『ドリーム・ウォーカー』

segakiyui

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 春日?
 僕はリカのみるみる遠ざかる姿をぼんやりと見た。
 なんで、春日?
 当然じゃないか、とどこからか誰かからか囁かれた気がした。
 同じことを繰り返すんだ。同じ顔触れで、同じやり取りを、場面を変えてところを変えて、時を変えて繰り返している。だから、春日も出演している、このとんでもない三文芝居に。
 それとも、今リカが走り去って行ったのも、黒い小箱が残っているのも、僕の妄想、あるいは夢の中なんだろうか。
 あの赤や黄色や青の点滅する光から逃げ回っている僕のように、今ここにいる僕も夢の中で、リカを失う夢を、よしのを失う夢を見ているんだろうか。
 どこからが現実でどこからが夢なんだろう。それとも、すべては夢なんだろうか。
 『転生』の夢。
 すべての現実だと思っている出来事は、僕にはわからない何か大きなものの中で繰り返し起こっている夢のようなものなんだろうか。
 そこでは、僕が見ている『よしのと俺』の夢と違いはないのだろうか。
 全身を風に食い散らかされてぼろぼろになっていくような感覚の中で、ふっとことばがひらめいた。
 リカの夢。
 白雪姫は、七人の小人と一緒に襲いかかってくる。闇の中から。
 誰を襲う?
 夢を見ているリカを。
 なぜ、殺されているはずの白雪姫は襲ってくるのだろう。
 毒リンゴを食べなかったのか? 継母の化けた魔女から毒リンゴを買わなかったのか?
 いや、そうじゃない。それなら、白雪姫は、『逆襲』したりしないだろう。
 『逆襲』するのは、自分が殺されかけたと知ったからだ。森の奥に潜み、一国の城の姫としての生活をあきらめて暮らしているのに、なおも追っ手がやってきたと知ったから。
 白雪姫は毒リンゴを買い、食べたのだ。
 けれど、彼女は死ななかった。毒リンゴに秘められたカラクリに気がついた。
 だから、彼女は『逆襲』する。
 誰に?
 継母だ。
 子どもの幸せを願うのが『本当の親』のはずだから。子どもの幸せを奪わないのが『親』のはずだから。なのに、そうしないのは『実の親』じゃない、『継母』なのだ。
 だから、父親の愛を奪い、居場所を奪い、なおかつ自分の存在を疎ましがる『母親』に向けて攻撃は仕掛けられる、本当ならば。
 でも、リカにそれはできなかった。リカは母親の苦労も知っているから。そんなことを考える自分は許せないから。
 だから、リカは自分を襲う。
 白雪姫は、自分を殺して母親の望みを果たそうとするリカを襲う。
 だから、リカは僕のことばに反応する、『白雪姫の逆襲』の本当の意味に。
 僕は、リカの奥底にあるものを見てしまったんだ。
 凍りついてしまった体をゆっくり動かして、テーブルの上の小箱を見た。
 黒くて妖しくて、まるで魔法を閉じ込めた箱のようだ。
 開けるな。
 やめておけ。
 そこには、破滅と恐怖が詰まっている。
「けれどさあ」
 僕はつぶやいた。
 これ以上、何がどう悪くなる?
 小箱を手に取った。リボンを解く。するする解ける、つややかに光る水色のリボン。外の組み合わされた紙をずらせると、透明なケースに入ったGショックが見えた。
 リカとおそろいのGショック、レピア部分には白いマーク。ずっと前に広告で見たことがある、かなりレアで高価なもの。
 マークは『悪魔』のマークだった。リカがしていたのは『天使』のマークだったっけ。
 僕が『悪魔』だと言うんだろうか。
 僕が全部悪いんだって。
「いいの、持ってるね」
 ふいに、柔らかな声がして、とん、と箱の横に指の長いほっそりした手が置かれた。
「限定モデル、欲しかったんだ、こういうの」
 体中がひいやりとした。
 穏やかで人の良さそうな声、けれどもその底にハ虫類の視線に似た酷薄さを隠した声を、僕はよく知っている。
 そっと相手を見上げた。
 明るい黄色のポロシャツ、ベージュの薄手のパンツ姿、染めていない髪を軽く流して、話しかけられてもきっと誰もが安心するような、整った顔立ち。
「内園リカといたろ」
 好印象に不似合いな不気味さで、にんまりと朗が笑っていた。
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