『DRAGON NET』

segakiyui

文字の大きさ
70 / 213

40.『修羅』

しおりを挟む
 『塔京』中央庁の廊下をカークは静かに歩み続ける。
 背後に従えるはシュガットとマジェス。その後ろにまたそれぞれの直属の部下が付き従う大人数を引き連れて大階段に向かう。
 カツッ。
 鋭い音を立てて、カークは大階段の上で立ち止まった。後ろから、従っていたシュガットとマジェスが歩みだして左右に分かれ、カークの進む道を守護する門柱のように両側に立つ。
 その中央でカークは半眼にしていた目を上げた。芝居がかった所作で、右のシュガットの白い虚ろな顔を、続いて左のマジェスのくすんだ表情のない顔を見遣り、二人の男に密やかな恐れの色を見い出して微かに目を細めた。たったそれだけのカークの顔の変化に、シュガットが顔を強ばらせ、マジェスが目の光をみるみる弱めるのに微笑する。
「街を封鎖してください」
 静かな声で言い放った。
「はっ」
 シュガットが目を見開きながら頷いた。
「防備を固め『塔京』への侵入を許さないように」
 ちらりと視線だけをマジェスに流す。
「……」
 無言でマジェスが頭を下げる。
「これより『塔京』は非常事態に入り、状況が安定するまで一切の交易を断つ」
 言い捨てて階段を降りていくカークを、地位的にはカークと同等であったはずの男達が控えて見送る。
 階段の中ほどに居たブルームが緊張した顔で見上げ、カークが進むにつれてゆっくり視線を下げていく。その視線を無視するカークに、堪えかねたように険しい声で話しかけてきた。
「何を考えている。『塔京』を保つのに、他でないと調達できないものもあるんだぞ」
「それが?」
「暴動につながる」
「押さえて下さい」
 こともなく言いつけてカークはなおも階段を降りる。
「そのための巡視強行です。兵隊にちゃんと働かせなさい。………それとも」
 うっすらと笑みを掃いて立ち止まり、ブルームと同じ段で相手を見上げた。
「っ」
 どきりとしたように竦んだ相手に、目を細めて唇を少し開き、舌先を覗かせて歯と上唇を一瞬舐めて見せる。ごくり、とブルームの喉が鳴る。
「ファローズを私に寄越しますか?」
「……カーク……っ」
「ずいぶんいい声で啼きそうじゃありませんか」
 さらりと言って視線を降ろした先には、階段の下で車の側に控えているジャンパー姿がある。その側にネフェル配下のルー・レンも居て、カークの視線に気付いたのか、くい、と顎をしゃくってファローズに合図した。
 はっとしたように見上げたファローズが、カークと目が合ったとたん見る見る赤くなり、やがて何かに気付いたように顔色を無くす。サングラスの後ろで瞬きし、誰かを求めるように必死にカークの凝視を振り切って背後を振り向いたが目当ての相手はいなかったらしい。追い詰められた怯えた表情でもう一度、吸い寄せられるようにカークを見上げてきたファローズに、巨大な肉食獣の前に引き出され、しかも屠られることを悦びとする、相手の惑いを感じ取ってくすくす笑う。
「本人も望むかもしれない」
「やめろ、カーク」
「あなたができないのなら、代わりを差し出してくれるのが筋じゃありませんか」
 視線をブルームに戻して低く嗤うと、相手が凍りついたような顔で見返してきた。
「あれでもいいです、私はね」
 いたぶるにはいい顔をしています、そう言い捨ててなおも階段を降りていく。不安そうに遅れて後を追ってくるブルームを従え、もう少し下の踊り場に居たエバンスとネフェルの間に立った。
 冷ややかに見据えてくるエバンス、スーツ姿でポケットに手を突っ込んだままのネフェル、両者をシュガットとマジェス同様それぞれに見遣って、
「エバンスくん」
「はい」
「あなたは私に何を差し出せますか」
「……おっしゃってることがよくわかりません」
 表情を消していた相手がかすかに頬を紅潮させ、眼鏡を押し上げる。
「十分な仕事をしていると思いますが」
「……私を満足させてくれる人はここにはいない、そういうことですか、ネフェルくん?」
「あんたが求めてんのは仕事で望みを叶えてくれる相手ってこと? それともベッドであんたを満足させてくれる相手ってこと?」
 きらきらと目を光らせて尋ねてきた。
「……相変わらず口のきき方を知らないな」
「形にこだわって肝心のことがわからなくなるのは困っちゃうでしょ、お互いに」
 ネフェルは肩を竦めた。
「はっきりしとけば、後々問題も少ないしね」
「君でもいいんですよ」
 カークは冷ややかに嗤った。
「使い捨てるものに贅沢を言うつもりはありません」
「使い捨て? ははん、トイレットロールみたいなもんなんだ、あんたが必要なのは」
 はははっ、とネフェルは笑い返し、カークの背後、大階段の上で立ち止まっているマジェスを見上げる。
「ねえ、マジェスさん、あんなこと言ってるよ? あんたもまさかこの人と同意見?」
「……『塔京』は彼のものだ」
 マジェスは低く唸った。
「彼が『塔京』を管理するために必要ならば用立てる」
 容赦ないマジェスの声にネフェルは顔色を変えた。
「へえ、そういうことになったんだ? そういうことでいいの、ねえ? マジェスさん、なら、こいつに僕らが食われてやれば『塔京』は安泰だってこと? あんたまで僕を使い捨てるって? ……は、馬鹿ばっか」
「カークさん」
 苛立ったように地団駄を踏むネフェルとカークの間に、いつの間に階段を上がってきていたのか、するりとルー・レンが割って入った。
「下の者があんたに直接物を言っていいのかわからないんですが、ウチのネフェルが聞いたように、あんたが欲しいのはあんたを満足させる男、ってことですか?」
「抱えている兵隊にあてでもあるのか」
 カークは薄く笑った。
 レグルもいない、シュガットももう前菜にしかならない、そんな自分を満たせる相手など、この世には一人しかいない。そして、その一人には永久に願いを口にできないのだ。
「ちょっと、面白いのが居るかもしれないんですが」
 え、なに、それってあいつのこと、でもあいつじゃ無理でしょ、無謀でしょ、となおさら騒々しく喚き出すネフェルを、ルー・レンがそっと後ろ手に触れて押さえた様子、逆にネフェルがきょとんとした顔でレンを見る。
「ルー・レン?」
「いかがですか」
「……面白い」
 カークは再び階段を降り始めた。立ち竦むブルーム、凍りついたエバンス、レンに庇われているようなネフェルを置き去って、階段下で待っていた車に近寄る。ドアの側で控えていたファローズのきつい眼差しに笑み返して後部座席に滑り込みながら、カークはもう一度ルー・レンを見上げた。
「よこして下さい」
「……わかりました」
 レンがにやりと凄みのある笑みで応じる。その背中でネフェルが軽蔑したような視線を降ろしてくる。
 ネフェルだけではない、よく見ればエバンスもブルームもシュガットもマジェスも、投げてくる視線は檻の中の珍獣か、ガラスケースの中で壊れかけている人形を見るようだ。
 嘲るがいい、見下すがいい。
 お前達の欲望を吸い上げて、『塔京』を破滅に追い落としてやる。
 カークは冷ややかに笑いながら、走り出す車の中で目を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...