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47.『砂漠』(2)
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後で聞けば、オウライカの前任、ファンロンという男が開発した『夢喰い』への対抗策だとかで、時に命もかけなくてはならない技、目覚めてそれを聞かされて、なぜそんな無茶を僕のために、そう尋ねたライヤーに、オウライカはいつもの苦笑を滲ませた。
『もう、十分傷ついただろう』
それから、
『君の紋章は砂漠なんだな』
そうオウライカは楽しそうに話してくれた。
『広大で熱くて静まり返っている。結構美しい』
飢え乾いて人を迷わせ殺してしまうってことですか。そんな状況なら、あなたがどれほど心血注いだところで、オアシスなんかにはなりませんよ。
反論したライヤーにオウライカはそんなつもりはない、と笑った。
『それだけの砂漠を癒せる水は降ってくるんじゃない、湧いてくるんだ』
どうやって水が湧く、そんな荒れ果て渇き切った心に。
首を傾げるライヤーに、大丈夫だ、と請け負ったのもオウライカだ。
『私の影になれ。そのうちにわかる』
なるほど、自分の危険を代替わりさせる存在が欲しいのか、そう思ったのはすぐに早とちりだとわかった。
オウライカはライヤーをオウライカ同様に扱うように周囲に命じたばかりか、仕事の方もオウライカ同様にこなせるように厳しく訓練した。
不在の間のトラブルの対処、公的な場所での振る舞い、プライベートでの応対まで仕込まれて、僕が全部できるようになったらどうするんです、そう尋ねたライヤーに、
『安心ができる』
しらっと言い放ったことばの意味を知るのはずっと後のことで。
竜に喰われるのだ、とある夜オウライカは打ち明けた。
それは避けようがない、必然だ。しかし、その後も『斎京』は存続するのだから、自分の後継者が居る。
君はもうそれができるだろう、と微笑まれて、ライヤーは初めて我を失った。我を失って、衝撃に耐え切れず、感情の糸が保てなくて、ただ、わかりました、とだけ無表情に頷いた。
わかりました、僕はそのときの代行のために居るんですね。じゃあ、僕もいずれはあなたと同じ竜の腹に入るってことですか。それなら満足です。
『違う。君は私が喰われたら「斎京」をとりあえず保ってくれればいい。それから後50年は竜は満腹らしいから、50年の間に「斎京」の竜を制御する方法をトラスフィと一緒に探してくれ。見つからなかったり、とても無理だと思ったら、急いで逃げろ』
いやです。
そう、言えなかった。
そんなことできません。
そうも言えなかった。
代わりにライヤーは跪いて頭を垂れた。
では、僕はあなたの望みを果たすためにあらゆる手段を手に入れる。
口に出さなかった激しい願い、唯一の願いは、オウライカの生存。
胸の中で密かに誓った。
あなたが竜に喰われる前に、僕はあなたを助け出す方法を見つけ出す。知らないんですか。荒れ渇いた砂漠に太陽さえ昇らなくなったら、砂漠は死の世界になるしかないんだ。水など要らない。僕は飢えた世界を最大限に生かして、あなたに降り掛かる全ての雨を吸い取ってみせる。
そうしてライヤーは見つけたのだ、オウライカを『斎京』に追いやった者、オウライカより遥かに贄にふさわしいのに、守られた世界でぬくぬくと快楽を享受している存在を。
『塔京』のカーク。
オウライカがどれほど庇おうと、オウライカを助けるのにそれしかないなら、ライヤーはカークを攫ってこよう。オウライカの代わりにカークを喰らわせ、『斎京』を保とう。『塔京』など勝手に破滅すればいい。
けれど、けれど。
微かに微かに、気持ちの端が綻びている。
ファローズやバーンの顔が、まだ夢でしか触れていない身体の切ない喘ぎが、ライヤーの決意を食い破る。
「ライヤー、さん!」
「…はい?」
強い声で呼ばれてライヤーは瞬きした。
「ほんとにあんたで大丈夫なのかな」
気付けば、レンはいなくなっている。目の前には相変わらず机の向こうに立ったままのエバンスが、警戒心を剥き出しにして腕を組んで立っている。
「えーと……何のお話、でしたっけ」
「…………これだ」
溜め息をついてエバンスが顔を背けた。
「ほんとにこれであのカークがどうにかできるのかな」
「……試してみます?」
「は?」
窓の外にゆっくり落ちていく日を見ながら、ライヤーは微笑んで繰り返した。
「抱かれてみます? それとも……僕を抱いてみます、エバンスくん?」
『もう、十分傷ついただろう』
それから、
『君の紋章は砂漠なんだな』
そうオウライカは楽しそうに話してくれた。
『広大で熱くて静まり返っている。結構美しい』
飢え乾いて人を迷わせ殺してしまうってことですか。そんな状況なら、あなたがどれほど心血注いだところで、オアシスなんかにはなりませんよ。
反論したライヤーにオウライカはそんなつもりはない、と笑った。
『それだけの砂漠を癒せる水は降ってくるんじゃない、湧いてくるんだ』
どうやって水が湧く、そんな荒れ果て渇き切った心に。
首を傾げるライヤーに、大丈夫だ、と請け負ったのもオウライカだ。
『私の影になれ。そのうちにわかる』
なるほど、自分の危険を代替わりさせる存在が欲しいのか、そう思ったのはすぐに早とちりだとわかった。
オウライカはライヤーをオウライカ同様に扱うように周囲に命じたばかりか、仕事の方もオウライカ同様にこなせるように厳しく訓練した。
不在の間のトラブルの対処、公的な場所での振る舞い、プライベートでの応対まで仕込まれて、僕が全部できるようになったらどうするんです、そう尋ねたライヤーに、
『安心ができる』
しらっと言い放ったことばの意味を知るのはずっと後のことで。
竜に喰われるのだ、とある夜オウライカは打ち明けた。
それは避けようがない、必然だ。しかし、その後も『斎京』は存続するのだから、自分の後継者が居る。
君はもうそれができるだろう、と微笑まれて、ライヤーは初めて我を失った。我を失って、衝撃に耐え切れず、感情の糸が保てなくて、ただ、わかりました、とだけ無表情に頷いた。
わかりました、僕はそのときの代行のために居るんですね。じゃあ、僕もいずれはあなたと同じ竜の腹に入るってことですか。それなら満足です。
『違う。君は私が喰われたら「斎京」をとりあえず保ってくれればいい。それから後50年は竜は満腹らしいから、50年の間に「斎京」の竜を制御する方法をトラスフィと一緒に探してくれ。見つからなかったり、とても無理だと思ったら、急いで逃げろ』
いやです。
そう、言えなかった。
そんなことできません。
そうも言えなかった。
代わりにライヤーは跪いて頭を垂れた。
では、僕はあなたの望みを果たすためにあらゆる手段を手に入れる。
口に出さなかった激しい願い、唯一の願いは、オウライカの生存。
胸の中で密かに誓った。
あなたが竜に喰われる前に、僕はあなたを助け出す方法を見つけ出す。知らないんですか。荒れ渇いた砂漠に太陽さえ昇らなくなったら、砂漠は死の世界になるしかないんだ。水など要らない。僕は飢えた世界を最大限に生かして、あなたに降り掛かる全ての雨を吸い取ってみせる。
そうしてライヤーは見つけたのだ、オウライカを『斎京』に追いやった者、オウライカより遥かに贄にふさわしいのに、守られた世界でぬくぬくと快楽を享受している存在を。
『塔京』のカーク。
オウライカがどれほど庇おうと、オウライカを助けるのにそれしかないなら、ライヤーはカークを攫ってこよう。オウライカの代わりにカークを喰らわせ、『斎京』を保とう。『塔京』など勝手に破滅すればいい。
けれど、けれど。
微かに微かに、気持ちの端が綻びている。
ファローズやバーンの顔が、まだ夢でしか触れていない身体の切ない喘ぎが、ライヤーの決意を食い破る。
「ライヤー、さん!」
「…はい?」
強い声で呼ばれてライヤーは瞬きした。
「ほんとにあんたで大丈夫なのかな」
気付けば、レンはいなくなっている。目の前には相変わらず机の向こうに立ったままのエバンスが、警戒心を剥き出しにして腕を組んで立っている。
「えーと……何のお話、でしたっけ」
「…………これだ」
溜め息をついてエバンスが顔を背けた。
「ほんとにこれであのカークがどうにかできるのかな」
「……試してみます?」
「は?」
窓の外にゆっくり落ちていく日を見ながら、ライヤーは微笑んで繰り返した。
「抱かれてみます? それとも……僕を抱いてみます、エバンスくん?」
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