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46.『偽りを紡ぐなかれ』(1)
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土産にと求めた五色最中というのはかなり無気味な代物で、五色の皮が二つずつ、中身の餡も五色に分かれていると言う。何を使って色をつけているのかと考えるだけで頭痛がしそうだったので、オウライカは適当にそれをミコトに押しつけて、すみやかにカザルの部屋へ行くつもりだった。
だが。
「邪魔するぞ」
「あっ」
戸口を入ったとたん、ばたばたと走り出てきたシューラは半泣きになっている。
「オウライカさまっ」
「どうした」
「カザルさんがっ」
「何っ」
部屋で眠り込んだまま、目を覚まさなくなりました、とシューラがすがりながら訴えてくるのに頷いて、足を速めて奥へ通る。
さすがのミコトも慌てたのか人払いは不十分だった。何ごとかとそれぞれの部屋から顔を出す男や女が、オウライカが血相を変えて上着を翻して入ってきたものだから、ぎょっとした顔で身を竦めて見送っている。
「ミコトっ」
「オウライカさんっ」
珍しく悲痛なミコトの声にただ事ではない、と直感して部屋に飛び込むと、畳の上にカザルがくたりと崩れて倒れている。
「どうしよう、カザルくんが」
「……何があった」
急いで側にしゃがみ込み、呼吸を確かめる。早くて浅い息に、もしやと下半身の着物をはだけると、いつもならきゃ、とかふざけそうなミコトが深刻な顔で覗き込んでくる。
下帯は濡れていない。左脚のつけねのセンサーの皮膚も爛れたり傷ついたりしていないのを確かめ、オウライカはとりあえずほっとした。
万が一、『塔京』がカザルを切り捨てにかかったら、まずここから神経中枢をやられる。失禁し痙攣し意識を失う。悲鳴を上げて悶え苦しみ、やがては苦痛の中で死に至る。
そのまま胸元に手を差し入れて鼓動を探り、手首に指を当て拍動を確認した。ずれや狂い、微弱はない。循環器系の問題でもない。
ただ顔色は至極悪い。青ざめて白く見える唇が微かに開いてせわしなく空気を貪っている。寄せられた眉は苦しそうにも切なそうにも見える。
「カザル」
「……」
「カザルっ」
「……」
「……どうなっている」
「こっちが聞きたいわよ」
何度か呼びかけても目覚めない。どちらかというと意識を失うほど眠り込んでいる、それに近いと見極めて、オウライカがミコトを振り返ると、相手はは大きな瞳を潤ませていた。
「放っておいてって言われても、夕飯も食べないし、そのうちオウライカさんが来ちゃうから、一声かけておこうと思ったのよ」
カザルくん、どうしたの、寝てるの?
そう呼び掛けて肩を揺すったとたん、ぐずりとまるで人形のように体が崩れてぞっとした、とミコトは唇を噛み締めた。
「さっきまでは、ただ泣きじゃくってたのよ、オウライカさん、オウライカさん、って呼びながら」
「……」
ずきりと痛んだ胸にオウライカは溜め息をついた。
贄になるのを隠していたのは、半分はオウライカのわがままだ。もしとことんまで抱きたくなって、あれを使おうと思ったとき、万が一カザルがオウライカへの同情や憐憫で身を任せてくるなら不愉快だ、ついそう思った。
元より、明日にもなくなる命と覚悟はできているつもりだったが、そういうあたりに自分の逡巡を今さら見せつけられているようで、落ち着かない気持ちは芽生えていた。
「……とにかく、布団に寝かせてやってくれ」
「あたしにやれって?」
「…わかった、私がやる」
「当然でしょう」
やれやれ、と溜め息を重ね、シューラが慌てて延べた布団にカザルを引きずり込む。べたりと力を失った身体がいつもの数倍重いのに、ふとオウライカは眉を寄せた。
「これは……」
「オウライカっ、オウライカ!」
背後の廊下が唐突に騒がしくなって振り返ると、トラスフィが汚れた顔のままずかずかとやってくる。
「どこにいんだよ!」
「こっちだ、トラスフィ」
「なんだよ、そんなとこで男侍らせてんじゃねえや!」
だが。
「邪魔するぞ」
「あっ」
戸口を入ったとたん、ばたばたと走り出てきたシューラは半泣きになっている。
「オウライカさまっ」
「どうした」
「カザルさんがっ」
「何っ」
部屋で眠り込んだまま、目を覚まさなくなりました、とシューラがすがりながら訴えてくるのに頷いて、足を速めて奥へ通る。
さすがのミコトも慌てたのか人払いは不十分だった。何ごとかとそれぞれの部屋から顔を出す男や女が、オウライカが血相を変えて上着を翻して入ってきたものだから、ぎょっとした顔で身を竦めて見送っている。
「ミコトっ」
「オウライカさんっ」
珍しく悲痛なミコトの声にただ事ではない、と直感して部屋に飛び込むと、畳の上にカザルがくたりと崩れて倒れている。
「どうしよう、カザルくんが」
「……何があった」
急いで側にしゃがみ込み、呼吸を確かめる。早くて浅い息に、もしやと下半身の着物をはだけると、いつもならきゃ、とかふざけそうなミコトが深刻な顔で覗き込んでくる。
下帯は濡れていない。左脚のつけねのセンサーの皮膚も爛れたり傷ついたりしていないのを確かめ、オウライカはとりあえずほっとした。
万が一、『塔京』がカザルを切り捨てにかかったら、まずここから神経中枢をやられる。失禁し痙攣し意識を失う。悲鳴を上げて悶え苦しみ、やがては苦痛の中で死に至る。
そのまま胸元に手を差し入れて鼓動を探り、手首に指を当て拍動を確認した。ずれや狂い、微弱はない。循環器系の問題でもない。
ただ顔色は至極悪い。青ざめて白く見える唇が微かに開いてせわしなく空気を貪っている。寄せられた眉は苦しそうにも切なそうにも見える。
「カザル」
「……」
「カザルっ」
「……」
「……どうなっている」
「こっちが聞きたいわよ」
何度か呼びかけても目覚めない。どちらかというと意識を失うほど眠り込んでいる、それに近いと見極めて、オウライカがミコトを振り返ると、相手はは大きな瞳を潤ませていた。
「放っておいてって言われても、夕飯も食べないし、そのうちオウライカさんが来ちゃうから、一声かけておこうと思ったのよ」
カザルくん、どうしたの、寝てるの?
そう呼び掛けて肩を揺すったとたん、ぐずりとまるで人形のように体が崩れてぞっとした、とミコトは唇を噛み締めた。
「さっきまでは、ただ泣きじゃくってたのよ、オウライカさん、オウライカさん、って呼びながら」
「……」
ずきりと痛んだ胸にオウライカは溜め息をついた。
贄になるのを隠していたのは、半分はオウライカのわがままだ。もしとことんまで抱きたくなって、あれを使おうと思ったとき、万が一カザルがオウライカへの同情や憐憫で身を任せてくるなら不愉快だ、ついそう思った。
元より、明日にもなくなる命と覚悟はできているつもりだったが、そういうあたりに自分の逡巡を今さら見せつけられているようで、落ち着かない気持ちは芽生えていた。
「……とにかく、布団に寝かせてやってくれ」
「あたしにやれって?」
「…わかった、私がやる」
「当然でしょう」
やれやれ、と溜め息を重ね、シューラが慌てて延べた布団にカザルを引きずり込む。べたりと力を失った身体がいつもの数倍重いのに、ふとオウライカは眉を寄せた。
「これは……」
「オウライカっ、オウライカ!」
背後の廊下が唐突に騒がしくなって振り返ると、トラスフィが汚れた顔のままずかずかとやってくる。
「どこにいんだよ!」
「こっちだ、トラスフィ」
「なんだよ、そんなとこで男侍らせてんじゃねえや!」
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