『DRAGON NET』

segakiyui

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94.『宿縁を結ぶなかれ』(1)

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「何とか、わかった」
 カザルは顔を歪めて髪の毛をかきむしる。
「つまりこうだ、アンタは二つの頭を持ってて、片方が今あの洞窟下に埋められてる。けれど、このままじゃ血を流し過ぎたアンタがもっと軽くなって、埋まった半身も引っ張り上げてしまう。そんなことをされたら、アンタ達の近くにある『斎京』は『伽京』と同じく天空に跳ね上げられて刺さっちゃうか、アンタの半身が埋められてた巨大な穴に落ち込んでしまう。どっちにしても都市は壊滅する」
 よくまとまっている。
「何、呑気なこと言ってんの」 
 ぞくぞくする恐怖に体を震わせながら、カザルは首を振る。
「駄目だよ、絶対だめ、アンタの半身は永久にあそこに埋められてなくちゃ。なんなら、アンタも一緒に埋められてて欲しいぐらい」
 我もそれを望むのだが。
「じゃあそうしてよ、頑張ってよ」
 贄が必要だ。
「……駄目」
 カザルは唇を噛む。
「それは駄目、譲れない」
 無茶を言う。
「贄以外でアンタを地上に留める方法は?」
 俺はそれを捜しに来たんだってば。
「……傷を癒せればいい?」
 我の傷がなくなれば、血は流れず、体は重くなり、この籠を砕き地上にも戻る。
 竜は静かに首肯した。
「じゃあ、傷を全部治してアンタを地中に連れ戻す」
 無理だ。
「なんでっ」
 あっさりと竜が否定し、カザルは噛みついた。
「さっきから見ていたけど、あの緑の滴りが傷を癒してるんでしょ。で、あの枯れた枝がアンタを傷つけている。じゃあ、簡単なことじゃん、枯れた枝を全部叩き折って、緑ばっかりにすれば、アンタの傷は治ってく」
 確かに。
「じゃあ始めよう、時間がないし」
 本当にそれでいいのか?
「…どういうこと」
 竜のことばに憐れみを感じて、カザルは枯れ枝を叩き折る準備をしようと周囲を見回す動きを止めた。
 枯れ枝は人の希望、緑豊かな樹々は人の絶望でできている。
「…えっ…?」
 近づいてみればわかる。
「っ」
 カザルは唇を噛みしめ、竜に突き刺さる手近の枝に駆け寄った。遠く離れている時は気づかなかったが、近くに寄れば枝が微かな囁きを漏らしているのが聞き取れる。
『ドウカ、オカアサンノビョウキガ、ナオリマスヨウニ』
『ムスコガ、アノジコニ、マキコマレテイマセンヨウニ』
『アシタコソ、ダレニモナグラレマセンヨウニ』
「………」
 カザルはそっと手を伸ばした。竜に血を流させている枝の一つを強く握りしめる。
 ぱきん。
 乾き切っている枝は力を入れるまでもなく砕け、竜の体から抜け落ちた、その瞬間。
『アアアアア』
 悲痛な声が響く。
『ドウシテ、アト1ジカン、イキテイテクレナカッタノ! モウスグ、ムスコガモドッテキタノニ!』
「っっ」
 鳥肌が立った。
 昔のカザルならば、容赦なく全てを叩き折れただろうに、声に潜んだ苦痛に自分がオウライカを失うかもしれないと思った感覚が重なり、鋭く激しい刃となって体を掠めた。
 我は人の希望に傷つけられ、絶望に癒される。
「……」
 のろのろと振り仰ぐ。指先から零れ落ちる枯れ枝の破片は雪のように儚く空中に撒かれていく。
 澄んで美しい大きな翠の瞳がカザルを見下ろす。
「……そゆ、こと」
 声がひび割れた。
「……そうだよね、アンタには人を助けなくちゃならない義理なんてないもんね」
 むしろ竜は、人の繁栄に押さえつけられ苦しむ存在、エネルギーを体に満たし、遥か広大な虚空へ飛び上がれることこそ望むものだろうに。
 ぽたり。
 雫が今枝を引き抜かれた竜の傷に滴る。見る見る傷が潤み満たされ癒されていくその水たまりは、薄紅に輝いている。
『モウダメナノネ、ナニヲヤッテモムダナノネ』
 雫は竜に吸い込まれながら、小さく小さく呟いている。
「これって……人の……涙なんだ…?」
 振り仰ぐ清々しい緑にカザルは目を細めた。
「だから、これだけ綺麗で鮮やかで痛いほど、光ってて」
 頬に伝った同じ雫をカザルは拭き取らなかった。
「……トラスフィ……ごめん……」
 俺、帰れないかも。
「……なんで、アンタが俺を選んだのか疑問だったけど……なんで、あんな昔の話を思い出させたのか不思議だったけど………」
 涙を流したままカザルはもう一度竜の眼を見上げる。
「……俺ならできるね…?」
 『塔京』の殺人機械。人を欺き、命を弄び、嘲笑う男ならば。
「……今なら信じられるよ、アンタを」
 カザルはゆっくりと手足を曲げ伸ばしし始めた。
「アンタは地中に戻りたいと思ってるって、嘘だと思ってたけど、こういう方法を選ぼうとしたんだから、本当なんだ?」
 我はもう半身と添い遂げたい。
 竜の声は甘い響きで応じた。
 ずっと引き裂かれ互いの傷みを感じ続けてきたのだ。空でも地でもよいのだが、褥は深く静かな方が好ましい。
「…くくっ……竜のくせに生々しいこと言っちゃって」
 頬を零れ落ちる涙は止まらない。
 カザルはこれから全ての枯れ枝を砕いていく。全ての望みを吹き消していく。
 そうすることでしかオウライカを守れないなら、世界を破滅させるしかない。
 けれどオウライカは苦しむだろう、自分のために世界が破滅したと知ったら。
 オウライカは憎むだろう、親しい人々の願いを砕いたのがカザルだったと知ったなら。
 そして呆れ果てるだろう、あれほど心血注いでも、『塔京』の殺人機械は人の心を取り戻せなかったのかと。
 カザルはたった一人の愛しい相手に葬られることだろう。
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