笑った。
「何がって………なんで抱かなかったの」
「据え膳は嫌いでな」
「………性格悪い」
「君の服はそこだ」
「………ちっ」
ふて腐れた顔でベッドの足下に広げられた服に近寄り、カザルは訝しそうに眉を潜めた。
「何、これ」
「何って、君の服だ。サイズは合うだろう。換えはまた準備させる」
「いや、そうじゃなくって。これって普通のスーツじゃん。………ってか、あんたも何、その普通のスリーピース!」
「おかしいか?」
「いや、おかしいとかそういう問題じゃなくて! あんた、ログ・オウライカだろ? 『斎京』のトップだろ! でもって、今『塔京』から『斎京』に戻ってきたんだろ!」
「説明してもらわなくともわかっているが」
「や、だからっ」
言いたいことがうまく伝わらないのだろう、カザルはきりきりして頬を赤くしている。
「俺、テレビで見たことあるもん! ログ・オウライカが外から戻ってくる時も、外に出かける時も、『斎京』じゃ盛大な迎えと送りの儀式があって、それで外の『ケガレ』を落として『斎京』に入るって! 黒いオープンカーに乗って! 白い手袋の手を振って! でもって、周りに大きな旗が翻ってて!」
「なんだ」
興奮しているカザルに眉を上げた。
「オープンカーに乗りたかったのか。なら、早く言っておけばよかったんだ」
「…は?」
「今日は諦めろ。次の時に乗せてやる」
約束して、そっか、それも面白いな、とくすりと笑うと、カザルは頭の上に大きな疑問符を浮かべながらこちらを見ている。
「どういう……ことなの」
「その『ログ・オウライカ』の顔を見たことは?」
「え……」
カザルが考え込む顔で首をかしげる。
「ん……あれ……?」
「まあいい、とにかく早く服を着ろ。もう降りるぞ」
「え、わ、ま、待って!」
ぱっと派手に身を翻した体の筋肉が艶やかに目を射る。
「………なんか変態っぽくない?」
カザルは列車から降りながら神経質に首のベルトを触っている。
確かにスーツの下のシャツの襟はかなり高くて、首の半ばまであるから多少隠れはするけれど、ごろごろするからとネクタイはせずに上のボタンを幾つか外してるから、少し開いた首回りに革ベルトが目立つ。
「普通のかっこしてんのに、これって」
「安心しろ、十分怪しい」
「……なんだよ、その保証の仕方は」
「じゃあ、完璧に変態だと言って欲しいか?」
「……欲しくない」
「なら、見事に変態だとか」
「……………も、いい」
ぷくっ、と膨れて首に襟をかき寄せながら、ふわふわした茶髪の頭を俯けた。側に居るブライアンが笑いを堪えてひくひくしているのに、オウライカはにやりとする。
「笑っても構わないぞ、ブライアン」
「いえ、とんでもない」
ぴしりと引き締まった顔になって、ブライアンは慌てて首を振った。
「ここからが私の仕事ですから」
「頼む」
微笑んでカザルを促し、ブライアンを従えてホームを横切っていく。
「……ねえ?」
きょろきょろしているカザルが不思議そうに瞬きする。
「どうして誰も迎えに来ないの?」
「忙しいんだろ」
「でも、だって……トップが戻ってきたのに……『塔京』だったら、カークさんの帰還はSPが隊列を作って迎えに出るよ?」
「迎えなら来てる」
「え…」
改札を抜けると、いつもの通り、すうっと黒いオープンカーが寄せてきた。
だが、そこには運転手以外にもう既に一人、肩に銀の飾りをつけた黒の礼服の男が乗っている。ひょいと目深に被っていた黒い警帽のひさしをあげると細面のどこといって特徴のない顔が笑いかけてきた。
「お帰りなさい、オウライカさん」
「留守の間はどうだった」
「特に何も…………その人は?」
「ああ。今度側に抱える。カザルくんだ、よろしく頼む」
「はい。カザルさん、よろしく。僕、ミシェル・ライヤーと言います」
ライヤーが白手袋の手を差し出した。ただ茫然としているカザルに、オウライカはくすくす笑って促す。
「カザル」
「え、あ、はいっ」
「よろしく、ライヤーです」
上品で穏やかな物腰、柔らかな笑顔、難しい話を持ち出してもじっくり効いてくれそうな。気品から言えば、遊び帰りの気配が強い今のオウライカより、ライヤーの方がトップに近いだろう。
きょろきょろとオウライカとライヤーを見比べるカザルが、困惑したまま差し出された手を握る。
「あ、あの、カザル……です………って、あんた、誰?」
「え? だから、ミシェル・ライヤーですけど」
「や、そうじゃなくて」
カザルが瞬きして戸惑った。
「なんで、あんたがそれに乗ってんの?」
「ああ」
にこりとライヤーが邪気のない顔で笑った。
「僕、オウライカさんの『影』なんですよ」
「影……? あ、じゃあ、何、あれってダミー? あの儀式って本物じゃないのっ」
苦笑しながらオウライカは肩を竦めた。
「『斎京』では単なる祭りの合図だ。パレード終了後に、街は三日間の無礼講で祭りに入る」
「じゃあ、行ってきます」
「頼む」
ライヤーがひょい、と首に巻いていた黒い布を引き上げて口元を覆った。警帽を目深にかぶれば、見えるのはほとんど目だけで認識可能な顔の特徴はほとんどない。覗いた瞳が、ただそれだけでも、ふいに油断のない光を満たすように見える。警帽のひさしの下から、ちらりとカザルを見返したが、オウライカの視線に確認するように瞬くのに頷き返す。
軽く手を振って去るライヤーを乗せたオープンカーは大通りへ向かっていく。その後ろに、次々と黒い車が派手派手しく追随する。
「まあ、ああやって、露骨にログ・オウライカの出入りを派手にしとけば、その実私個人はこうやってあちこち好き勝手なところにでかけられるわけだ」
「………」
「ついでに、公式訪問は彼が出かける。私は表には出ない。寧ろ、私がライヤーの『影』だな……じゃ、行こうか、私は徒歩で戻るんだ」
青い顔になって、凍りついたように竦むカザルを促した。
列車が駅についた微かな振動にカザルが目を覚ました。しばらくぼんやりと、ここがどこだかわからないと言った顔で天井を見上げていたが、はっとしたように跳ね起きる。
「おはよう」
「っ、あ、ああ……」
オウライカがネクタイを締めているのを見つけて、露骨にほっとした顔で溜め息をつき、続いたオウライカのことばに我に返って悔しそうに歯を食いしばる。
「大丈夫だ、どこへも行かない」
「そんなこと…っ、聞いてねえっ」
「ふぅん? 夜中にずいぶんしっかりと人にしがみついていたようだが?」
「それは…っ」
赤くなりながら反論しても仕方ないと思ったのだろう、勢いよく布団をはねのけ、下着一枚の自分の身体を検分する。
「……?」
「何もしてないぞ」
「……なんで」
ひょい、と肩ごしに振り返った瞳が怒りできらきら光っている。首に嵌まった革のベルトが妙に似合って、獲物を逃がして機嫌を損ね、猛々しく苛立ってる猟犬という感じだ。
「何が」
上着を羽織り、身支度を整えながら応じて、オウライカはうっすら笑った。
「何がって………なんで抱かなかったの」
「据え膳は嫌いでな」
「………性格悪い」
「君の服はそこだ」
「………ちっ」
ふて腐れた顔でベッドの足下に広げられた服に近寄り、カザルは訝しそうに眉を潜めた。
「何、これ」
「何って、君の服だ。サイズは合うだろう。換えはまた準備させる」
「いや、そうじゃなくって。これって普通のスーツじゃん。………ってか、あんたも何、その普通のスリーピース!」
「おかしいか?」
「いや、おかしいとかそういう問題じゃなくて! あんた、ログ・オウライカだろ? 『斎京』のトップだろ! でもって、今『塔京』から『斎京』に戻ってきたんだろ!」
「説明してもらわなくともわかっているが」
「や、だからっ」
言いたいことがうまく伝わらないのだろう、カザルはきりきりして頬を赤くしている。
「俺、テレビで見たことあるもん! ログ・オウライカが外から戻ってくる時も、外に出かける時も、『斎京』じゃ盛大な迎えと送りの儀式があって、それで外の『ケガレ』を落として『斎京』に入るって! 黒いオープンカーに乗って! 白い手袋の手を振って! でもって、周りに大きな旗が翻ってて!」
「なんだ」
興奮しているカザルに眉を上げた。
「オープンカーに乗りたかったのか。なら、早く言っておけばよかったんだ」
「…は?」
「今日は諦めろ。次の時に乗せてやる」
約束して、そっか、それも面白いな、とくすりと笑うと、カザルは頭の上に大きな疑問符を浮かべながらこちらを見ている。
「どういう……ことなの」
「その『ログ・オウライカ』の顔を見たことは?」
「え……」
カザルが考え込む顔で首をかしげる。
「ん……あれ……?」
「まあいい、とにかく早く服を着ろ。もう降りるぞ」
「え、わ、ま、待って!」
ぱっと派手に身を翻した体の筋肉が艶やかに目を射る。
「………なんか変態っぽくない?」
カザルは列車から降りながら神経質に首のベルトを触っている。
確かにスーツの下のシャツの襟はかなり高くて、首の半ばまであるから多少隠れはするけれど、ごろごろするからとネクタイはせずに上のボタンを幾つか外してるから、少し開いた首回りに革ベルトが目立つ。
「普通のかっこしてんのに、これって」
「安心しろ、十分怪しい」
「……なんだよ、その保証の仕方は」
「じゃあ、完璧に変態だと言って欲しいか?」
「……欲しくない」
「なら、見事に変態だとか」
「……………も、いい」
ぷくっ、と膨れて首に襟をかき寄せながら、ふわふわした茶髪の頭を俯けた。側に居るブライアンが笑いを堪えてひくひくしているのに、オウライカはにやりとする。
「笑っても構わないぞ、ブライアン」
「いえ、とんでもない」
ぴしりと引き締まった顔になって、ブライアンは慌てて首を振った。
「ここからが私の仕事ですから」
「頼む」
微笑んでカザルを促し、ブライアンを従えてホームを横切っていく。
「……ねえ?」
きょろきょろしているカザルが不思議そうに瞬きする。
「どうして誰も迎えに来ないの?」
「忙しいんだろ」
「でも、だって……トップが戻ってきたのに……『塔京』だったら、カークさんの帰還はSPが隊列を作って迎えに出るよ?」
「迎えなら来てる」
「え…」
改札を抜けると、いつもの通り、すうっと黒いオープンカーが寄せてきた。
だが、そこには運転手以外にもう既に一人、肩に銀の飾りをつけた黒の礼服の男が乗っている。ひょいと目深に被っていた黒い警帽のひさしをあげると細面のどこといって特徴のない顔が笑いかけてきた。
「お帰りなさい、オウライカさん」
「留守の間はどうだった」
「特に何も…………その人は?」
「ああ。今度側に抱える。カザルくんだ、よろしく頼む」
「はい。カザルさん、よろしく。僕、ミシェル・ライヤーと言います」
ライヤーが白手袋の手を差し出した。ただ茫然としているカザルに、オウライカはくすくす笑って促す。
「カザル」
「え、あ、はいっ」
「よろしく、ライヤーです」
上品で穏やかな物腰、柔らかな笑顔、難しい話を持ち出してもじっくり効いてくれそうな。気品から言えば、遊び帰りの気配が強い今のオウライカより、ライヤーの方がトップに近いだろう。
きょろきょろとオウライカとライヤーを見比べるカザルが、困惑したまま差し出された手を握る。
「あ、あの、カザル……です………って、あんた、誰?」
「え? だから、ミシェル・ライヤーですけど」
「や、そうじゃなくて」
カザルが瞬きして戸惑った。
「なんで、あんたがそれに乗ってんの?」
「ああ」
にこりとライヤーが邪気のない顔で笑った。
「僕、オウライカさんの『影』なんですよ」
「影……? あ、じゃあ、何、あれってダミー? あの儀式って本物じゃないのっ」
苦笑しながらオウライカは肩を竦めた。
「『斎京』では単なる祭りの合図だ。パレード終了後に、街は三日間の無礼講で祭りに入る」
「じゃあ、行ってきます」
「頼む」
ライヤーがひょい、と首に巻いていた黒い布を引き上げて口元を覆った。警帽を目深にかぶれば、見えるのはほとんど目だけで認識可能な顔の特徴はほとんどない。覗いた瞳が、ただそれだけでも、ふいに油断のない光を満たすように見える。警帽のひさしの下から、ちらりとカザルを見返したが、オウライカの視線に確認するように瞬くのに頷き返す。
軽く手を振って去るライヤーを乗せたオープンカーは大通りへ向かっていく。その後ろに、次々と黒い車が派手派手しく追随する。
「まあ、ああやって、露骨にログ・オウライカの出入りを派手にしとけば、その実私個人はこうやってあちこち好き勝手なところにでかけられるわけだ」
「………」
「ついでに、公式訪問は彼が出かける。私は表には出ない。寧ろ、私がライヤーの『影』だな……じゃ、行こうか、私は徒歩で戻るんだ」
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