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8.パンドラの箱(1)
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僕の知らないところで何かが起こっていてそれに巻き込まれてしまったか、それこそ悪い夢を見ているに違いない。
朗と、その友人二人に、店からそれほど離れていない、マンションとマンションの間に挟まれた小さな駐車場の奥に連れて行かれ、財布の中身とGショックを取り上げられても、僕はまだそう思っていた。
「あんまり、持ってないなあ」
朗があっけらかんとほがらかに、僕の財布を開けて言った。
「リカとデートするのに、こんなんじゃ足りなかったろ、ホテル代もありゃしない」
自分がしていることに何のやましさも感じていない、平然とした声。
「ほら」
放って返された財布の中で、小銭の音が微かにした。
「帰りの電車賃は残してあるよ、安心しろ。けどさ、こんなんじゃ、振られるのは当たり前だな」
朗は微笑みながら髪をかきあげた。その手首には、黒い小箱に入っていた『悪魔』のGショックが巻かれている。
『悪魔』が『悪魔』を選んだんだ、と僕はまとまらない頭の中で考えた。
「ああ、それで、母さんには言うなよ、当然だけど」
朗は思い出したみたいに言い放って、Gショックをうっとりとした顔で見た。両側の仲間も、財布の中身を分け合って、とりあえずは満足したというところ、にやにや笑って僕を見ている。
「ぼくの誕生日、今日なんだ。和樹からのプレゼントだってことで、よろしく」
にこっ。
朗は可愛らしく、素直そうに笑った。
ずきり、と押さえている右手の甲に鋭い痛みが走って、僕は左手の下を見た。指の間からじわじわとにじむ赤い血、その下には一文字に裂かれた傷がある。
朗が店で声をかけてきて、来いよ、と言った一瞬、ためらった僕への『お仕置き』だった。
さりげなくポケットから出した朗の手にはオレンジの大きなカッターが握られていて、声を出す間もなく、テーブルの上の僕の手を押さえつけて一気に引いた。
ごきごきごき。
腱を走った激痛に悲鳴を上げかけた口は別の奴にハンカチを突っ込まれた。逃げようとした体も押さえ込まれた。残った一人は気分良さそうに僕にサッカーの話なんてしかけてきて周囲の視線からの盾になり、僕は人が一杯詰まったファーストフード店で右手の甲を裂かれながらもがいていた。
意識が弾け飛んだ気がした。
わっとあふれた血に押し当てられたのはペーパーナプキン、とたんに、「あーあ、何してんだよ、鼻血か、大丈夫か?」と声をかけられ、両側から支えるふりをされて、囲むように店から連れ出されたのだ。
血は何とか止まりつつあった。その代わりに、わからなかった痛みが数秒毎にレベルを挙げて跳ね上がってきて、指先がしびれてきている。
体が震えて、座り込んだままの僕は立ち上がることさえできない。風も周囲もどんどん冷えて寒くなってきている。
「言うこと、聞かないから」
ぽつんと朗が言って、僕は顔を上げた。
同じことばを何度も聞いたことがある。
朗の母親の口癖だ。
明るくて快活で、元気でやんちゃな朗。
小学校一年のときだっただろうか。朗が道で転んで、ひどい怪我をしたことがあった。道路脇を工事していたのだ。危ないよ、という僕の声を無視して、朗はひょいひょいその側をおどけて歩き、穴に落ちた。
一緒にいたのは僕と実だった。朗の怪我にびっくりして、慌てて朗の家へ駆けてって、朗の母親を呼んだ。
朗の母親はすぐに飛んできた。穴に落ちてた朗は、工事関係者に助けられ、何とか地面に戻されていたが、額を切って血を流していて、顔が血と泥でまだらに見えた。
僕達は朗の母親がすぐに手当をしてくれると思っていた。朗も同じ気持ちだったはずだ、がたがた震えながら、
「おかあさあん」
細い声で呼んで抱きつこうとした。
なのに、朗の母親はいきなりそこでお説教を始めたのだ。
「言うこと、聞かないからよ」
工事の人も目を丸くした。僕と実も凍りついた。
朗の母親はだらだらと流れている朗の血を見ながら、そこに朗を座らせて、いかに工事現場が危険なところかと話していた。これほどの怪我をしたのなら、今ならよくわかるだろう、とも言った。もし、自分が家にいなかったらという話をした。工事現場の人に、看板や柵の設置について注意した。
その間、朗はずっと地面に座り込んでいた。
大きく目を見開いて、何にも言わず、母親の姿を見つめていた。
僕と実は、なぜおばさんが朗の手当をしてくれないのかわからなった。実が見かねてハンカチを出して朗の血をふこうとしたら、朗の母親は実にも、一緒に歩いていたことに注意をし始めた。
僕は何か得たいの知れない怖さに、とてもそこにはいられなかった。逃げ出し走りだしながら、僕は朗を振り返った。
朗はもう泣いていなかった。真っ白に凍った顔に、真っ赤な血を滴らせて、実と母親を見ていた。その顔はまるで幽霊のようだった。
あのときの朗とそっくりな顔をして、今、目の前で朗は繰り返した。
「言うこと、聞かないからだ」
なんで、こんなことを思い出したんだろう、と僕は一層震え始めた体を固くした。
朗の目は、大きな穴のように見えた。何の光も届かない、何の感情も浮かんでいない、沼のような目。
あのときからだった、朗が実をいじめ出したのは。
そして、僕は関わるのが怖くて、実からも逃げ出した。
「泣いてるんだ、和樹」
朗がうれしそうに言った。
「怖いんだ、そうだろ」
体が震える。両膝が揺れる。右手が痛くてしびれて、涙が止まらない。なのに、朗の笑顔から目が離せない。
今にもブラックアウトしそうな心がとぎれとぎれにつぶやいている。
なんで、いまさら捕まったんだろう。
どこで何が狂ったんだろう。
「で、さあ」
朗が退屈そうに言った。
「おまえ、知ってて付き合ってる? リカってさ、ぼくらの間じゃサブシートって呼ばれてるんだぜ」
ははは、と朗は楽しそうでもうれしそうでもない笑い声を上げた。
「誰でも乗せる、いつでもどこでも引っ張り出せる女だから」
それから、ふいに気づいたように、手にしていたGショックを見た。
「そっか、これ、おまえからのプレゼントじゃなくて、リカからのか」
朗は、まるでその時計には至上最悪の菌がついていたと言われたみたいに、急いで外して地面に叩きつけた。それでも飽き足らず、思いっきり靴のかかとで踏みにじる。もったいねえな、いらねえなら渡せよ、と残りの二人がぼやくのを、朗は殺気のこもった目でにらんだ。
「腐るぜ、体」
そのくせ、あはははは、とマンガの書き文字のような声で笑った。
「つまんねえよなあ」
朗は時計を遠くへ蹴り飛ばすと、どこか虚ろな顔で空を見上げてつぶやいた。
「何も、かも」
そして、突然僕に目をやった。まだ震えが止まらない僕をじっと見つめて、きらきらと目を光らせ始める。いつかのリカのように、とてもいいことを思いついたり決めたりしたときのような、生き生きした魅力一杯の笑顔。
リカが思いついたことは、『土居さん』に僕とおそろいのGショックをねだることだった。それはリカにとっては、とっておきの思いつきだったけど、僕にとっては最悪最低だった。
今もそうだ。
朗が思いついた『とてもいいこと』が、僕にもいいとはとても思えない。
「Gショックだめになったから」
朗は僕に一歩近づいた。側の二人が面白そうに会話をやめて見物に回る。
僕は震えがひどくなった。
「お金も言うほどなかったし」
もう一歩。
舌なめずりしているライオンのように、朗は満面の笑みをたたえてやってくる。
「誕生日の日ぐらい、すっきりしたいから」
朗の手の中で、チキチキチキ、とカッターナイフが鳴って、刃がぐんぐん延ばされる。
「理由はきちんとあるだろう?」
僕は首を振った。声は出なかった。
「大人ってバカだよね、バタフライなんかなくても、カンケーないのに」
朗は笑っている。今度はとても楽しそうだ。
僕は右手を押さえながら、へたり込んだまま身をよじって後退りした。
朗と、その友人二人に、店からそれほど離れていない、マンションとマンションの間に挟まれた小さな駐車場の奥に連れて行かれ、財布の中身とGショックを取り上げられても、僕はまだそう思っていた。
「あんまり、持ってないなあ」
朗があっけらかんとほがらかに、僕の財布を開けて言った。
「リカとデートするのに、こんなんじゃ足りなかったろ、ホテル代もありゃしない」
自分がしていることに何のやましさも感じていない、平然とした声。
「ほら」
放って返された財布の中で、小銭の音が微かにした。
「帰りの電車賃は残してあるよ、安心しろ。けどさ、こんなんじゃ、振られるのは当たり前だな」
朗は微笑みながら髪をかきあげた。その手首には、黒い小箱に入っていた『悪魔』のGショックが巻かれている。
『悪魔』が『悪魔』を選んだんだ、と僕はまとまらない頭の中で考えた。
「ああ、それで、母さんには言うなよ、当然だけど」
朗は思い出したみたいに言い放って、Gショックをうっとりとした顔で見た。両側の仲間も、財布の中身を分け合って、とりあえずは満足したというところ、にやにや笑って僕を見ている。
「ぼくの誕生日、今日なんだ。和樹からのプレゼントだってことで、よろしく」
にこっ。
朗は可愛らしく、素直そうに笑った。
ずきり、と押さえている右手の甲に鋭い痛みが走って、僕は左手の下を見た。指の間からじわじわとにじむ赤い血、その下には一文字に裂かれた傷がある。
朗が店で声をかけてきて、来いよ、と言った一瞬、ためらった僕への『お仕置き』だった。
さりげなくポケットから出した朗の手にはオレンジの大きなカッターが握られていて、声を出す間もなく、テーブルの上の僕の手を押さえつけて一気に引いた。
ごきごきごき。
腱を走った激痛に悲鳴を上げかけた口は別の奴にハンカチを突っ込まれた。逃げようとした体も押さえ込まれた。残った一人は気分良さそうに僕にサッカーの話なんてしかけてきて周囲の視線からの盾になり、僕は人が一杯詰まったファーストフード店で右手の甲を裂かれながらもがいていた。
意識が弾け飛んだ気がした。
わっとあふれた血に押し当てられたのはペーパーナプキン、とたんに、「あーあ、何してんだよ、鼻血か、大丈夫か?」と声をかけられ、両側から支えるふりをされて、囲むように店から連れ出されたのだ。
血は何とか止まりつつあった。その代わりに、わからなかった痛みが数秒毎にレベルを挙げて跳ね上がってきて、指先がしびれてきている。
体が震えて、座り込んだままの僕は立ち上がることさえできない。風も周囲もどんどん冷えて寒くなってきている。
「言うこと、聞かないから」
ぽつんと朗が言って、僕は顔を上げた。
同じことばを何度も聞いたことがある。
朗の母親の口癖だ。
明るくて快活で、元気でやんちゃな朗。
小学校一年のときだっただろうか。朗が道で転んで、ひどい怪我をしたことがあった。道路脇を工事していたのだ。危ないよ、という僕の声を無視して、朗はひょいひょいその側をおどけて歩き、穴に落ちた。
一緒にいたのは僕と実だった。朗の怪我にびっくりして、慌てて朗の家へ駆けてって、朗の母親を呼んだ。
朗の母親はすぐに飛んできた。穴に落ちてた朗は、工事関係者に助けられ、何とか地面に戻されていたが、額を切って血を流していて、顔が血と泥でまだらに見えた。
僕達は朗の母親がすぐに手当をしてくれると思っていた。朗も同じ気持ちだったはずだ、がたがた震えながら、
「おかあさあん」
細い声で呼んで抱きつこうとした。
なのに、朗の母親はいきなりそこでお説教を始めたのだ。
「言うこと、聞かないからよ」
工事の人も目を丸くした。僕と実も凍りついた。
朗の母親はだらだらと流れている朗の血を見ながら、そこに朗を座らせて、いかに工事現場が危険なところかと話していた。これほどの怪我をしたのなら、今ならよくわかるだろう、とも言った。もし、自分が家にいなかったらという話をした。工事現場の人に、看板や柵の設置について注意した。
その間、朗はずっと地面に座り込んでいた。
大きく目を見開いて、何にも言わず、母親の姿を見つめていた。
僕と実は、なぜおばさんが朗の手当をしてくれないのかわからなった。実が見かねてハンカチを出して朗の血をふこうとしたら、朗の母親は実にも、一緒に歩いていたことに注意をし始めた。
僕は何か得たいの知れない怖さに、とてもそこにはいられなかった。逃げ出し走りだしながら、僕は朗を振り返った。
朗はもう泣いていなかった。真っ白に凍った顔に、真っ赤な血を滴らせて、実と母親を見ていた。その顔はまるで幽霊のようだった。
あのときの朗とそっくりな顔をして、今、目の前で朗は繰り返した。
「言うこと、聞かないからだ」
なんで、こんなことを思い出したんだろう、と僕は一層震え始めた体を固くした。
朗の目は、大きな穴のように見えた。何の光も届かない、何の感情も浮かんでいない、沼のような目。
あのときからだった、朗が実をいじめ出したのは。
そして、僕は関わるのが怖くて、実からも逃げ出した。
「泣いてるんだ、和樹」
朗がうれしそうに言った。
「怖いんだ、そうだろ」
体が震える。両膝が揺れる。右手が痛くてしびれて、涙が止まらない。なのに、朗の笑顔から目が離せない。
今にもブラックアウトしそうな心がとぎれとぎれにつぶやいている。
なんで、いまさら捕まったんだろう。
どこで何が狂ったんだろう。
「で、さあ」
朗が退屈そうに言った。
「おまえ、知ってて付き合ってる? リカってさ、ぼくらの間じゃサブシートって呼ばれてるんだぜ」
ははは、と朗は楽しそうでもうれしそうでもない笑い声を上げた。
「誰でも乗せる、いつでもどこでも引っ張り出せる女だから」
それから、ふいに気づいたように、手にしていたGショックを見た。
「そっか、これ、おまえからのプレゼントじゃなくて、リカからのか」
朗は、まるでその時計には至上最悪の菌がついていたと言われたみたいに、急いで外して地面に叩きつけた。それでも飽き足らず、思いっきり靴のかかとで踏みにじる。もったいねえな、いらねえなら渡せよ、と残りの二人がぼやくのを、朗は殺気のこもった目でにらんだ。
「腐るぜ、体」
そのくせ、あはははは、とマンガの書き文字のような声で笑った。
「つまんねえよなあ」
朗は時計を遠くへ蹴り飛ばすと、どこか虚ろな顔で空を見上げてつぶやいた。
「何も、かも」
そして、突然僕に目をやった。まだ震えが止まらない僕をじっと見つめて、きらきらと目を光らせ始める。いつかのリカのように、とてもいいことを思いついたり決めたりしたときのような、生き生きした魅力一杯の笑顔。
リカが思いついたことは、『土居さん』に僕とおそろいのGショックをねだることだった。それはリカにとっては、とっておきの思いつきだったけど、僕にとっては最悪最低だった。
今もそうだ。
朗が思いついた『とてもいいこと』が、僕にもいいとはとても思えない。
「Gショックだめになったから」
朗は僕に一歩近づいた。側の二人が面白そうに会話をやめて見物に回る。
僕は震えがひどくなった。
「お金も言うほどなかったし」
もう一歩。
舌なめずりしているライオンのように、朗は満面の笑みをたたえてやってくる。
「誕生日の日ぐらい、すっきりしたいから」
朗の手の中で、チキチキチキ、とカッターナイフが鳴って、刃がぐんぐん延ばされる。
「理由はきちんとあるだろう?」
僕は首を振った。声は出なかった。
「大人ってバカだよね、バタフライなんかなくても、カンケーないのに」
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