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45.『涙を堪えるなかれ』(1)
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「いいの?」
「……」
襖をそっと開けたミコトが尋ねてくる。
部屋は暮れかけた夕日に薄赤く染まって、それがまるでオウライカの血の中に浸っているようで。
「…っ」
また滲み出した視界にカザルは唇をきつく噛んで膝を抱え俯いた。
「本当に、いいの」
オウライカさん、断っちゃって。
「いい、の……っ」
ごめん、ミコトさん、けど、今は放っておいて。
「誰にも……会いたく…なっ……」
しゃくりあげてまた唇を噛む。
「オウ…さん……っ……オウライ……さ……っ」
「……わかった」
ぱたりと閉まった襖、しゅるしゅると衣擦れの音をたてて、ミコトが遠ざかっていく。
涙が止まらない。
「や…だっ……やだ……よ…っ」
おかしなことだとはわかっている。カザルだってオウライカを殺しに来たのだ、今さらオウライカが死ぬことが辛いわけではないはずだ、でも。
『えーと「あんたが全部背負わなくても、「斎京」はあんたを恨みやしねえ」って…………どういうこと?』
『……他に何か言われたか?』
緊張したオウライカの顔。
『………人生は楽しむためにあるんだろうが……って』
『そうか……』
『どういう意味?』
『……君には関係ない』
ちらりと見上げてきた漆黒の深い瞳はすぐに逸らされ、微かな苦笑が過った。
あたりまえだ、いくら恨まないと言われても、みんなオウライカを信頼している、自分達を守ってくれるはずだ、逃げ出したりしないだろう、と。
だからこその蝶。
『カザル、俺が注文したのは』
『まあ、オウライカさま、ミコトさまは御存知ですか』
『……まだだ』
『おまけに蝶じゃありませんか』
『……多少手違いがあって』
死ぬ自分と繋げてはいけないとどこかで思ってくれたのだろうか。面映そうな表情でカザルを見ていた。
『……抱かれたいのか?』
『……うん……むちゃくちゃに』
『そっか』
柔らかな吐息。
『それに』
『ん?』
『どこへ行ってもいいって言ったでしょ? ガード設えたら、好きなところ行ってもいいって』
『そうだな』
苦笑して一言で同意して向けた背中のそっけなさは、何を胸に押し込めたのか。
『オウライカさんがここへ送ってきた時点で察してるわよ。殺さない、送り返しもしないで「斎京」へ囲い込んだ、だからあんたは特別だって踏んだのに』
『……』
『あのおたんちんは来ないし!』
『賭に負けたね』
『なんでオウライカさんから離れたの』
『……オウライカさん、殺してほしいの?』
『そんなことしなくても』
『え?』
『……こっちの話。それに聞いてるのはあたし』
一瞬辛そうに顔を歪めたミコト。
『……なんで…』
『ん』
『なんでさ……なんでもう…』
『俺……汚い?』
『そんなことはない』
カザルの抱いてくれないという責めに、戸惑って揺れていた瞳。今まで見たこともないような不安そうな表情。
『………来てくんなかった』
『……』
『俺、待ってたのに……ずっとずっと待ってたのに』
『……すまない』
『すまないって何、すまないって』
『……』
『俺を「塔京」から連れてきたの、オウライカさんでしょ? 俺を抱いたの、オウライカさんでしょ? 俺をここに預けたの、オウライカさんでしょ? どんな気持ちであの蝶を……っ』
『カザル』
『蝶、いっぱい写したんだから…っ、俺…っ……おれ……っ』
『カザル……もういい』
『もういいって何っ、もういいって。なのにっ、なのに、また…っ』
置いていくのかと責めたのは筋違いだった。置いていかねばならないからきっと、オウライカはカザルをおもちゃには抱かなかったのだろう。先がないと知っていたから、蝶を与えて縛らなかったのだ。自分の運命を心一つで堪え切って、甘えて詰って責めたカザルを抱き締めて守って支えてくれた。
『………私のせいだと思え………私がおかしな呪文をかけたんだと………「斎京」のオウライカがお前をたぶらかしたんだ』
「ひどい……よ、オウライ……さん……っ」
何も知らないでずっとねだって甘えていじけていた。
それでもすっくりいつの間にか、身体も心も持ち去られてた。
「もう……俺……あんたのとこしか……戻れないのに……っ」
あんたは俺を抱えたまんま、一体どこに消えようっていうの。
嗚咽しながら疲れ切って、カザルはそのまま眠り込んでしまった。
「……」
襖をそっと開けたミコトが尋ねてくる。
部屋は暮れかけた夕日に薄赤く染まって、それがまるでオウライカの血の中に浸っているようで。
「…っ」
また滲み出した視界にカザルは唇をきつく噛んで膝を抱え俯いた。
「本当に、いいの」
オウライカさん、断っちゃって。
「いい、の……っ」
ごめん、ミコトさん、けど、今は放っておいて。
「誰にも……会いたく…なっ……」
しゃくりあげてまた唇を噛む。
「オウ…さん……っ……オウライ……さ……っ」
「……わかった」
ぱたりと閉まった襖、しゅるしゅると衣擦れの音をたてて、ミコトが遠ざかっていく。
涙が止まらない。
「や…だっ……やだ……よ…っ」
おかしなことだとはわかっている。カザルだってオウライカを殺しに来たのだ、今さらオウライカが死ぬことが辛いわけではないはずだ、でも。
『えーと「あんたが全部背負わなくても、「斎京」はあんたを恨みやしねえ」って…………どういうこと?』
『……他に何か言われたか?』
緊張したオウライカの顔。
『………人生は楽しむためにあるんだろうが……って』
『そうか……』
『どういう意味?』
『……君には関係ない』
ちらりと見上げてきた漆黒の深い瞳はすぐに逸らされ、微かな苦笑が過った。
あたりまえだ、いくら恨まないと言われても、みんなオウライカを信頼している、自分達を守ってくれるはずだ、逃げ出したりしないだろう、と。
だからこその蝶。
『カザル、俺が注文したのは』
『まあ、オウライカさま、ミコトさまは御存知ですか』
『……まだだ』
『おまけに蝶じゃありませんか』
『……多少手違いがあって』
死ぬ自分と繋げてはいけないとどこかで思ってくれたのだろうか。面映そうな表情でカザルを見ていた。
『……抱かれたいのか?』
『……うん……むちゃくちゃに』
『そっか』
柔らかな吐息。
『それに』
『ん?』
『どこへ行ってもいいって言ったでしょ? ガード設えたら、好きなところ行ってもいいって』
『そうだな』
苦笑して一言で同意して向けた背中のそっけなさは、何を胸に押し込めたのか。
『オウライカさんがここへ送ってきた時点で察してるわよ。殺さない、送り返しもしないで「斎京」へ囲い込んだ、だからあんたは特別だって踏んだのに』
『……』
『あのおたんちんは来ないし!』
『賭に負けたね』
『なんでオウライカさんから離れたの』
『……オウライカさん、殺してほしいの?』
『そんなことしなくても』
『え?』
『……こっちの話。それに聞いてるのはあたし』
一瞬辛そうに顔を歪めたミコト。
『……なんで…』
『ん』
『なんでさ……なんでもう…』
『俺……汚い?』
『そんなことはない』
カザルの抱いてくれないという責めに、戸惑って揺れていた瞳。今まで見たこともないような不安そうな表情。
『………来てくんなかった』
『……』
『俺、待ってたのに……ずっとずっと待ってたのに』
『……すまない』
『すまないって何、すまないって』
『……』
『俺を「塔京」から連れてきたの、オウライカさんでしょ? 俺を抱いたの、オウライカさんでしょ? 俺をここに預けたの、オウライカさんでしょ? どんな気持ちであの蝶を……っ』
『カザル』
『蝶、いっぱい写したんだから…っ、俺…っ……おれ……っ』
『カザル……もういい』
『もういいって何っ、もういいって。なのにっ、なのに、また…っ』
置いていくのかと責めたのは筋違いだった。置いていかねばならないからきっと、オウライカはカザルをおもちゃには抱かなかったのだろう。先がないと知っていたから、蝶を与えて縛らなかったのだ。自分の運命を心一つで堪え切って、甘えて詰って責めたカザルを抱き締めて守って支えてくれた。
『………私のせいだと思え………私がおかしな呪文をかけたんだと………「斎京」のオウライカがお前をたぶらかしたんだ』
「ひどい……よ、オウライ……さん……っ」
何も知らないでずっとねだって甘えていじけていた。
それでもすっくりいつの間にか、身体も心も持ち去られてた。
「もう……俺……あんたのとこしか……戻れないのに……っ」
あんたは俺を抱えたまんま、一体どこに消えようっていうの。
嗚咽しながら疲れ切って、カザルはそのまま眠り込んでしまった。
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