41 / 48
11.桜の下(1)
しおりを挟む
倒れた後、一日寝込んだ。母さんも父さんも妙な生き物のように遠回しに囲んで見ているだけの時間だった。
少し元気が出てくると、すぐに登校した。いくら春日が会わないといっても、同じクラスなんだし、そんなのできっこないと思っていた。
けれど、そうじゃなかった。
同じクラスにいるのに、春日が視界に入らない。話しかけようとすると別の奴に呼ばれたり、振り向いてみると春日との間を誰かが遮ったりする。授業で春日があてられることが極端に減り、あてられたときには僕の方が隣の奴に話しかけられたり、急に気分が悪くなった奴の付き添いに保健室へ行くはめになっりした。
リカもずっと休んでいるというのは気になったけど、それより、この奇妙なすれ違いは僕を焦らせた。春日の下校を待とうとしても、いろんな理由で待てなくなるのだ。
もう春日とは会えない、だって?
嘘だろ。そんなの、嘘に決まってる。
いらだって二日過ごした次の日、朝食もそこそこに、家を飛び出し駅へ走った。
母さんは何も言わない。父さんも、都おばあちゃんも。家の中は奇妙に静まり返って、みんなで、僕が何が起こっているかを説明するとか、誰かから合図が来るとかするのを待っているような気配だ。
いつもよりずいぶん早く駅について、電車に乗り込み、僕は学校を通り過ぎて『南高杉』で降りた。改札口で春日を待つ。
いつもの時間より一時間以上早い。
春日はさすがにこれほど早くに学校へは行かないだろう。改札口は一つしかないし、春日がここを通れば否応なく目に入る。
こんな近くにいて、ましてや同じクラスなのに、会わないことができるなんて信じられない。そんなの、物理的に不可能だ。それを証明するつもりだった。そして、春日ってのが、ただのカッコつけの妙な奴で、そんないつまでもこだわるような相手じゃないと確かめたい。
それこそ、僕が春日にこだわってる証明じゃないのか?
浮き上がってきた疑問はすぐにいつもの暗室に押し込んだ。
待つ。
待つ。
時計がゆっくり回っていく。
駆け込んでくる会社員、ヘッドフォンをつけている首を揺らせているOL、眉をしかめ独り言をつぶやいているじいさん、茶飲み友達なのかぺちゃくちゃしゃべりながら通り過ぎていく一群のおばさん達。
春日はいない。どこにもいない。この電車を逃せば最後、という時間帯で、やっと向こうの方にちらりと春日らしい人影が見えた。
そらみろ、そう思った瞬間に肩を叩かれた。
「おい」
ぎょっとして振り仰ぐ。
「ちょっと来なさい」
駅員がひきつったような厳しい顔でにらんでいる。
「なんでさ」
「いいから来なさい」
ますます眉をしかめて、相手はうなるように言った。
「おとなしくしないと、学校と警察に通報することになるよ」
「え、え?」
理由がわからず戸惑っていると、ぐいと腕をつかまれた。視界の端の方で、まさに今、春日が改札を抜けて行くように見えた。
「待ってよ」
僕は、駅員から腕をもぎ取り、一目だけでも改札の方を見ようとした。
「ちょっと、待ってよ」
「逃げる気だな」
駅員は声を荒げた。
「そんなんじゃ…ちょっと、待ってって…」
僕が改札へ体を泳がせたのを駅員はいらだった様子で制した。改めて腕をつかみ直される。
「おい! ちょっと来てくれ!」
近くのもう一人の駅員まで呼んだ。
「逃げないって、ただ、ちょっと」
僕はもがいた。
春日が行ってしまう。
こんなバカなことって。
こんなことってあるのか。
「いいから来い!」
二人の駅員に引きずられるように、僕は駅長室に連れ込まれた。
「抵抗するな!」
「ストーカーのくせに!」
「ストーカーあ?」
思わず声を上げると、
「あら」
場の雰囲気にひどく外れた女の声がした。ショッキングピンクのワンピースを鮮やかに着こなした美人が、ぽかんとした顔で口を開いて立っている。
「やだ、違います」
のんびりと否定した。
少し元気が出てくると、すぐに登校した。いくら春日が会わないといっても、同じクラスなんだし、そんなのできっこないと思っていた。
けれど、そうじゃなかった。
同じクラスにいるのに、春日が視界に入らない。話しかけようとすると別の奴に呼ばれたり、振り向いてみると春日との間を誰かが遮ったりする。授業で春日があてられることが極端に減り、あてられたときには僕の方が隣の奴に話しかけられたり、急に気分が悪くなった奴の付き添いに保健室へ行くはめになっりした。
リカもずっと休んでいるというのは気になったけど、それより、この奇妙なすれ違いは僕を焦らせた。春日の下校を待とうとしても、いろんな理由で待てなくなるのだ。
もう春日とは会えない、だって?
嘘だろ。そんなの、嘘に決まってる。
いらだって二日過ごした次の日、朝食もそこそこに、家を飛び出し駅へ走った。
母さんは何も言わない。父さんも、都おばあちゃんも。家の中は奇妙に静まり返って、みんなで、僕が何が起こっているかを説明するとか、誰かから合図が来るとかするのを待っているような気配だ。
いつもよりずいぶん早く駅について、電車に乗り込み、僕は学校を通り過ぎて『南高杉』で降りた。改札口で春日を待つ。
いつもの時間より一時間以上早い。
春日はさすがにこれほど早くに学校へは行かないだろう。改札口は一つしかないし、春日がここを通れば否応なく目に入る。
こんな近くにいて、ましてや同じクラスなのに、会わないことができるなんて信じられない。そんなの、物理的に不可能だ。それを証明するつもりだった。そして、春日ってのが、ただのカッコつけの妙な奴で、そんないつまでもこだわるような相手じゃないと確かめたい。
それこそ、僕が春日にこだわってる証明じゃないのか?
浮き上がってきた疑問はすぐにいつもの暗室に押し込んだ。
待つ。
待つ。
時計がゆっくり回っていく。
駆け込んでくる会社員、ヘッドフォンをつけている首を揺らせているOL、眉をしかめ独り言をつぶやいているじいさん、茶飲み友達なのかぺちゃくちゃしゃべりながら通り過ぎていく一群のおばさん達。
春日はいない。どこにもいない。この電車を逃せば最後、という時間帯で、やっと向こうの方にちらりと春日らしい人影が見えた。
そらみろ、そう思った瞬間に肩を叩かれた。
「おい」
ぎょっとして振り仰ぐ。
「ちょっと来なさい」
駅員がひきつったような厳しい顔でにらんでいる。
「なんでさ」
「いいから来なさい」
ますます眉をしかめて、相手はうなるように言った。
「おとなしくしないと、学校と警察に通報することになるよ」
「え、え?」
理由がわからず戸惑っていると、ぐいと腕をつかまれた。視界の端の方で、まさに今、春日が改札を抜けて行くように見えた。
「待ってよ」
僕は、駅員から腕をもぎ取り、一目だけでも改札の方を見ようとした。
「ちょっと、待ってよ」
「逃げる気だな」
駅員は声を荒げた。
「そんなんじゃ…ちょっと、待ってって…」
僕が改札へ体を泳がせたのを駅員はいらだった様子で制した。改めて腕をつかみ直される。
「おい! ちょっと来てくれ!」
近くのもう一人の駅員まで呼んだ。
「逃げないって、ただ、ちょっと」
僕はもがいた。
春日が行ってしまう。
こんなバカなことって。
こんなことってあるのか。
「いいから来い!」
二人の駅員に引きずられるように、僕は駅長室に連れ込まれた。
「抵抗するな!」
「ストーカーのくせに!」
「ストーカーあ?」
思わず声を上げると、
「あら」
場の雰囲気にひどく外れた女の声がした。ショッキングピンクのワンピースを鮮やかに着こなした美人が、ぽかんとした顔で口を開いて立っている。
「やだ、違います」
のんびりと否定した。
0
あなたにおすすめの小説
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる