『DRAGON NET』

segakiyui

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4.『儀式』

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 オープンカーはゆっくりと、『斎京』の駅から中央宮に続く大路を進む。
 周囲の沿道には人々が楽しげに集まり、そこかしこに塊になって車の後部座席に乗るライヤーに手を振っている。
「おかえりなさい、オウライカさま!」
「御無事で!」
 にこにこ笑い返しながら、ライヤーも白手袋の右手を振り返す。
 前方にはオープンカーの先導をするように、人の身長ほどある黒地の旗を振り回しながら、二列縦隊の『炎旗隊』が進む。
 旗に描かれた鈍い金の炎の模様が、ゆっくり大きく振られるに従って渦巻きながら闇夜に乱れるさまはいつも本当に美しい。今夜だけは明りを落とした沿道に、ところどころ焚かれた篝火を乱反射して、くるり、くるりと翻りながら、絡むこともなく地面に引きずられることもなく、空間を彩り切り取っていく。
 綺麗だな。
 ライヤーは黒い布に隠された唇に笑みを浮かべて見愡れる。
 もちろん、ライヤーはオウライカではない。
 それを『斎京』の人々も知っている。
 だがしかし、こうしてライヤーがパレードをするということは、『斎京』の守護であるログ・オウライカが京に戻ってきたという意味だ。
 見えない力が充満し横溢し、今にも地下から都市を喰い破ろうとしているこの不安定な京を制することのできる主人が、再びその居場所に腰を据えた。
 それが人々に安心をもたらす。
 この後行われる京をあげての三日間無礼講の祭は、『斎京』が主不在の時を耐え、破滅をとりあえずは回避できたという喜びを示すものに他ならない。
 そしてライヤーも、オウライカの帰還によって、その『影』たる役目から解き放たれ、しばしの休息を貪ることができる。
 『炎旗隊』の翻る旗はライヤーにとっても安堵と解放の証でもある。
 が、今回はそうではないらしい、と気づいて、左耳のインカムを押さえた。
「はい、ライヤーです」
『もう着くか?』
「ええ。ちょっと遅れてしまいましたが」
『何かあったのか』
「いえ。興奮した子どもが一人、オープンカーに乗りたいとごねて」
 くすりとライヤーは笑った。
「仕方ないので母親ごとちょっとだけ乗せました」
『私はそんなに優しくないぞ』
「そうですか?」
 今度は微かに首を振る。
「あなたは乗せますよ」
『それほどお人好しじゃない』
「ええ……数年前に車の前に飛び出した男を救う程度ですよね」
 思い出した光景は、京の外で食い詰めて飛び込んできたこの『斎京』で、初めて見たこのパレードだ。

 もともとライヤーは『斎京』出身ではない。『塔京』周辺の貧民街に居たのだ。
 両親は知らない。
 気がついたときは、食べ物を漁って街を徘徊する日々で、何とかまともな物を食べようと『塔京』に忍び込もうとして、酷い目に合った。
 その時一瞬、『塔京』の中央庁に入るリフト・カークを見た。
 白く無表情な陶器のような顔だった。人を踏みつけにできる男はこういう顔をしているのだと教えられたような気がした。
 追われ逃れて『斎京』へやってきて、警備もされていない駅に驚き、入り込んでその不思議な気配に茫然とした。
 外の駅から入ってくると一転して暗い街並、けれど静まり返っているのではなくて、街灯が消された沿道には篝火が焚かれ、側に一人ずつ明らかにSPと思われる人間が待機している。
 だが、誰も『塔京』のようにぴりぴりしていない。むしろ柔らかで熱い期待に空気が潤って湿っている。
 やがて、大路をゆっくりとやってきたのは暗闇に艶やかで荘厳な隊列だった。
 先頭を二列縦隊の巨大な黒い旗を翻らせて踊りながら歩く集団。その後に黒塗りのオープンカーに乗った男二人。
 一人はこれもSPらしい運転手だが、もう一人は黒の礼服に白手袋、黒の警帽を被り口元にまで首の黒い布を引き上げている。その男が沿道の人々に手を振ると、オウライカさま、と嬉しそうな叫びが上がる。
 オープンカーの後はやはり二列縦隊の黒塗りの車、こちらは男達がぎしりと詰めて乗っていて、オープンカーの男の重要性を思い知らせるようだった。
 翻る旗は美しかった。
 茫然と見守っているうちに、沿道の熱気に押されたのか、誰かがどしりとぶつかってきて、ライヤーは思わずよろめいた。疲労困憊して碌なものも食べていない、そんな体が耐えられるわけもなく、そのまま前のめりに車道に倒れた。
 轢かれるのか。でもそれでもいい。最後にこんなに綺麗なものを見られたのなら。
 気を失っていく視界に駆け寄ってきた誰かが覗き込み、強い力で抱きかかえながら何かを呟いたのがうっすら見えた。額にあてられたのは冷たくて気持ちのいい指、その一瞬に救われた、と思ったのが間違いではなかったとは、翌朝見も知らぬ大きな部屋で目覚めて気づいた。
 呆気に取られるライヤーに、部屋の主は笑って「私に人殺しをさせる気か」と話しかけてきた。
 それが『斎京』のトップ、ログ・オウライカだと知ったのは、それこそ側に仕える事務官として一から全てを叩きこまれ始めてからだ。

『「影」が必要だったからな』
 インカムの向こうのオウライカは低く笑った。
『そこにお前が飛び込んできただけだ』
「倒れ込んだ、の間違いですよ」
『どっちにしても、お前にとっちゃ災難だったな』
「僕にとっては幸運でした」
 どれほど口先であっさり流されようと、オウライカの静かで熱い本心はこの数年ライヤーの胸に刻まれている。
 その恩義を一瞬たりとも忘れない、この先ずっと、何があろうと。
「感謝しています」
『じゃあ、その感謝を使ってくれ』
「……『塔京』ですか」
『カークが刺客をよこした』
 オウライカのことばに微かに眉をしかめた。依然、表面上は笑って手を振りながら、目を細める。
 前方では『炎旗隊』が左右に分かれた。沿道にそって両脇に旗を並べて立っていく。その間を車は中央宮へ進んでいく。
「……カザルさん、ですか?」
『……カークの意図がわからん』
「そうですね」
 ライヤーの指摘をオウラウイカは否定しない。
『「塔京」に何か動きがあったのかもしれん。探ってくれ』
「入り込むのに時間がかかりますね?」
『だからお前に頼む』
「じゃあ、留守の間、僕の『影』をよろしくお願いします」
 くくく、と向こうで楽しそうな声が響いた。
「……カークさんはどうします?」
『状況によるな』
「勝手にやっていいですか」
『まかせる』
「わかりました。すぐに発ちます」
 切れた通話に細めていた目をゆっくり開いて、黒い布を口元から引き降ろす。
 見上げる視界に聳えたつ、紫色にライトアップされた中央宮の最上階に君臨する主を思う。
「……僕はあなたを守ります、オウライカさん」
 舞う風が髪を吹き乱す。
 暗い空にいつか自分を見下ろしていたカークの無表情な顔を思い出していた。
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