168 / 213
94.『宿縁を結ぶなかれ』(1)
しおりを挟む
「何とか、わかった」
カザルは顔を歪めて髪の毛をかきむしる。
「つまりこうだ、アンタは二つの頭を持ってて、片方が今あの洞窟下に埋められてる。けれど、このままじゃ血を流し過ぎたアンタがもっと軽くなって、埋まった半身も引っ張り上げてしまう。そんなことをされたら、アンタ達の近くにある『斎京』は『伽京』と同じく天空に跳ね上げられて刺さっちゃうか、アンタの半身が埋められてた巨大な穴に落ち込んでしまう。どっちにしても都市は壊滅する」
よくまとまっている。
「何、呑気なこと言ってんの」
ぞくぞくする恐怖に体を震わせながら、カザルは首を振る。
「駄目だよ、絶対だめ、アンタの半身は永久にあそこに埋められてなくちゃ。なんなら、アンタも一緒に埋められてて欲しいぐらい」
我もそれを望むのだが。
「じゃあそうしてよ、頑張ってよ」
贄が必要だ。
「……駄目」
カザルは唇を噛む。
「それは駄目、譲れない」
無茶を言う。
「贄以外でアンタを地上に留める方法は?」
俺はそれを捜しに来たんだってば。
「……傷を癒せればいい?」
我の傷がなくなれば、血は流れず、体は重くなり、この籠を砕き地上にも戻る。
竜は静かに首肯した。
「じゃあ、傷を全部治してアンタを地中に連れ戻す」
無理だ。
「なんでっ」
あっさりと竜が否定し、カザルは噛みついた。
「さっきから見ていたけど、あの緑の滴りが傷を癒してるんでしょ。で、あの枯れた枝がアンタを傷つけている。じゃあ、簡単なことじゃん、枯れた枝を全部叩き折って、緑ばっかりにすれば、アンタの傷は治ってく」
確かに。
「じゃあ始めよう、時間がないし」
本当にそれでいいのか?
「…どういうこと」
竜のことばに憐れみを感じて、カザルは枯れ枝を叩き折る準備をしようと周囲を見回す動きを止めた。
枯れ枝は人の希望、緑豊かな樹々は人の絶望でできている。
「…えっ…?」
近づいてみればわかる。
「っ」
カザルは唇を噛みしめ、竜に突き刺さる手近の枝に駆け寄った。遠く離れている時は気づかなかったが、近くに寄れば枝が微かな囁きを漏らしているのが聞き取れる。
『ドウカ、オカアサンノビョウキガ、ナオリマスヨウニ』
『ムスコガ、アノジコニ、マキコマレテイマセンヨウニ』
『アシタコソ、ダレニモナグラレマセンヨウニ』
「………」
カザルはそっと手を伸ばした。竜に血を流させている枝の一つを強く握りしめる。
ぱきん。
乾き切っている枝は力を入れるまでもなく砕け、竜の体から抜け落ちた、その瞬間。
『アアアアア』
悲痛な声が響く。
『ドウシテ、アト1ジカン、イキテイテクレナカッタノ! モウスグ、ムスコガモドッテキタノニ!』
「っっ」
鳥肌が立った。
昔のカザルならば、容赦なく全てを叩き折れただろうに、声に潜んだ苦痛に自分がオウライカを失うかもしれないと思った感覚が重なり、鋭く激しい刃となって体を掠めた。
我は人の希望に傷つけられ、絶望に癒される。
「……」
のろのろと振り仰ぐ。指先から零れ落ちる枯れ枝の破片は雪のように儚く空中に撒かれていく。
澄んで美しい大きな翠の瞳がカザルを見下ろす。
「……そゆ、こと」
声がひび割れた。
「……そうだよね、アンタには人を助けなくちゃならない義理なんてないもんね」
むしろ竜は、人の繁栄に押さえつけられ苦しむ存在、エネルギーを体に満たし、遥か広大な虚空へ飛び上がれることこそ望むものだろうに。
ぽたり。
雫が今枝を引き抜かれた竜の傷に滴る。見る見る傷が潤み満たされ癒されていくその水たまりは、薄紅に輝いている。
『モウダメナノネ、ナニヲヤッテモムダナノネ』
雫は竜に吸い込まれながら、小さく小さく呟いている。
「これって……人の……涙なんだ…?」
振り仰ぐ清々しい緑にカザルは目を細めた。
「だから、これだけ綺麗で鮮やかで痛いほど、光ってて」
頬に伝った同じ雫をカザルは拭き取らなかった。
「……トラスフィ……ごめん……」
俺、帰れないかも。
「……なんで、アンタが俺を選んだのか疑問だったけど……なんで、あんな昔の話を思い出させたのか不思議だったけど………」
涙を流したままカザルはもう一度竜の眼を見上げる。
「……俺ならできるね…?」
『塔京』の殺人機械。人を欺き、命を弄び、嘲笑う男ならば。
「……今なら信じられるよ、アンタを」
カザルはゆっくりと手足を曲げ伸ばしし始めた。
「アンタは地中に戻りたいと思ってるって、嘘だと思ってたけど、こういう方法を選ぼうとしたんだから、本当なんだ?」
我はもう半身と添い遂げたい。
竜の声は甘い響きで応じた。
ずっと引き裂かれ互いの傷みを感じ続けてきたのだ。空でも地でもよいのだが、褥は深く静かな方が好ましい。
「…くくっ……竜のくせに生々しいこと言っちゃって」
頬を零れ落ちる涙は止まらない。
カザルはこれから全ての枯れ枝を砕いていく。全ての望みを吹き消していく。
そうすることでしかオウライカを守れないなら、世界を破滅させるしかない。
けれどオウライカは苦しむだろう、自分のために世界が破滅したと知ったら。
オウライカは憎むだろう、親しい人々の願いを砕いたのがカザルだったと知ったなら。
そして呆れ果てるだろう、あれほど心血注いでも、『塔京』の殺人機械は人の心を取り戻せなかったのかと。
カザルはたった一人の愛しい相手に葬られることだろう。
カザルは顔を歪めて髪の毛をかきむしる。
「つまりこうだ、アンタは二つの頭を持ってて、片方が今あの洞窟下に埋められてる。けれど、このままじゃ血を流し過ぎたアンタがもっと軽くなって、埋まった半身も引っ張り上げてしまう。そんなことをされたら、アンタ達の近くにある『斎京』は『伽京』と同じく天空に跳ね上げられて刺さっちゃうか、アンタの半身が埋められてた巨大な穴に落ち込んでしまう。どっちにしても都市は壊滅する」
よくまとまっている。
「何、呑気なこと言ってんの」
ぞくぞくする恐怖に体を震わせながら、カザルは首を振る。
「駄目だよ、絶対だめ、アンタの半身は永久にあそこに埋められてなくちゃ。なんなら、アンタも一緒に埋められてて欲しいぐらい」
我もそれを望むのだが。
「じゃあそうしてよ、頑張ってよ」
贄が必要だ。
「……駄目」
カザルは唇を噛む。
「それは駄目、譲れない」
無茶を言う。
「贄以外でアンタを地上に留める方法は?」
俺はそれを捜しに来たんだってば。
「……傷を癒せればいい?」
我の傷がなくなれば、血は流れず、体は重くなり、この籠を砕き地上にも戻る。
竜は静かに首肯した。
「じゃあ、傷を全部治してアンタを地中に連れ戻す」
無理だ。
「なんでっ」
あっさりと竜が否定し、カザルは噛みついた。
「さっきから見ていたけど、あの緑の滴りが傷を癒してるんでしょ。で、あの枯れた枝がアンタを傷つけている。じゃあ、簡単なことじゃん、枯れた枝を全部叩き折って、緑ばっかりにすれば、アンタの傷は治ってく」
確かに。
「じゃあ始めよう、時間がないし」
本当にそれでいいのか?
「…どういうこと」
竜のことばに憐れみを感じて、カザルは枯れ枝を叩き折る準備をしようと周囲を見回す動きを止めた。
枯れ枝は人の希望、緑豊かな樹々は人の絶望でできている。
「…えっ…?」
近づいてみればわかる。
「っ」
カザルは唇を噛みしめ、竜に突き刺さる手近の枝に駆け寄った。遠く離れている時は気づかなかったが、近くに寄れば枝が微かな囁きを漏らしているのが聞き取れる。
『ドウカ、オカアサンノビョウキガ、ナオリマスヨウニ』
『ムスコガ、アノジコニ、マキコマレテイマセンヨウニ』
『アシタコソ、ダレニモナグラレマセンヨウニ』
「………」
カザルはそっと手を伸ばした。竜に血を流させている枝の一つを強く握りしめる。
ぱきん。
乾き切っている枝は力を入れるまでもなく砕け、竜の体から抜け落ちた、その瞬間。
『アアアアア』
悲痛な声が響く。
『ドウシテ、アト1ジカン、イキテイテクレナカッタノ! モウスグ、ムスコガモドッテキタノニ!』
「っっ」
鳥肌が立った。
昔のカザルならば、容赦なく全てを叩き折れただろうに、声に潜んだ苦痛に自分がオウライカを失うかもしれないと思った感覚が重なり、鋭く激しい刃となって体を掠めた。
我は人の希望に傷つけられ、絶望に癒される。
「……」
のろのろと振り仰ぐ。指先から零れ落ちる枯れ枝の破片は雪のように儚く空中に撒かれていく。
澄んで美しい大きな翠の瞳がカザルを見下ろす。
「……そゆ、こと」
声がひび割れた。
「……そうだよね、アンタには人を助けなくちゃならない義理なんてないもんね」
むしろ竜は、人の繁栄に押さえつけられ苦しむ存在、エネルギーを体に満たし、遥か広大な虚空へ飛び上がれることこそ望むものだろうに。
ぽたり。
雫が今枝を引き抜かれた竜の傷に滴る。見る見る傷が潤み満たされ癒されていくその水たまりは、薄紅に輝いている。
『モウダメナノネ、ナニヲヤッテモムダナノネ』
雫は竜に吸い込まれながら、小さく小さく呟いている。
「これって……人の……涙なんだ…?」
振り仰ぐ清々しい緑にカザルは目を細めた。
「だから、これだけ綺麗で鮮やかで痛いほど、光ってて」
頬に伝った同じ雫をカザルは拭き取らなかった。
「……トラスフィ……ごめん……」
俺、帰れないかも。
「……なんで、アンタが俺を選んだのか疑問だったけど……なんで、あんな昔の話を思い出させたのか不思議だったけど………」
涙を流したままカザルはもう一度竜の眼を見上げる。
「……俺ならできるね…?」
『塔京』の殺人機械。人を欺き、命を弄び、嘲笑う男ならば。
「……今なら信じられるよ、アンタを」
カザルはゆっくりと手足を曲げ伸ばしし始めた。
「アンタは地中に戻りたいと思ってるって、嘘だと思ってたけど、こういう方法を選ぼうとしたんだから、本当なんだ?」
我はもう半身と添い遂げたい。
竜の声は甘い響きで応じた。
ずっと引き裂かれ互いの傷みを感じ続けてきたのだ。空でも地でもよいのだが、褥は深く静かな方が好ましい。
「…くくっ……竜のくせに生々しいこと言っちゃって」
頬を零れ落ちる涙は止まらない。
カザルはこれから全ての枯れ枝を砕いていく。全ての望みを吹き消していく。
そうすることでしかオウライカを守れないなら、世界を破滅させるしかない。
けれどオウライカは苦しむだろう、自分のために世界が破滅したと知ったら。
オウライカは憎むだろう、親しい人々の願いを砕いたのがカザルだったと知ったなら。
そして呆れ果てるだろう、あれほど心血注いでも、『塔京』の殺人機械は人の心を取り戻せなかったのかと。
カザルはたった一人の愛しい相手に葬られることだろう。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる