39 / 48
10.ドリーム・ウォーカー(3)
しおりを挟む
「なんでだ」
僕は再び悲しくなった。
涙がこぼれてくる。次々と、次々と、とめようもなく。
まるで一番大切なおもちゃを無理やり取り上げられた子どもみたいに。
何で春日は、僕に手をさしのべたりひっこめたりするんだ?
そう尋ねたかった。けれど、実はその問いかけを別な意味に取った。
「春日とは小学校のときに知り合ったんだよ」
穏やかな声だった。
「朗にいじめられ始めたときは気がつかなかったけど、いつも、いるんだ」
「え?」
「ボクが朗にやられるとき」
実は僕の視線に小さく笑った。
「朗って、要領いいじゃないか? 大人がいると絶対やらないし、ばれそうなときもやらない。目立つところに傷もつくらない。先生が来そうなところじゃ見張り連れててさ、いなくなるとやってくる。そのとき、いつも、春日がいるんだ」
僕が無言で問いかけたのに、実は首を振って見せた。
「違う、偶然じゃない。通りかかった、と言う顔してたけど。でも、止めてくれない。恨んだよ、先生呼んできてくれればいいのにって。でもさ、別の奴が先生に言いつけたとき、わかった。それされるとさ、もっと朗の奴、手の込んだいじめ方考え出すだけなんだ。見つかっても怒られても、あいつの心の中には『いじめる』ってのが最重要事項でさ、そのためなら何でもやるんだ」
朗の白くて表情のない顔を僕は思い出した。
「何があいつの心の中にあるのか、春日はわかってたみたいな気がする」
実は続けた。
「一回も外れなかった。春日は必ずいじめが始まると現れて、じっと見ている。それから、朗達がどんなに脅してもそこにいる。朗は春日が手出しもチクリもしないってわかってからは、あいつを無視してやってたよ。けど、春日、見てるんだよ、ずっと。まるで、ビデオ回してるみたいな目で」
ほ、とため息をついて、考え込む。
「よくわかんない奴だよな。いじめが始まって、朗達が居なくなって、ボクがちぎれたノートや鞄拾い上げて帰り出すまで、そこに居るんだ、いつも。で、こっから先がうまく言えないんだけど、そうされるとさ、なんだか朗が怯えてるみたいに見えてきたんだ。どんなに遅くても、どんな変な所でも、まるで聞いてたみたいに春日が来るからね。一緒に殴られたりしても、僕が片付けて立ち上がって歩きだすと、春日も知らん顔して消えて行くんだ。なんであんなことしたのか、今もわからない。けどさ」
実はあいまいな笑みを消した。
「居るってのは結構すごいことだとわかった。だから、いじめられてる奴を見たら、ここに居るって叫んでんのかもしれないな、ボク」
そうか、実も春日が支えたんだ。
僕は瞬きした。
けれど、春日は僕を助けてくれない。こんなにズタズタになっているのに。
重い重い絶望感に溺れていってしまいそうだ。
こんこん。
ドアを柔らかなノックが鳴らした。
「和樹、大丈夫?」
母さんの声。それに反応して、反射的に上がって来たものに必死に僕は耐えた。
ドアが半開きになって、道斗さんが顔を出した。入るとすぐに実に向かって一言、
「すまんね」
「いいよ、春日には世話になったから。じゃ、な、和樹」
入れ変わるように実が部屋を抜け出て行く。
続いて入ろうとした母さんを、道斗さんは優しくきっぱりと追い出した。実の座って居た椅子に腰掛け、僕の脈を取り、聴診器で胸に音を聞き、あちこちに軽く手を触れ、うなずいた。
「大丈夫じゃろ、もう?」
「春日はこないんですか」
そんなことを尋ねるつもりはなかったものに、僕の口は勝手に動いた。
「伊織は…」
道斗さんは少しためらってから、
「後悔しとるよ」
「後悔?」
僕は眉をしかめた。
ちらっと僕を見た相手が丁寧にことばを選んでいる気配があった。
「君に近づきすぎた、と言っておる」
「近づく?」
くくっと思わず笑ってしまった。
「春日は僕に近づいてなんかいやしない」
僕は再び悲しくなった。
涙がこぼれてくる。次々と、次々と、とめようもなく。
まるで一番大切なおもちゃを無理やり取り上げられた子どもみたいに。
何で春日は、僕に手をさしのべたりひっこめたりするんだ?
そう尋ねたかった。けれど、実はその問いかけを別な意味に取った。
「春日とは小学校のときに知り合ったんだよ」
穏やかな声だった。
「朗にいじめられ始めたときは気がつかなかったけど、いつも、いるんだ」
「え?」
「ボクが朗にやられるとき」
実は僕の視線に小さく笑った。
「朗って、要領いいじゃないか? 大人がいると絶対やらないし、ばれそうなときもやらない。目立つところに傷もつくらない。先生が来そうなところじゃ見張り連れててさ、いなくなるとやってくる。そのとき、いつも、春日がいるんだ」
僕が無言で問いかけたのに、実は首を振って見せた。
「違う、偶然じゃない。通りかかった、と言う顔してたけど。でも、止めてくれない。恨んだよ、先生呼んできてくれればいいのにって。でもさ、別の奴が先生に言いつけたとき、わかった。それされるとさ、もっと朗の奴、手の込んだいじめ方考え出すだけなんだ。見つかっても怒られても、あいつの心の中には『いじめる』ってのが最重要事項でさ、そのためなら何でもやるんだ」
朗の白くて表情のない顔を僕は思い出した。
「何があいつの心の中にあるのか、春日はわかってたみたいな気がする」
実は続けた。
「一回も外れなかった。春日は必ずいじめが始まると現れて、じっと見ている。それから、朗達がどんなに脅してもそこにいる。朗は春日が手出しもチクリもしないってわかってからは、あいつを無視してやってたよ。けど、春日、見てるんだよ、ずっと。まるで、ビデオ回してるみたいな目で」
ほ、とため息をついて、考え込む。
「よくわかんない奴だよな。いじめが始まって、朗達が居なくなって、ボクがちぎれたノートや鞄拾い上げて帰り出すまで、そこに居るんだ、いつも。で、こっから先がうまく言えないんだけど、そうされるとさ、なんだか朗が怯えてるみたいに見えてきたんだ。どんなに遅くても、どんな変な所でも、まるで聞いてたみたいに春日が来るからね。一緒に殴られたりしても、僕が片付けて立ち上がって歩きだすと、春日も知らん顔して消えて行くんだ。なんであんなことしたのか、今もわからない。けどさ」
実はあいまいな笑みを消した。
「居るってのは結構すごいことだとわかった。だから、いじめられてる奴を見たら、ここに居るって叫んでんのかもしれないな、ボク」
そうか、実も春日が支えたんだ。
僕は瞬きした。
けれど、春日は僕を助けてくれない。こんなにズタズタになっているのに。
重い重い絶望感に溺れていってしまいそうだ。
こんこん。
ドアを柔らかなノックが鳴らした。
「和樹、大丈夫?」
母さんの声。それに反応して、反射的に上がって来たものに必死に僕は耐えた。
ドアが半開きになって、道斗さんが顔を出した。入るとすぐに実に向かって一言、
「すまんね」
「いいよ、春日には世話になったから。じゃ、な、和樹」
入れ変わるように実が部屋を抜け出て行く。
続いて入ろうとした母さんを、道斗さんは優しくきっぱりと追い出した。実の座って居た椅子に腰掛け、僕の脈を取り、聴診器で胸に音を聞き、あちこちに軽く手を触れ、うなずいた。
「大丈夫じゃろ、もう?」
「春日はこないんですか」
そんなことを尋ねるつもりはなかったものに、僕の口は勝手に動いた。
「伊織は…」
道斗さんは少しためらってから、
「後悔しとるよ」
「後悔?」
僕は眉をしかめた。
ちらっと僕を見た相手が丁寧にことばを選んでいる気配があった。
「君に近づきすぎた、と言っておる」
「近づく?」
くくっと思わず笑ってしまった。
「春日は僕に近づいてなんかいやしない」
0
あなたにおすすめの小説
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
鎌倉黒猫カフェ クロスオーバー
櫻井千姫
キャラ文芸
鎌倉の滑川近くにある古民家カフェ「クロスオーバー」。イケメンだけどちょっと不思議な雰囲気のマスター、船瀬守生と、守生と意思を交わすことのできる黒猫ハデス。ふたりが迎えるお客さんたちは、希死念慮を抱えた人ばかり。ブラック企業、失恋、友人関係、生活苦......消えたい、いなくなりたい。そんな思いを抱える彼らに振る舞われる「思い出のおやつ」が、人生のどん詰まりにぶち当たった彼らの未来をやさしく照らす。そして守生とハデス、「クロスオーバー」の秘密とは?※表紙のみAI使用
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる