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46.『偽りを紡ぐなかれ』(2)
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いや、今は侍ってるのは私だぞ、と生真面目に振仰ぐと、トラスフィはすこぶる機嫌が悪いまま、苛立たしそうにサングラスの奥から睨みつけてきた。
「人を馬鹿にしやがって!」
「なんだ、一体」
「ルワンが動いてるじゃねえか!」
「ああ」
「ああ、じゃねえ、ああじゃっ!」
トラスフィは噛みつくように唸って、どうぞ、とシューラが差し出した濡れ手ぬぐいを、おう、すまねえ、と受け取った。ぐるぐる顔や首を拭きながら、
「あの糞餓鬼ゃ、人の鼻先でこっちがネフェルんとことやりあってんのいいことに、薄笑いして『塔京』に滑り込みやがった!」
「……トラスフィ」
それはな、実は、と言いかけたのを、
「待った、わかってる、もうルワンに聞いた、ハイトを探るんだろ」
「そうだ」
「なら、こっちに知らせるか、俺にやらせりゃよかっただろうが!」
こっちはあんたのやりたいことはちゃあんといつも呑み込んできたはずだぜ。
舌打ちしながら吐き捨てられてオウライカは苦笑した。
「黙ってこっちを陽動に使うってのは、どうせルワンの発想だろ、いけすかねえやつだ」
「…すまない」
「……あんたを責めてんじゃねえよ」
オウライカが改めてぺこりと頭を下げると、トラスフィが口ごもった。
「けど、俺だってあんたの役には立てるだろが?」
何もあんなねずみ野郎を使わなくてもよ。
いまいまし気にぼやくトラスフィに、とにかく膳を持ってきてやってくれ、とミコトに言い付け、オウライカは笑みを深めてトラスフィに向き直った。
「君は目立つんだ」
「あん?」
「大人しくしていられないだろう?」
「あんたに言われたかねえよ…」
トラスフィが鼻白んで、ふとようやく布団で横になっているカザルに気付いた。
「どうしたんだよ、こいつ」
「『夢喰い』に持っていかれたようだ」
「はぁ?」
「『夢喰い』っ?」
戻ってきたミコトがトラスフィの前に膳を置いて素頓狂な声をあげる。
「やだ、どうしてカザルくんが……あっ」
「……たぶん、そうだ」
オウライカはミコトに頷いた。
「そっか……カザルくん、オウライカさん恋しいって泣いてばっかりだったから」
「んだ、まだ抱いてねえのか」
「トラスフィ」
「そうなのよ、このおたんちんはこういうところは気が利くんだけど」
ミコトが玄関に放り出してきた五色最中の二箱目を開きながら呆れる。
「人の気持ちには、ほんと鈍感で」
「抱いてねえのに、囲ってんのか、そりゃ廓じゃ通らねえだろう」
「…トラスフィ」
「でしょ? カザルくんだってやっぱり世間体ってものがあんのに」
「そりゃそうだ、オウライカ、これはあんたが悪い」
「……君はどっちの味方なんだ」
さっそく盛ってもらった白飯と漬け物をかき込みながら箸でオウライカを指すトラスフィを、じろりと睨んだ。
「俺? 俺は、ほら、そういうのは苦手だからよ?」
だからいつも女に口説かれたら断らねえんだよ、としらっと言い逃れたが、一転厳しい顔になって、
「けど、どうする気だ? 『夢喰い』に持ってかれてんなら」
そうそう無事に戻ってこれねえだろうが。
「……取り戻す」
オウライカは上着を脱いでベストのボタンを外した。ネクタイを緩め、シャツも緩める。それから、カザルの枕元に座って、白い両頬を包み込み、うっすら汗に濡れた額に頭を押しつけた。
「おいおい、おいおい」
トラスフィが焦ったように背後で唸る。
「一人で『飛び込む』気かよ、戻ってこれねえぜ」
誰か補佐はつけねえのか、おい、ブライアンは何してんだよ。
「大丈夫だ」
騒ぐトラスフィを後目にオウライカは目を閉じる。カザルの身体がかなりひんやりしていて、一刻の猶予もなかった。
「慣れてる」
「慣れてるって、おい、オウライカっ」
「ああ、ライヤーくんでもやったわね」
「ライヤーぁ? そんなこと聞いてねえぞ、オウライカっ!」
ミコトのことばにトラスフィがうろたえた声で喚くのを、静かにしろ、と制した。
「ここに居るなら黙っててくれ。見てられないなら出ていってほしい」
「………俺ぁ、まだ飯の途中なんだよ」
ぼそりと唸ったトラスフィが、後でちゃあんと話聞かせてもらうぜ、と小さな声で凄んだ。
「人を馬鹿にしやがって!」
「なんだ、一体」
「ルワンが動いてるじゃねえか!」
「ああ」
「ああ、じゃねえ、ああじゃっ!」
トラスフィは噛みつくように唸って、どうぞ、とシューラが差し出した濡れ手ぬぐいを、おう、すまねえ、と受け取った。ぐるぐる顔や首を拭きながら、
「あの糞餓鬼ゃ、人の鼻先でこっちがネフェルんとことやりあってんのいいことに、薄笑いして『塔京』に滑り込みやがった!」
「……トラスフィ」
それはな、実は、と言いかけたのを、
「待った、わかってる、もうルワンに聞いた、ハイトを探るんだろ」
「そうだ」
「なら、こっちに知らせるか、俺にやらせりゃよかっただろうが!」
こっちはあんたのやりたいことはちゃあんといつも呑み込んできたはずだぜ。
舌打ちしながら吐き捨てられてオウライカは苦笑した。
「黙ってこっちを陽動に使うってのは、どうせルワンの発想だろ、いけすかねえやつだ」
「…すまない」
「……あんたを責めてんじゃねえよ」
オウライカが改めてぺこりと頭を下げると、トラスフィが口ごもった。
「けど、俺だってあんたの役には立てるだろが?」
何もあんなねずみ野郎を使わなくてもよ。
いまいまし気にぼやくトラスフィに、とにかく膳を持ってきてやってくれ、とミコトに言い付け、オウライカは笑みを深めてトラスフィに向き直った。
「君は目立つんだ」
「あん?」
「大人しくしていられないだろう?」
「あんたに言われたかねえよ…」
トラスフィが鼻白んで、ふとようやく布団で横になっているカザルに気付いた。
「どうしたんだよ、こいつ」
「『夢喰い』に持っていかれたようだ」
「はぁ?」
「『夢喰い』っ?」
戻ってきたミコトがトラスフィの前に膳を置いて素頓狂な声をあげる。
「やだ、どうしてカザルくんが……あっ」
「……たぶん、そうだ」
オウライカはミコトに頷いた。
「そっか……カザルくん、オウライカさん恋しいって泣いてばっかりだったから」
「んだ、まだ抱いてねえのか」
「トラスフィ」
「そうなのよ、このおたんちんはこういうところは気が利くんだけど」
ミコトが玄関に放り出してきた五色最中の二箱目を開きながら呆れる。
「人の気持ちには、ほんと鈍感で」
「抱いてねえのに、囲ってんのか、そりゃ廓じゃ通らねえだろう」
「…トラスフィ」
「でしょ? カザルくんだってやっぱり世間体ってものがあんのに」
「そりゃそうだ、オウライカ、これはあんたが悪い」
「……君はどっちの味方なんだ」
さっそく盛ってもらった白飯と漬け物をかき込みながら箸でオウライカを指すトラスフィを、じろりと睨んだ。
「俺? 俺は、ほら、そういうのは苦手だからよ?」
だからいつも女に口説かれたら断らねえんだよ、としらっと言い逃れたが、一転厳しい顔になって、
「けど、どうする気だ? 『夢喰い』に持ってかれてんなら」
そうそう無事に戻ってこれねえだろうが。
「……取り戻す」
オウライカは上着を脱いでベストのボタンを外した。ネクタイを緩め、シャツも緩める。それから、カザルの枕元に座って、白い両頬を包み込み、うっすら汗に濡れた額に頭を押しつけた。
「おいおい、おいおい」
トラスフィが焦ったように背後で唸る。
「一人で『飛び込む』気かよ、戻ってこれねえぜ」
誰か補佐はつけねえのか、おい、ブライアンは何してんだよ。
「大丈夫だ」
騒ぐトラスフィを後目にオウライカは目を閉じる。カザルの身体がかなりひんやりしていて、一刻の猶予もなかった。
「慣れてる」
「慣れてるって、おい、オウライカっ」
「ああ、ライヤーくんでもやったわね」
「ライヤーぁ? そんなこと聞いてねえぞ、オウライカっ!」
ミコトのことばにトラスフィがうろたえた声で喚くのを、静かにしろ、と制した。
「ここに居るなら黙っててくれ。見てられないなら出ていってほしい」
「………俺ぁ、まだ飯の途中なんだよ」
ぼそりと唸ったトラスフィが、後でちゃあんと話聞かせてもらうぜ、と小さな声で凄んだ。
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