84 / 213
47.『砂漠』(1)
しおりを挟む
この扱いって、ずっと昔、『塔京』で追い詰められた時と似てるよねえ。
ライヤーは背後からレンに突かれて、開いたドアからゆっくりと部屋の中に進んだ。
「……ライヤー、さん?」
「えーと、こんばんは? エバンスくん」
訝しそうに窓際から振り返ったエバンスが、金糸の髪に差し込む夕日を跳ねさせて、眼鏡の奥で目を細める。
「どうも」
「……どういうことです、レンさん」
エバンスはテーブルの向こうから回ってこないまま、ライヤーの後ろのレンを睨みつける。隠そうともしないはっきりとした敵意に、あれ、と思ったとたん、背後でレンが僅かに会釈した。
「当てはできましたか」
「何のことです」
「なんなら、こっちから一人、分けようかと」
「……その人を?」
エバンスがまた目をより細めた。
「ええ、この人を」
なかなか使い勝手がいいし、かなり有能ですよ。
レンが背後で口上を並べる。
人の心情に訴えるのも上手ですしね。
「あ、レンさん、それギャグ?」
「は?」
「あ、違った、しゃれ、だじゃれですよね」
ライヤーはにこにこ笑って口を挟む。
何を言い出すんだとエバンスもレンも双方覗き込んでくるのに、えへへと笑って、
「ほら、心情、上手、じょうじゅ、ですもんね! あれ? 今イチかな」
「…………こいつを?」」
無表情になったエバンスが冷然とレンを振り向く。
「はあ、まあ」
レンが苦笑しながらぐい、とライヤーの背中を突いて、痛た、あんまり突かないで、とライヤーは眉をしかめた。
「まあ、普段はこんなですが」
うっとうしそうな声でレンが続ける。
「情報処理、データ解析能力は十分です。度胸も座ってるし、あっちの方もかなり使えますよ」
ほら、この口上のされ方が似てるよね。
ライヤーは心の底で蠢いた懐かしい記憶を撫でてみる。
『塔京』の下層も下層、溝泥を這いずり回るような生活の中では、人と関わるというのは道具になるということだ。暴力と快楽への欲望を一度に満たすためには、すぐに壊れる女より、丈夫でなかなか快感に慣れない男の方が都合がいい。
それも、できればいつまでたっても懐かず慣れない、まっすぐなキャラクターが好まれる。
そういう意味ではライヤーはいささか微妙だった。
噂に聞いたカザルが、何度抱かれてもそのたびに純な振る舞いを見せるくせに、乱れ方の妖しさ激しさは一際と言われ、一度ぐらいは抱いてみたいと囁かれ、抱いたら最後心身ともに天国だろう、そんな羨望とも畏怖ともつかぬものを託されるのと一線を画し、ライヤー達のような屑は抱き捨てられるために饗される。
何度無理しても丈夫ですぜ、堪えやしません、鈍いやつで。
そう下卑た笑いとともに押し出される床は大抵汚れて黒ずんでいた。
無駄な抵抗はしない。時間のかかるためらいもなし。命じられたことは淡々と受け入れやり遂げる。
確かに反応もいいし悪くはないが、何だか抱くと疲れるねえ、そういう客が増えていって、お前はどこまでいっても使いものにならねえなあと放り出した男は、ライヤーが本当はタチだと最後まで気付かなかった。
冷えた心を救ってくれたのはオウライカだ。
オウライカに拾われてしばらくは、ただよくできた機械のように仕事を覚えこなしていき、周囲もオウライカも仮面の上で通り過ぎたと思った矢先、ライヤーは『夢喰い』に捕まった。
そういうものがあるとは知らされていたが、まさか自分がそんなものに捕われるほど傷みを抱えているとは気付いてなくて、気付いた時には夢の中で喰われていた。
暗い路地、肩を、腕を、背中を脚を、何か黒くて重いものにしゃぶられ噛みつかれて、鮮血を散らしながら逃げ回る。終わらない苦痛。終わらない恐怖。終わらない絶望。
ばらばらになる寸前、オウライカが夢に滑り込んできた。
ライヤーは背後からレンに突かれて、開いたドアからゆっくりと部屋の中に進んだ。
「……ライヤー、さん?」
「えーと、こんばんは? エバンスくん」
訝しそうに窓際から振り返ったエバンスが、金糸の髪に差し込む夕日を跳ねさせて、眼鏡の奥で目を細める。
「どうも」
「……どういうことです、レンさん」
エバンスはテーブルの向こうから回ってこないまま、ライヤーの後ろのレンを睨みつける。隠そうともしないはっきりとした敵意に、あれ、と思ったとたん、背後でレンが僅かに会釈した。
「当てはできましたか」
「何のことです」
「なんなら、こっちから一人、分けようかと」
「……その人を?」
エバンスがまた目をより細めた。
「ええ、この人を」
なかなか使い勝手がいいし、かなり有能ですよ。
レンが背後で口上を並べる。
人の心情に訴えるのも上手ですしね。
「あ、レンさん、それギャグ?」
「は?」
「あ、違った、しゃれ、だじゃれですよね」
ライヤーはにこにこ笑って口を挟む。
何を言い出すんだとエバンスもレンも双方覗き込んでくるのに、えへへと笑って、
「ほら、心情、上手、じょうじゅ、ですもんね! あれ? 今イチかな」
「…………こいつを?」」
無表情になったエバンスが冷然とレンを振り向く。
「はあ、まあ」
レンが苦笑しながらぐい、とライヤーの背中を突いて、痛た、あんまり突かないで、とライヤーは眉をしかめた。
「まあ、普段はこんなですが」
うっとうしそうな声でレンが続ける。
「情報処理、データ解析能力は十分です。度胸も座ってるし、あっちの方もかなり使えますよ」
ほら、この口上のされ方が似てるよね。
ライヤーは心の底で蠢いた懐かしい記憶を撫でてみる。
『塔京』の下層も下層、溝泥を這いずり回るような生活の中では、人と関わるというのは道具になるということだ。暴力と快楽への欲望を一度に満たすためには、すぐに壊れる女より、丈夫でなかなか快感に慣れない男の方が都合がいい。
それも、できればいつまでたっても懐かず慣れない、まっすぐなキャラクターが好まれる。
そういう意味ではライヤーはいささか微妙だった。
噂に聞いたカザルが、何度抱かれてもそのたびに純な振る舞いを見せるくせに、乱れ方の妖しさ激しさは一際と言われ、一度ぐらいは抱いてみたいと囁かれ、抱いたら最後心身ともに天国だろう、そんな羨望とも畏怖ともつかぬものを託されるのと一線を画し、ライヤー達のような屑は抱き捨てられるために饗される。
何度無理しても丈夫ですぜ、堪えやしません、鈍いやつで。
そう下卑た笑いとともに押し出される床は大抵汚れて黒ずんでいた。
無駄な抵抗はしない。時間のかかるためらいもなし。命じられたことは淡々と受け入れやり遂げる。
確かに反応もいいし悪くはないが、何だか抱くと疲れるねえ、そういう客が増えていって、お前はどこまでいっても使いものにならねえなあと放り出した男は、ライヤーが本当はタチだと最後まで気付かなかった。
冷えた心を救ってくれたのはオウライカだ。
オウライカに拾われてしばらくは、ただよくできた機械のように仕事を覚えこなしていき、周囲もオウライカも仮面の上で通り過ぎたと思った矢先、ライヤーは『夢喰い』に捕まった。
そういうものがあるとは知らされていたが、まさか自分がそんなものに捕われるほど傷みを抱えているとは気付いてなくて、気付いた時には夢の中で喰われていた。
暗い路地、肩を、腕を、背中を脚を、何か黒くて重いものにしゃぶられ噛みつかれて、鮮血を散らしながら逃げ回る。終わらない苦痛。終わらない恐怖。終わらない絶望。
ばらばらになる寸前、オウライカが夢に滑り込んできた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる