『DRAGON NET』

segakiyui

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79.『暗渠』(2)

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「……」
 瞬きして目を開く。
「…冷たい」
 呟いた自分の声がか細く響くのに驚いて、ライヤーはもう一度目を瞬いた。
 のろのろと手を上げて、額にかかった髪をのける。指先に絡み付く濡れた塊を眉を寄せて見上げ、掻き上げながら体を起こした。
「っつ」
 顔を歪める。痛みが走った左肩を右手で包み、ゆっくりと周囲を見回す。
「どこかな、ここは」
 随分長い間眠ってしまっていたような気がする。スーツはぐっしょり濡れていて、渇いていく肌が寒くて微かに震える。
「黒竜には喰われなかった…?」
 あの石舞台で背後から喰われ、太い喉に呑み込まれたと思っていた。呑み込まれつつ、黒竜と一体化したと思っていたのに、ここは。
 ここも巨大な洞窟だ。薄暗い空間にごつごつとした黒い塊が幾つも塔のように聳え立っている。右手の奥から湖の底に光っていたような薄青い光が零れてくる。しばらくすると、その淡い光に目が慣れて、周囲の塊がなぜ塔のように見えていたのかを理解した。
 小さな無数の口がその表面に並んでいる。一つ一つの口はきちんと形になっているものは少なくて、隅が砕かれたり、等間隔の隣の口と不格好に繋がっていたりして、それで余計に岩肌にくり抜かれた窓のように見える。
「…窓……っ」
 はっとして身を乗り出し、左肩の痛みにあたた、と唸り、それでも目を凝らして塊の一つ一つを眺め、息を呑んだ。
「本当に、窓だ……いや、これは…」
 軽く頭を振って再び髪を掻きあげ、体を捻って何とか腹這いになる。そのまま右手に荷重をかけながら体を起こし立ち上がりかけてふらつき、仕方なく四つん這いの状態で少しずつ前へ進んだ。
 そうして改めて見てみると、塊はライヤーと同一平面上に立っている、いわゆるミニチュアの塔ではなかった。両手をついた少し先へ視線をやって、それらの塊がライヤーより遥かに遠く遥かに深い位置から伸び上がっているのを確認する。もちろん、それらが拠って立つ位置は、さっきライヤーが登った空中回廊の高さを二つ重ねるよりもなお低い。
 ぎりぎりまで這い寄って、切り立った崖のような高みから見下ろす眼下は、青白い湖底の立ちのぼる海草が揺れ動く様に似ていた。
「……沈んだ…都市か」
 圧倒されて囁き声しか出せない。
 さっき右手の奥から溢れていた光は、この地底の湖の光だった。地下空洞を浸し広がる湖に、おそらくはかつて栄えた都市群がそのままの形を残しながら埋没している。
 それは巨人族の骨がその骨格を残しつつ幾体も、水の中に突き込まれて放置されているようにも見えた。建物の窓の一つ一つは、優にライヤーの背丈を越える大きさだ。それがぎっしりとひしめきあいながら建物の壁面を満たしている。横は数十、縦は数百もあるのではないか。『塔京』の中央庁なみの、いやそれよりも遥かに巨大な建物が、子どもが遊び損ねて水に落としたおもちゃのように、斜めに傾ぎながら並ぶ中、ふと、何かがそれらの林を過るのに気づいた。
「何…? 鳥…? まさか」
 ひゅい、ひゅい、と微かな音が響いている。同時にがらがらと鈍く崩れ落ちる瓦礫の音も。同時に、すぐ目の前の虚ろな建物の前を、真っ白い衣服をなびかせながら渡っていく姿に気がついた。
「トゥオン…?」
 ああ、なるほど、と腑に落ちた。
 彼女は『天舞う巫女』と名乗っていた。
 廃墟の建物の間を、まるで鳥が飛んでいくようについついと渡っていく姿は、確かに何もない中空で舞うようだ。よくよく見れば、その体は金色の糸のようなものに絡まれつつ、そのもう片方の端を建物の窓や砕かれた壁に絡ませつつ、糸を飛ばし、糸を断ち切り、次々と建物の間を飛び抜けていく。
「どこへ行くんだ…?」
 呟きながら目で追って、ライヤーは今度こそ息を呑んでことばを失った。
 ビル群は湖の底に突き立っているのではない。
 トゥオンが向かおうとしている先には、建物を繋ぐような細い橋とその中央に設えた四阿のようなものがある。そして、その下にももちろん、薄青い水面が広がっているのだが、その水はひどく透明度が高く、建物群が突き立っている巨大な生き物の体を見て取らせた。
 トゥオンが四阿に辿り着いた。
 同時に、真下に横たわる巨大な生き物が、ゆっくりと目を見開いた。
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