31 / 213
16.『下町』(2)
しおりを挟む
ファローズの紋の印象は『敏感な小鳥』だ。危険を察知し、異変に驚いて飛び上がる。
この数日、疲ればかりが溜まっている気配だったのに、今日の気配はちょっと違う。疲れの底にぴりぴりした緊張が潜んでいて、小鳥は大きく目を見開いて羽を膨らませて怯えている。
掠めた印象は白髪の男。巡視中に、ファローズが納得できないおかしなところで見たらしい。
そいつは『ネフェル』の一派だ。『ネフェル』とはライヤーが知らない名前だが何か意図を持って動いているのだろう、それにファローズが不安をかきたてられているらしい。ブルーム直属ではないらしく、ファローズはその『ネフェル』の上にいる『マジェス』という男にも不信感を抱いている。
「お待ちどうさまでした」
それぞれの疲れと緊張に応じた濃度と甘さにコーヒーを調節して持っていくと、飯をかき込み終わった連中が次々と手を伸ばしてきた。
「うめぇ……」
「生き返るなあ…」
「ライヤーのこれはもうたまんねえよなあ」
はぁ、とかほぉ、とか感極まった声が上がる中、ファローズだけが半端に平らげた飯の途中で中身を含み、訝しい顔になった。のそりとカップを持って立ち上がる。
「どうしたんです?」
「いや、これ、いつものか?」
「はい」
「すまん、ちょっとそっち行かしてくれ」
サングラスをはめたまま、ジャンパーを脱いだせいで一層小柄に見える体をきりきりさせながら厨房へやってくる。
「濃かったですか?」
「あ、ああ、うん」
ドアを開けて誘い入れ、厨房のテープル近くに椅子を引き寄せて座るファローズの後ろでドアを閉めた。
ぼんやりと手を組みながら座っているファローズの前からカップを取り上げ、何も言われないまま、そっとミルクを注ぎ足す。ちゃんと温めてあったそれを見て、ファローズがひょいと目を上げた。
「わざとか」
「え?」
「俺をこっちに呼び出したのか?」
「何がです?」
にっこり笑って見返すと、少し赤くなって目を逸らせた。
「いや、何でもねえ」
「僕がわざとファローズさんのコーヒーを濃く淹れたって?」
「勘だよ、勘」
「いい勘してますね?」
「じゃあやっぱりお前……っん」
はっとした顔を上げたファローズの顎の下に指をあて、一瞬唇を重ねる。びく、と震えたファローズが不愉快そうに眉をしかめたが、そのままゆっくり睫を伏せた。
「んっ……ん、はっ」
舌を差し込まれ、柔らかく嬲られたファローズが小さく喘ぎながら顔を逸らせる。潤んだ目を見開く相手に、唇を触れさせながら静かに囁いた。
「疲れたでしょう?」
「……」
「僕でよければ慰めますけど?」
「………はぁ」
微かに溜め息をついたファローズが誘うように目を閉じる。
ライヤーの胸の中、掌に捉えた小鳥が震えながら見上げるのがわかる。その羽根をそっと包み込み、軽く力をいれつつ、小さな頭を撫でてやる。
「お前……っ…男は……」
「ファローズさんならいいですよ」
吐息で笑うとぞくりとファローズが背中から震えた。
「好きなだけ、抱いてあげる」
「あ…ぁ…っ」
側に寄って体を引くのを抱き締める。胸の小鳥にするのと同様、今にも握り潰しそうな強さで一瞬握った股間に、反応しかけていたファローズのものがじわりと熱を帯びて勃ち上がった。
ファローズはネコだ。だが、それをあからさまにしていなくて、時々どうにも壊れそうになっているのを感じているから、煽るのは紋章を使うまでもない。押さえつけていた欲望を解き放てると期待させてやればいい。
「コーヒーが……冷める……っ」
それでも掠れた声でファローズが呻いた。
表の部屋はそれぞれに休みに行ってしまったのだろう、静まり返って人の気配がない。いつもならファローズに声をかけていくルインもこの部屋の様子では入ってこれまい。
薄笑いしながらライヤーは指先でファローズを嬲り続ける。
「ライ……ヤ…っ」
「そうですね、じゃあ」
ふいにぽん、と突き放すようにファローズを離した。
朦朧とした顔を上気させた相手が虚ろな瞳を向けてくるのに、エプロンを外しながら低く命じる。
「さっさと飲んで下さい。その後で」
「………」
何かに取り憑かれたようなあやふやさで、ファローズがそろそろとカップを持ち上げて喉へ流し込んだ。
この数日、疲ればかりが溜まっている気配だったのに、今日の気配はちょっと違う。疲れの底にぴりぴりした緊張が潜んでいて、小鳥は大きく目を見開いて羽を膨らませて怯えている。
掠めた印象は白髪の男。巡視中に、ファローズが納得できないおかしなところで見たらしい。
そいつは『ネフェル』の一派だ。『ネフェル』とはライヤーが知らない名前だが何か意図を持って動いているのだろう、それにファローズが不安をかきたてられているらしい。ブルーム直属ではないらしく、ファローズはその『ネフェル』の上にいる『マジェス』という男にも不信感を抱いている。
「お待ちどうさまでした」
それぞれの疲れと緊張に応じた濃度と甘さにコーヒーを調節して持っていくと、飯をかき込み終わった連中が次々と手を伸ばしてきた。
「うめぇ……」
「生き返るなあ…」
「ライヤーのこれはもうたまんねえよなあ」
はぁ、とかほぉ、とか感極まった声が上がる中、ファローズだけが半端に平らげた飯の途中で中身を含み、訝しい顔になった。のそりとカップを持って立ち上がる。
「どうしたんです?」
「いや、これ、いつものか?」
「はい」
「すまん、ちょっとそっち行かしてくれ」
サングラスをはめたまま、ジャンパーを脱いだせいで一層小柄に見える体をきりきりさせながら厨房へやってくる。
「濃かったですか?」
「あ、ああ、うん」
ドアを開けて誘い入れ、厨房のテープル近くに椅子を引き寄せて座るファローズの後ろでドアを閉めた。
ぼんやりと手を組みながら座っているファローズの前からカップを取り上げ、何も言われないまま、そっとミルクを注ぎ足す。ちゃんと温めてあったそれを見て、ファローズがひょいと目を上げた。
「わざとか」
「え?」
「俺をこっちに呼び出したのか?」
「何がです?」
にっこり笑って見返すと、少し赤くなって目を逸らせた。
「いや、何でもねえ」
「僕がわざとファローズさんのコーヒーを濃く淹れたって?」
「勘だよ、勘」
「いい勘してますね?」
「じゃあやっぱりお前……っん」
はっとした顔を上げたファローズの顎の下に指をあて、一瞬唇を重ねる。びく、と震えたファローズが不愉快そうに眉をしかめたが、そのままゆっくり睫を伏せた。
「んっ……ん、はっ」
舌を差し込まれ、柔らかく嬲られたファローズが小さく喘ぎながら顔を逸らせる。潤んだ目を見開く相手に、唇を触れさせながら静かに囁いた。
「疲れたでしょう?」
「……」
「僕でよければ慰めますけど?」
「………はぁ」
微かに溜め息をついたファローズが誘うように目を閉じる。
ライヤーの胸の中、掌に捉えた小鳥が震えながら見上げるのがわかる。その羽根をそっと包み込み、軽く力をいれつつ、小さな頭を撫でてやる。
「お前……っ…男は……」
「ファローズさんならいいですよ」
吐息で笑うとぞくりとファローズが背中から震えた。
「好きなだけ、抱いてあげる」
「あ…ぁ…っ」
側に寄って体を引くのを抱き締める。胸の小鳥にするのと同様、今にも握り潰しそうな強さで一瞬握った股間に、反応しかけていたファローズのものがじわりと熱を帯びて勃ち上がった。
ファローズはネコだ。だが、それをあからさまにしていなくて、時々どうにも壊れそうになっているのを感じているから、煽るのは紋章を使うまでもない。押さえつけていた欲望を解き放てると期待させてやればいい。
「コーヒーが……冷める……っ」
それでも掠れた声でファローズが呻いた。
表の部屋はそれぞれに休みに行ってしまったのだろう、静まり返って人の気配がない。いつもならファローズに声をかけていくルインもこの部屋の様子では入ってこれまい。
薄笑いしながらライヤーは指先でファローズを嬲り続ける。
「ライ……ヤ…っ」
「そうですね、じゃあ」
ふいにぽん、と突き放すようにファローズを離した。
朦朧とした顔を上気させた相手が虚ろな瞳を向けてくるのに、エプロンを外しながら低く命じる。
「さっさと飲んで下さい。その後で」
「………」
何かに取り憑かれたようなあやふやさで、ファローズがそろそろとカップを持ち上げて喉へ流し込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる