『DRAGON NET』

segakiyui

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45.『涙を堪えるなかれ』(2)

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 あ……またここに来ちゃった。
 気付けば、いつかの夢の中の『華街』に居た。
 同じ……とこだよね?
 くるくると周囲を見回す。
 現実の『華街』よりも人気がなくて、寒々としていて、ただし今日は雨が降っていない。
 またあいつらが来るのかな。
 通りの遠くを見渡して、思わず懐を探ると、この間から設えていた蒼銀の針が指に触れた。抜き出してみると、ひんやりと露を帯びるようなその冷たさに思わず身震いする。
 本当ならば両側のどちらでも敵を貫けるように造るはずだが、片方をつぶして平らに伸ばし、小さな『龍』の紋様を彫ってあった。
 こんな、もので。
 どうやってオウライカが守れるのだろう。
 カザルの敵、オウライカにかかる闇は人を50年おきに喰らう竜なのだ。
 逃げろと言ってもオウライカは逃げないだろう、背中に何を庇っているかをわかっているから。
 闘えと言っても抵抗しないだろう、そうすることで竜が暴れて大切な人を苦しめるから。
 俺に何ができんの?
 泣いて、泣いて。
 ずっと泣いて、せっかく会いに来てくれるといったオウライカの逢瀬も拒んで。
 何もできないなら、せめて一時なりと乱れ狂ってオウライカの虚ろを満たせばいい。淫欲を引き出す手法も、熱を保って求め続ける貪欲さもブルームにきちんと仕込まれている。オウライカを身体に誘い込んで、追い込まれていく苦しさを欠片なりと減じてやればいい。
 でも。
 ぎゅ、と唇を噛んで触れたのは、髪に留めた簪で。
 でも、俺は。
 もうカザルは昔のカザルではなくなっている。目的のためならば、人を殺め、快楽を餌に堕としてもよし、自分の身体も道具の一つとして寸分迷いなく利用する、その虚しさを知っている。
 レシンの厳しいけれど温かな仕事の教えや、ミコトのさりげない思い遣りや、シューラの用意するおいしい飯や、何よりカザルを人として丁寧に対してくれるオウライカの掌にいる快さを、心底失いたくないと思っている。
 日ごとに不安定な震えで急かすセンサーには不安があるが、いざとなれば自分が死ねばいいだけのことで、それもひょっとしたらオウライカに抱かれて死ねるかもしれないと、甘やかな妄想に浸る切っ掛けにしか過ぎないような気もしてきて。
 ここで死んでも、いいや。
 そう思ったからこそ、オウライカを『華街』で待つとも決めた。
 なのに。
 オウライカさんが……いなくなる。
 ひゅうう、と寒い音をたてて街路を風が吹き抜ける。
 しゃらん、と微かな響きが届いてはっとした。
 顔をあげると、やはり道の彼方から、金波銀波のうねりのように帯を煌めかせてやってくる一行、朱色の傘がゆらゆらと揺れながら近付いてきていた。
 先頭の女が今度はまともにこちらを見据えながら、巨大な一つの瞳で微笑んでくる。
 なぜだろう、今度は怖いとさえ思わなかった。
『お迎えに、参りました』
 静かにやってきて、道の中央で立っているカザルにゆるりと頭を下げる。
『どうぞ、我が宮にお帰りなさいますように』
 帰る?
『………まこと、正統なお世継ぎでありますゆえに』
 世継ぎ?
 何、言ってんの、そうカザルは笑おうとした。俺は『塔京』の下層階級でのたうってた汚い餓鬼だよ?
『お戯れを申されますな』
 女は柔らかにことばを継いだ。
『あなたさまは我が宮、世界の南端を飾る宝玉、伽京の竜王でございます』
 ……え?
 伽京の、竜王?
 でも、伽京って、確か火山の噴火か、地震かで地底に呑み込まれたっていう話じゃ。
『愚かなものがあなたさまを僻地「塔京」に放ちましてございます』
 女はまた頭を下げた。
『よって伽京の竜は我を失い、都を焼き尽したこと、我らの手落ちにございます、が』
 今ここであなたさまをお迎えできれば、伽京の青竜も見事心を取り戻し、また慎ましく人の下に仕え、伽京は再び他都市をしのぐ都として栄えましょうぞ。
 女の声には怯みもなければ脅しもない。
 俺が……必要なの。
『是非に』
 ふぅん…。
 カザルは針を片手で投げた。ぐさりと手近の柳の幹に突き刺さり、柳が悲鳴をあげるように震える。
 オウライカさんも居なくなる。俺もそのうち『塔京』に始末される。
 それならあんた達の幻に付き合ってあげてもいいよ?
 知らない男に脚を開き、感じてもいない快感に泣き叫び、そうして自分を誰かの道具に貶める、あの生活に戻るぐらいなら。
『こちらへ』
 示されたのは行列の中ほどで抱え上げられていた朱塗りの輿だった。がっしりとした身体付きの赤い衣の男達がゆっくり地面に降ろすそれは、磨き抜かれた紅の座席の上を、やはり紅の天蓋が覆い、周囲を白い薄ものが包んでいる。
 これに、乗るの。
『その前に』
 やはり赤い衣を来た老婆が一人進みでて、ぱちんと掌を目の前で打った。ぶちぶちと奇妙な音が響いたと思うと、カザルの服が一気に裂けて散り落ちる。
 いきなり全裸に剥かれてちょっとどきりとしたが、冷ややかに相手を見遣ると、顎でしゃくった老婆の合図にまた行列の中から進みでた男が薄青く透ける衣を肩からかけてくれた。前を合わせて締めたのは黒い光沢のある帯、促されてそのまま輿に乗り込んだとたん、髪から簪が外れて落ちる。
 あ。
 さすがに慌てて手を伸ばそうとしたら、すいと盃を差し出された。簪を取らなくてはと思うのに、その盃を手にすると、思わず口に運んで一気に中身を飲み干し。
 っ……。
 視界が一気になくなって、カザルは輿の中で崩れ落ちた。がたりと揺れて持ち上げられた輿の中、身動きできない倦怠に微かに喘ぎながら、カザルは意識を失った。
 
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