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56.『竜を起こすなかれ』(2)
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カザルが紋章の底に『龍』を抱えていたということは、つまり『竜』を制御することができる一族の遠い微かな血縁だと言うことだ。
対するオウライカは、既に『斎京』の『竜』に選ばれている。
それは『斎京』の『竜』に贄として定められているということ、万が一、カザルが『竜』を制御する一族の末裔だったとしたら、オウライカではなく、カザルに『竜』の望みが向いてしまう可能性がある、ということだ。オウライカはあくまで「代用品」にすぎないのだから。
カザルが一族と完全に無縁のものならまだいいのだ。
もし仮に、どこかに崩壊した都市に『竜』の生き残りが居て、その『竜』にカザルが既に望まれているとしたら。
いや、実はカザルが自覚していなかっただけで、本来カザルを利用することで『塔京』の『竜』を抑えるはずだったのが、手違いで、あるいは何かの意図をもって『斎京』に放たれたとしたら。
つまり、オウライカを殺し、『斎京』にカザルを配することで、ハイトは子飼いのカークを『塔京』の予備として手元においたまま、両都市を事実上掌握することになる。
だが、オウライカが探った『塔京』は荒れていた。
ハイトの計画は狂ってきていると考えざるを得ない。
ひょっとしたら。
カザルの『龍』に誰も気付かなかった、か。
カザルの紋章は広大で遮るもののない深い青の海だった。あまりにも明らかで美しいその光景は、その底に何かあるかもしれないという危惧を忘れさせる。
海は時に荒れ、海底には宝物や沈没船、遺跡や深い海溝があるものだ、そうオウライカが発想できたからこそ、その下まで滑り込むことができただけで、『塔京』のように紋章に詳しくない場所ではずっと見過ごされてきたのかもしれない。
荒れた『塔京』の中で自分も『竜』も制御するつもりさえないカークに焦れたハイトが、カザルをオウライカが囲い込むことに不審を抱いて、再度調査確認してこないとも限らない。
カザルを側に置くわけにも、手放すわけにもいかなかった。
だが、結果的にそれを説明しきれぬまま居たことが、カザルを追い詰めてしまった。
その隙を『夢喰い』に突かれた。
オウライカはどんどん深くカザルの中に降りていく。
意識の視界に広がってくるものは、以前とあまりにも違っている光景だった。
底は見えない。深く真っ黒な渺々たる空間、その中空に一本、微かに漆のように光る道が通っている。
道は薄っぺらく波打つように揺れ動いて、それがもし海の上に引かれた線ならば、そのような動きをするかもしれないと思わせた。
かつての明るく広がる海がない。周囲は四方彼方まで続くような闇、オウライカがその道目指してまっすぐに降りていく気配に空気が動いて風が生まれ、垂れ下がって中身のない左袖をはたはたと鳴らした。
そうか、やっぱりないか。
微かに苦笑してオウライカは残った右手でひらひらする左袖を掴み引き寄せる。
左腕の感覚はもとよりない。袖に包まれた左肩が風から守られて少し温かいと感じた。バランスが取りにくいかと思ったがそうでもないようだ。痛みは失ったときからなかった。
まだ片腕で良かった方だ、とオウライカは思う。
これを開発したファンロンは、『夢喰い』に掴まりかけた若き日のレシンを助けるために、意識の中で半身もっていかれてしまっている。日常の動きは支障がないが、それでも急な動きができなくなった、中でちぎれているせいだな、と笑った男は、レシンに最後までそれを語ることがなかった。
まだやれるだろ、そう言われた時が一番辛かった、やれないのを誰よりも自分が知っているからな。
ファンロンは静かな遠い目をした。
左腕は、ライヤー救出の時に失った。
オウライカもまた、それについて語るつもりはない。
ただ、今回はカザルを助け切れるまで、あまりひどく持っていかれなければいいと思っている。
眼下に闇にうねる帯のような道をゆっくりと進む、艶やかな朱塗りの輿が見えてきた。
今回はえらく派手派手しい、やはり迎える当人に合わせたか。
オウライカは苦笑しながら降下速度を上げた。
対するオウライカは、既に『斎京』の『竜』に選ばれている。
それは『斎京』の『竜』に贄として定められているということ、万が一、カザルが『竜』を制御する一族の末裔だったとしたら、オウライカではなく、カザルに『竜』の望みが向いてしまう可能性がある、ということだ。オウライカはあくまで「代用品」にすぎないのだから。
カザルが一族と完全に無縁のものならまだいいのだ。
もし仮に、どこかに崩壊した都市に『竜』の生き残りが居て、その『竜』にカザルが既に望まれているとしたら。
いや、実はカザルが自覚していなかっただけで、本来カザルを利用することで『塔京』の『竜』を抑えるはずだったのが、手違いで、あるいは何かの意図をもって『斎京』に放たれたとしたら。
つまり、オウライカを殺し、『斎京』にカザルを配することで、ハイトは子飼いのカークを『塔京』の予備として手元においたまま、両都市を事実上掌握することになる。
だが、オウライカが探った『塔京』は荒れていた。
ハイトの計画は狂ってきていると考えざるを得ない。
ひょっとしたら。
カザルの『龍』に誰も気付かなかった、か。
カザルの紋章は広大で遮るもののない深い青の海だった。あまりにも明らかで美しいその光景は、その底に何かあるかもしれないという危惧を忘れさせる。
海は時に荒れ、海底には宝物や沈没船、遺跡や深い海溝があるものだ、そうオウライカが発想できたからこそ、その下まで滑り込むことができただけで、『塔京』のように紋章に詳しくない場所ではずっと見過ごされてきたのかもしれない。
荒れた『塔京』の中で自分も『竜』も制御するつもりさえないカークに焦れたハイトが、カザルをオウライカが囲い込むことに不審を抱いて、再度調査確認してこないとも限らない。
カザルを側に置くわけにも、手放すわけにもいかなかった。
だが、結果的にそれを説明しきれぬまま居たことが、カザルを追い詰めてしまった。
その隙を『夢喰い』に突かれた。
オウライカはどんどん深くカザルの中に降りていく。
意識の視界に広がってくるものは、以前とあまりにも違っている光景だった。
底は見えない。深く真っ黒な渺々たる空間、その中空に一本、微かに漆のように光る道が通っている。
道は薄っぺらく波打つように揺れ動いて、それがもし海の上に引かれた線ならば、そのような動きをするかもしれないと思わせた。
かつての明るく広がる海がない。周囲は四方彼方まで続くような闇、オウライカがその道目指してまっすぐに降りていく気配に空気が動いて風が生まれ、垂れ下がって中身のない左袖をはたはたと鳴らした。
そうか、やっぱりないか。
微かに苦笑してオウライカは残った右手でひらひらする左袖を掴み引き寄せる。
左腕の感覚はもとよりない。袖に包まれた左肩が風から守られて少し温かいと感じた。バランスが取りにくいかと思ったがそうでもないようだ。痛みは失ったときからなかった。
まだ片腕で良かった方だ、とオウライカは思う。
これを開発したファンロンは、『夢喰い』に掴まりかけた若き日のレシンを助けるために、意識の中で半身もっていかれてしまっている。日常の動きは支障がないが、それでも急な動きができなくなった、中でちぎれているせいだな、と笑った男は、レシンに最後までそれを語ることがなかった。
まだやれるだろ、そう言われた時が一番辛かった、やれないのを誰よりも自分が知っているからな。
ファンロンは静かな遠い目をした。
左腕は、ライヤー救出の時に失った。
オウライカもまた、それについて語るつもりはない。
ただ、今回はカザルを助け切れるまで、あまりひどく持っていかれなければいいと思っている。
眼下に闇にうねる帯のような道をゆっくりと進む、艶やかな朱塗りの輿が見えてきた。
今回はえらく派手派手しい、やはり迎える当人に合わせたか。
オウライカは苦笑しながら降下速度を上げた。
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