112 / 213
64.『誓いを刻むなかれ』(2)
しおりを挟む
それほど長く話していなかったけれど、やはり体力的にきつかったようで、少し横になる、と言ってオウライカはすぐに眠りに落ちた。同時にぱちりと目を開けたカザルに、じろりとトラスフィが視線を流してくる。
「やっぱり起きてやがったのか、この狸」
「寝てたけど聞こえたもん」
「嘘つけ」
不安そうな頼りない顔しやがっても、透けてるぜ、殺気ってやつがよ。
そうトラスフィに言い当てられてカザルは小さく笑った。
「トラスフィさんにはかなわないなあ」
「オウライカほどお人好しじゃねえからな」
で、お前はどうする気なんだ。
静かに尋ねられて口を噤む。
「聞いた通りだ。オウライカはお前を連れてくつもりも、巻き込むつもりさえこれっぽっちもねえ、それはわかるよな?」
「うん」
「オウライカはお前が『斎京』で普通に暮らせばいいと思ってる」
「ライヤーさん、みたいに?」
「……」
「ちらっと聞いたよ。ライヤーさんも『塔京』から流れてきたのを、オウライカさんが拾ったって」
鋭すぎる感覚と隙のないやりとり、見かけを裏切る切れ者ぶりは『斎京』中央宮でも秀逸、オウライカの影としてその才能を遺憾なく発揮して『斎京』の中でも頼りにされていた。
「ライヤーさんを『斎京』で生きてけるようにしたのは、オウライカさんだって」
「…………今は『塔京』で楽しんでるようだがな」
「……俺もそうだろうって思ってる?」
「……」
「俺もいつか、オウライカさんを裏切るだろうって?」
「………お前は優れもんの刺客だ。そうやって仕込まれて完成してる。今さら飾り職人にはなれねえだろ」
「………なれない、よね」
カザルは悲しく笑う。
レシンの望むように細工ものを仕上げて暮らすのは楽しいだろう、落ち着くだろう。けれどもしオウライカの身に何かあったら、カザルは容赦なく牙を剥いてしまう、トラスフィを狙って簪を投げ付けた時のように。
「職人なら、大事な細工もの、あんな扱いをしないよね」
「……わかってんじゃねえか」
だからさ。
カザルは目を細めた。
「俺は俺のできることをしようと思って」
「あん?」
「……トラスフィさん、ルワンさんの居場所知ってる? 一度連れてってもらったきりだから、きっちり場所覚えてないんだ」
符丁も知らないしね。
「……俺に聞くのかよ」
「オウライカさんが言ってた、リヤンさん達に悲しい思いさせたくないって。きっとレシンにも、ブライアンさんにも、だよね?」
「……」
「自分に関わる人全部にきっと黙ってるよね?」
「………ああ」
「だから、オウライカさんを守れるのって、あんたと俺しか居ないってことでしょ」
「……ルワンのとこで何する気だ」
「………龍を彫ってもらおうと思って」
「あん? 何に」
「………ここに」
布団を跳ねて、乱れた寝巻の裾から伸びる脚を見せる。
「体に…」
「…………俺は……オウライカさんのものなんだ」
カザルは微笑んだ。
「オウライカさんが縛ってくれないなら、俺が自分で縛りつける」
「………怒るぞ、オウライカ」
「だよね……だめ?」
ふう、とトラスフィは溜め息をついた。のっそりと立ち上がる。
「トラスフィさん」
「……ま……いっだろ」
「ありがとう」
ほっとするカザルに背中を向けながら、
「繋ぎがついたら呼びに来てやるよ、それまでオウライカの看病でもしてろ。……しかし、似たことするよなあ、どいつもこいつも」
「え?」
「ライヤーも持ってるぜ」
肩越しに振り返ったトラスフィが苦笑いしながら付け加えた。
「臍の横に蝶を彫り込んでる」
「蝶……」
「自分の命はオウライカにもらったもんだからってよ。そいつを裏切るんだから……あいつも切ない、か」
じゃあな、と部屋を出て行くトラスフィにぎゅ、とカザルは唇を噛んだ。
「やっぱり起きてやがったのか、この狸」
「寝てたけど聞こえたもん」
「嘘つけ」
不安そうな頼りない顔しやがっても、透けてるぜ、殺気ってやつがよ。
そうトラスフィに言い当てられてカザルは小さく笑った。
「トラスフィさんにはかなわないなあ」
「オウライカほどお人好しじゃねえからな」
で、お前はどうする気なんだ。
静かに尋ねられて口を噤む。
「聞いた通りだ。オウライカはお前を連れてくつもりも、巻き込むつもりさえこれっぽっちもねえ、それはわかるよな?」
「うん」
「オウライカはお前が『斎京』で普通に暮らせばいいと思ってる」
「ライヤーさん、みたいに?」
「……」
「ちらっと聞いたよ。ライヤーさんも『塔京』から流れてきたのを、オウライカさんが拾ったって」
鋭すぎる感覚と隙のないやりとり、見かけを裏切る切れ者ぶりは『斎京』中央宮でも秀逸、オウライカの影としてその才能を遺憾なく発揮して『斎京』の中でも頼りにされていた。
「ライヤーさんを『斎京』で生きてけるようにしたのは、オウライカさんだって」
「…………今は『塔京』で楽しんでるようだがな」
「……俺もそうだろうって思ってる?」
「……」
「俺もいつか、オウライカさんを裏切るだろうって?」
「………お前は優れもんの刺客だ。そうやって仕込まれて完成してる。今さら飾り職人にはなれねえだろ」
「………なれない、よね」
カザルは悲しく笑う。
レシンの望むように細工ものを仕上げて暮らすのは楽しいだろう、落ち着くだろう。けれどもしオウライカの身に何かあったら、カザルは容赦なく牙を剥いてしまう、トラスフィを狙って簪を投げ付けた時のように。
「職人なら、大事な細工もの、あんな扱いをしないよね」
「……わかってんじゃねえか」
だからさ。
カザルは目を細めた。
「俺は俺のできることをしようと思って」
「あん?」
「……トラスフィさん、ルワンさんの居場所知ってる? 一度連れてってもらったきりだから、きっちり場所覚えてないんだ」
符丁も知らないしね。
「……俺に聞くのかよ」
「オウライカさんが言ってた、リヤンさん達に悲しい思いさせたくないって。きっとレシンにも、ブライアンさんにも、だよね?」
「……」
「自分に関わる人全部にきっと黙ってるよね?」
「………ああ」
「だから、オウライカさんを守れるのって、あんたと俺しか居ないってことでしょ」
「……ルワンのとこで何する気だ」
「………龍を彫ってもらおうと思って」
「あん? 何に」
「………ここに」
布団を跳ねて、乱れた寝巻の裾から伸びる脚を見せる。
「体に…」
「…………俺は……オウライカさんのものなんだ」
カザルは微笑んだ。
「オウライカさんが縛ってくれないなら、俺が自分で縛りつける」
「………怒るぞ、オウライカ」
「だよね……だめ?」
ふう、とトラスフィは溜め息をついた。のっそりと立ち上がる。
「トラスフィさん」
「……ま……いっだろ」
「ありがとう」
ほっとするカザルに背中を向けながら、
「繋ぎがついたら呼びに来てやるよ、それまでオウライカの看病でもしてろ。……しかし、似たことするよなあ、どいつもこいつも」
「え?」
「ライヤーも持ってるぜ」
肩越しに振り返ったトラスフィが苦笑いしながら付け加えた。
「臍の横に蝶を彫り込んでる」
「蝶……」
「自分の命はオウライカにもらったもんだからってよ。そいつを裏切るんだから……あいつも切ない、か」
じゃあな、と部屋を出て行くトラスフィにぎゅ、とカザルは唇を噛んだ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる